おし)” の例文
母とお重が別れをおしむように浮かない顔をするのが、かえっていやであった。彼らは自分の自由行動をわざと妨げるように感ぜられた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小芝居こしばいや、素人しろうとまじりの改良文士劇や、女役者の一座の中で衰えさせてしまうのかと、その人の芸がおしくって、静枝は思わず涙ぐんだ。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……ものおしみをするようで可厭いやだから、ままよ、いくらでも飲みなさい。だが、いまの一合たっぷりを、もう一息にやったのかい。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それに二三日、負傷けがをする者がありますから、猶更なおさら、此の礁は竜王様がおるとか、竜王様のおしみがかかっておるとか申しまして」
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ただおしい事には今一歩といふ処まで来て居ながら到頭とうとう輪の内をける事が出来なかつたのは時代の然らしむるところで仕方がない。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼が今に至ってこの種の語を発するは、彼のためにおしむべき至りである。いな彼がかかる語を発したというのははなはだ疑わしきことである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
某は家にいたのに、きたり診することをがえんぜなかった。常吉はこの時父のために憂え、某のためにおしんで、心にこれを牢記ろうきしていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
作右衞門どんも旧来きゅうれえの馴染ではアうか止めいと思うが、敵を討ちに行くてえのだから止められねえッて名残なごりおしがってるでがんす
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いつの間にかお辻が丹念に蓄へて置いた珊瑚さんごの根掛けや珠珍の煙草たばこ入れ、大切に掛けおしんでゐた縞縮緬しまちりめんの丹前、娘達の別れがたみの人形
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「あなたみたように眺めて楽む気もないくせに、どうしてあんなにおしいのでしょう。渋くて渋くて喰べられないっていうのに。」
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
如何に高等にして上品な芸術であっても人間の本当の要求のなくなったものは何によらず、おしんで見てもさっさと亡びて行く傾向がある。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
いよい今夕こんせき、侯の御出立ごしゅったつまり、私共はその原書をなでくりまわし誠に親に暇乞いとまごいをするようにわかれおしんでかえしたことがございました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は彼らがこの言葉によって何を意味しようとしておるかを認識し、また彼らの意味することが事実であることを承認することをおしまない。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
お年は十九なのでした。誰もおしまぬ人はありません。その小さいお姫様をよく育ててと、御熱心なのは涙ぐましいようでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
千金をおしまずして奇玩きがんをこれあがなうので、董元宰とうげんさいの旧蔵の漢玉章かんぎょくしょう劉海日りゅうかいじつの旧蔵の商金鼎しょうきんていなんというものも、皆杜九如の手に落ちた位である。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
宴は別状なく終って、十時頃には客は大抵帰ってしまい、主人側の人達と二三の客が、夏の夜の興をおしんで座に残っていた。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どうかして舞台でうまい事をしたのを、劇評家が見て、あれは好く導いて発展させたら、立派なものになるだろうにと、おしんで遣ることもある。
……おおわ! あんな別嬪さんを、まあおしいこと……そういえば思い当る事があります。誰にも仰言おっしゃっては困りますがね。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
去り行く青春をおしむ心である。これは空中の日の歩みを一つの所にとどめて動くなと望むにひとしい気持であると自嘲した。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
恰度ちょうど仏教の中でのように、あらゆる動物はみな生命をおしむこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きるために
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これを一読するにおしむべし論者は幕末ばくまつ外交の真相しんそうつまびらかにせざるがために、折角せつかくの評論も全く事実にてきせずしていたずらに一篇の空文字くうもんじしたるに過ぎず。
これをもって方今士君子、唐楽・猿楽にては面白おもしろからず、俗楽は卑俚にえずとして、ほとんど楽の一事を放擲ほうてきするに至る。これまたおしむべきなり。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
一端口外した自家意中の計画をさえも容易に放擲ほうてきして少しもおしまなかったのはちょっと類の少ない負け嫌いであった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
これなども山𤢖の女性であったに相違ないが、徒爾いたずらに腐らしてしまったのはおしい事であった。同じく西遊記に山𤢖の事も記してあったと記憶している。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もうおそかったが、玄渓の家を出ると、涼しさに、夏の月夜を足はそぞろになって、微酔びすいを蚊帳につつむのがおしまれた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、自分の出来ることなら人に対しても、随分物をやることなどにおしみはしなかった。けれどしみじみと物事を考うるというような女ではなかった。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いよいよ帰るという日になって、伯母おばは大変名残りをおしんだが、伯父の方は案外平気だった。「何処どこにいるのも同じこった。来年の休みにはまた来い」
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
然るに城中はすでに食尽き、援兵えんぺいの来る望みもない。……元来天下の衆に先立ち、草創そうそうの功を志す以上、節に当り義に臨んでは、命をおしむべきではない。
赤坂城の謀略 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれつてくのをさらおしいとはおもはなかつたが、しかかれ自分じぶんうち容易よういびん分量ぶんりやうらないのに
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
主人一人の翫具には三百円五百円の金をおしまずして家族一同が生活上の道具には一円二円の金を惜むのかね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
土方人足の村で恐れられるももっともである。然しながら何ものも有たぬ彼等も、まだ生命いのちと云うものを有って居る。彼等は生命をおしむ。此れが彼等の弱点である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
稽古の娘が来ると立たせたり向うへ向かせたりして「けい/\がよく出来た」と云ひ、稽古の間も「大層幅が出て来た」といひ「よう/\、おしい」とほめるなど
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
彼れは佐藤の妻の自分から突然離れたのを怒ったりおかしく思ったりおしんだりしていた。仁右衛門が取合わないので彼女はさすがに小屋の中には這入らなかった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おしかな山が低い為に、この雪は昼夜共に溶けているから、十月中旬初雪の降る迄には、大部分は消失するであろうけれども、九月下旬尚お利根の右俣左俣の奥には
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「それはおしかったネ、素晴らしい葬送行進曲ヒューネラル・マーチだったよ。山北やまきたさんなんか、ポロポロ泣いて居た——」
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
香織かおりはそれを両手りょうでにささげ、『たとえおわかれしても、いつまでもいつまでもひめさまの紀念かたみ大切たいせつ保存ほぞんいたします……。』といながら、こえおしまずくずれました。
拭掃除ふきさうじ面倒也めんどうなり、お茶拵ちやごしらへも面倒也めんどうなり内職婦人ないしよくふじんの時をおしむこと、金をおしむよりもはなはだしくそろ煮染にしめ行商ぎやうせふはこれがためおこりて、中々なか/\繁昌はんじやうと聞きおよ申候まうしそろ文明的ぶんめいてきそろ(二十日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
灯火管制の用意に黒色こくしょく電灯カバーを作ったり、押入おしいれを改造して、防毒室を設けたり、配電所に特別のスイッチをもうけたりして、骨身をおしまないのは、感心にたえなかった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
其の時聴衆みな言ってえらく、ばかりの佳作を一節切のはなずてに為さんはおしむべき事ならずや、宜敷よろしく足らざるを補いなば、あっぱれ席上の呼び物となるべしとの勧めにもとづ
「さても情深き殿たちかな。かかる殿のためにぞならば、すつる命もおしくはあらず。——妾が自害は黄金ぬしが、御用に立たんねがいに侍り」「さては今の物語を」「なんじは残らず……」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
後悔してち百姓となり、無事に一生を送りしと、僕上野に遊んだ際、この穴を見たがおしいかな、土地の名を聞洩ききもらした、何でもき上に寺のある、往来の左方ひだりだと記憶している。
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
私は父の影が見えなくなるとぐ前日こしらへたちんへかけ込んで、声をおしまず泣叫なきさけび升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
以来は三度の食事も省略しょうりゃくするほどに時をおしみ、夜も眠らず、眠気ねむけがさせば眼に薄荷はっかまでさして、試験の準備に余念ない三千ちかくの青年が、第一高等学校の試験場にむらがり来たり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
一貫いっかんして絶讃ぜっさんの言葉をおしまなかったことによっても、またその多くの『怪談かいだん』に出て来る日本の女性が、ちょうど彼の妻を聯想れんそうさせるごとき貞婦であり、旧日本的なる婦道の美徳や
正岡を宗とせる歌人俳人中にも、絵画に対し時間と銭とをおしまぬだけの嗜好を持って居る人が幾人あろうか、先生の趣味嗜好が多くの歌人俳人と何ほどその厚薄を異にして居ったか
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
……と、ぼくの、とくにこれをおしむのは、“大増”を惜むのではなく、仲見世に於けるその位置の、大きな榎の立ち並んだありし日のふぜいの、ついに永久に失われたのを哀しむのである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
いはんやあの作品にさへ三歎の声をおしまなかつた鑑賞上の神秘主義者などは勿論無上の法悦はふえつの為に即死を遂げたのに相違あるまい。クロオデル大使は紋服の為にこの位損な目を見てゐるのである。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「そりゃおしいね。学校へ寄附しとけば植物学の教授に役に立つのだろう」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
何時いつしかその俳優やくしゃと娘との間には、浅からぬ関係を生じたのである、ところが俳優やくしゃも旅の身ゆえ、娘と種々いろいろ名残をおしんで、やがて、おのれは金沢を出発して、そののちもまた旅から旅へと廻っていたのだ
因果 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
「もっとかみです。おしいことしました、ゆっくり御案内できないで」
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)