何某なにがし)” の例文
今の三一阿闍梨あじやり何某なにがし殿の三二猶子いうじにて、ことに三三篤学修行の聞えめでたく、此の国の人は三四香燭かうしよくをはこびて帰依きえしたてまつる。
何某なにがし。)とかのペンを持った一人が声を懸けると寝台の上に仰向あおむけになっていたのは、すべり落ちるように下りて蹌踉よろよろと外科室へ入交いりかわる。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何某なにがし教授ギリシア哲学史とか、卒業論文「ヴント心理学の研究」とか……様々な科目の表題が、太く叮嚀な文字でしるしてあつた。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
何某なにがしの院に往き、滝の傍を歩いて往ったところで、髪は績麻うみそをつかねたような翁が来て、「あやし、この邪神あしきかみ、など人をまどわす」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今までの何某なにがしで無い何某にならうといふ以上は、今までの習慣でも思想でも何でも惡い舊いものは總べて棄てなければならぬ。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
或る時入口に靴の脱いであるのを見た。それから間もなく、この家の戸口に新しい標札が打たれたのを見ると、巡査何の何某なにがしと書いてあった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
また種子が現在関係している男の中で、探偵社の調査したものは、筑前琵琶ちくぜんびわの師匠何某なにがし、新派俳優の何某、日本画家何某の三人であるという。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お前の帰った後に僕の部屋附きの女中となった何某なにがしという女にこの頃は習字を教えているというようなことも書いてあった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あの人はモー駄目だめだ、今度こそごねる、あの人が死ねば何某なにがしがその職をぐだろう、その時は此方こっちも位地を進めてもらえる
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その時の何某なにがし刑事の手柄話が載せられた程であるが——この私の記述も、実はその新聞記事にったものである——私はここには、先を急ぐ為に
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
梅花雪とこぼるる三月中旬、ある日千々岩は親しく往来せる旧同窓生の何某なにがしが第三師団より東京に転じ来たるを迎うるとて、新橋におもむきつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
葉書でもよこすようにとのことだったので、その通りすると、約束を反故ほごにせず観音まいりかたがたやって来て、また何某なにがしかの小遣こづかいをくれて行った。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
維新の際、小倉藩の志士何某なにがしが京都で詠んだという和歌に、「幾十度いくそたび加茂の川瀬にさらすとも、柳は元の緑なりけり」
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
で、親子一つ事を反覆くりかえすばかりで何日っても話の纏まらぬうちに、同窓の何某なにがしはもう二三日ぜんに上京したし、何某なにがしは此月末つきずえに上京するという話も聞く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
失敗もその通り、世の中で何某なにがしが大いに失敗したと四面楚歌めんそかの声が聞こえても、ほんの当人はどこを風が吹くかという顔をしていることがたまさかある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ロハ台は依然として、どこの何某なにがしか知らぬ男と知らぬ女で占領されている。秋の日はかっとして夏服の背中を通す。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ああそうですか」といいつつ、それを手に取り上げて読んでみると、「京都市何々法律事務所事務員小村何某なにがし
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
松島海軍大佐をして愛妓花吉を待つに堪へざらしめたる湖月亭の宴会とは、何某なにがしと言へる雑誌記者の、欧米漫遊をさかんにする同業知人等の送別会なりけり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
安田何某なにがしの四十分の一はおろか、四千分の一の財産も持たない我々の収入だけが四十分の一に評価され、所得税法を適用せられるのは可なり不当だと思ふ。
差押へられる話 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
同僚吉田何某なにがしと共に近所へ酒を飲みに行つた帰途かえりみち、冬の日も暮れかゝる田甫路たんぼみちをぶら/\来ると、吉田は何故なぜか知らず、ややもすればの方へ踉蹌よろけて行く。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
これが奥羽の方へ行くと何の何某なにがし館と書いてある。武士の住宅を館というのは東北地方の方言で、西国に行けば京都に私淑ししゅくして武家も皆殿と呼んだのである。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今日においていえば「何某なにがしいわく……、何某曰く……」としきりに大家の権威を以て自説を維持する類である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それを但馬守たじまのかみられるのが心苦こゝろぐるしさに地方ぢかた與力よりき何某なにがしは、ねこ紙袋かんぶくろかぶせたごと後退あとずさりして、脇差わきざしの目貫めぬきのぼりうくだりう野金やきんは、扇子せんすかざしておほかくした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
百人のゆびさすところにて、「何某なにがしたしかなる人なり、たのもしき人物なり、この始末を託しても必ず間違いなからん、この仕事を任しても必ず成就することならん」
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
⦅ああ、イワン・ガウリーロヸッチ何某なにがしか!……⦆こんな風にその官吏は独りでぼんやり繰返すのだ。
妻の何某なにがしはいつの頃よりか、何となく気欝の様子見え始めたれど、家内かないのものは更なり、近所合壁のやからもしたる事とは心付かず、唯だ年けたる娘のみはさすが
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かのふちれいありといふは、むかし永光寺のほとりに貴人きにん何某なにがし住玉ひしに、その内室ないしつ色情しきじやうねたみにてをつとをうらみ、東光が淵に身をしづめ、冤魂ゑんこん悪竜あくりゆうとなりて人をなやまししを
唖と盲は稲次郎のたねと分ったが、あの二人ふたりは久さんのであろ、とある人が云うたら、否、否、あれは何某なにがしの子でさ、とある村人は久さんで無い外の男の名を云って苦笑にがわらいした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ゆるされ其外十人の足輕あしがるは前後に立並たちならび若や道中にて非常ひじやうの事も有ばとてもつぱら用心をぞ爲たりけり斯て始の夜は藤澤宿にて泊り以前世話に成たる旅籠屋はたごや何某なにがしが家に行てあつれい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
栗橋の世帯しょたい代物付しろものつきにて売払い、多分の金子かねをもって山本志丈と二人にて江戸へ立退たちのき、神田佐久間町かんださくまちょうの医師何某なにがしは志丈の懇意ですから、二人はこゝに身を寄せて二三日逗留し
実はわたし何某なにがしの娘で御座ございますが、今宵こよい折入って、御願おねがいに上った次第というのは、元来わたしはあの家の一粒種の娘であって、生前に於ても両親の寵愛も一方ひとかたでは御座ございませんでした
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
「拙者にも思い当りはないが……なんでも、御本国の様子を探ろうとして、密かに苦心している天満てんま浪人の何某なにがしとやらいう者もあるという噂、そいつを逃がしたのは残念だったな」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから翌日になりまして、長念寺の和尚おしょうところへ、妙善が出掛けて行った。そして、昨夜ゆうべその何某なにがしがやって来て、実は是々これこれこう云う事があったが、お前の方へも来たかと聞いてみたんです。
□本居士 (新字新仮名) / 本田親二(著)
何某なにがし御子息ごしそく何屋なにや若旦那わかだんなと、水茶屋みずちゃやむすめには、勿体もったいないくらいの縁談えんだんも、これまでに五つや十ではなく、なかには用人ようにん使者ししゃてての、れッきとしたお旗本はたもとからの申込もうしこみも二三はかぞえられたが
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いきほひよく引入ひきいれしがきやくろしてさておもへばはづかしゝ、記憶きおくのこみせがまへいまには往昔むかしながらひと昨日きのふといふ去年きよねん一昨年をとゝし同商中どうしやうちゆう組合曾議くみあひくわいぎあるひ何某なにがし懇親曾こんしんくわいのぼりなれし梯子はしごなり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「有野村は何の何某なにがしという者でござる」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さて其翌日そのよくじつさく御獻立ごこんだて出來上できあがさふらふはやめさせたまふべきか」と御膳部方ごぜんぶかたよりうかゞへば、しばしとありて、何某なにがし御前ごぜんさせられ
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此一条は戯場の作り狂言のようなる事なれども、にあらず、我が知音中村何某なにがし、其の時は実方みのかたの藩中に在る時の事にて、近辺故現に其の事を
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時この店の持主池田何某なにがしという男に事務員の竹下というのが附きしたがい、コック場へ通う帳場のわきの戸口から出て来る姿が、酒場の鏡に映った。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
でなきゃ、文壇の噂で人の全盛に修羅しゅらもやし、何かしらケチを附けたがって、君、何某なにがしのと、近頃評判の作家の名を言って、姦通一件を聞いたかという。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其後幾日いくかも無くて、河内の平野の城へ突として夜打がかかった。城将桃井兵庫、客将一色何某なにがしは打って取られ、城は遊佐河内守等の拠るところとなった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
豊雄一七八やや此の事をさとり、涙を流して、おのれ一七九更に盗をなさず。かうかうの事にて、あがた何某なにがしが、さきつまびたるなりとて得させしなり。
折節おりふし千々岩は不在なりしを同僚のなにがし何心なく見るに、高利貸の名高き何某なにがしの貸し金督促状にして、しかのみならずその金額要件は特に朱書してありしという。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
僕がかくのごとき言を述べたならば、あるいはいたずらに人を責むるように聞こゆるであろうが、わが輩はそれがし何某なにがしなる個人を攻撃こうげきする考えは毛頭もうとうない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
徳川の家来に福島何某なにがしという武士がありました。ある雨の夜でしたが、虎の門の濠端ほりばたを歩いていました。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
威風堂々としてあんつて顧眄こべんするの勇を示す、三十余年以前は西国の一匹夫いちひつぷ、今は国家の元老として九重こゝのへ雲深きあたりにも、信任浅からぬ侯爵何某なにがしの将軍なりとか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
また青いズボンの絵を描いてワルシャワの裁縫師何某なにがしというような名前を掲げているのもあった。
それが女中の口から、「今日も何某なにがしが檀那様の格子戸にお這入になるのを見たそうでございます」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
かのふちれいありといふは、むかし永光寺のほとりに貴人きにん何某なにがし住玉ひしに、その内室ないしつ色情しきじやうねたみにてをつとをうらみ、東光が淵に身をしづめ、冤魂ゑんこん悪竜あくりゆうとなりて人をなやまししを
そのとき途中で廻国巡礼に出逢い、その笠を見れば何の国何都何村の何某なにがしと明白にかいてある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)