かわ)” の例文
ぎっしり詰った三等車に眠られぬまま、スチームに曇るガラス窓から、見えぬうかがったり、乗合と一、二の言をかわしなどする。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
截刻部せっこくぶの頭を真ッ黄色にした男工が振り向いて云った。みんなかわる交る、顔をしかめながら、短い言葉で、その出征者へ話しかけた。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
二人の美人は、無言で挨拶あいさつかわした。青木さんは、既に卑屈な泣きべそみたいな顔になっている。もはや、勝敗の数は明かであった。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこへは病気のまだ好くならぬ未亡人の外、りよを始、親戚一同が集まって来て、先ず墓参をして、それから離別のさかずきかわした。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「この小屋が手頃てごろ。こん夜からわしもここに泊るから、おまえ達も気のどくだが、二、三人ずつかわがわる看護にここへ泊ってくれい」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕等三人はしばらくのあいだなんの言葉もかわさずに茫然と玄関にたたずんでいた、伸び放題伸びた庭芝にわしばだの干上ひあがった古池だのを眺めながら。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いまだ少年であった私がたとい翁と直接話をかわすことが出来なくとも、一代の碩学せきがく風貌ふうぼうのぞき見するだけでも大きい感化であった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この句の作られた時から今日までもまだその野中の石には、いつも入りかわり立ち交り旅人は休んでいるような心持がするのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
のうきちちゃん。たとえ一まくらかわさずとも、あたしゃおまえの女房にょうぼうだぞえ。これ、もうしきちちゃん。返事へんじのないのは、不承知ふしょうちかえ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
覚悟したれば身をかわして、案のごとくかかとをあげたる、彼が足蹴あしげをばそらしてやりたり。蒲団持ちながら座を立ちたれば、こぶしたて差翳さしかざして。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小供のとき家に五六十幅のがあった。ある時は床の間の前で、ある時は蔵の中で、またある時は虫干むしぼしの折に、余はかわる交るそれを見た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あるひは両国花火の屋形船やかたぶね紺絞こんしぼりの浴衣ゆかたも涼し江戸三座えどさんざ大達者おおだてもの打揃うちそろひてさかずきかわせるさまなぞあまりに見飽きたる心地す。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第一ひとの女房とこんなもん取りかわしといて、その女房の亭主の前いれいれいしいに見せつけながら、それに対する一言のいい訳もせんと
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それかと言って器用に身をかわすだけのすべもなく、信じないながらにわざと信じているようなふうをして、苦悩の泥濘でいねいに足を取られていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
川北先生と道夫とは、まだそう決めるのは早すぎることをかわる交る説いた。そして先生よりも道夫の方がそれを熱心にいいはったのだった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いらっしゃいまし」「お待ち遠さま」「有難う存じます」の声々——それに混じって食堂じゅうに色んな日本語が縦横に走りかわしている。
多「左様で御ざりやすか、御近所に居りましても碌にお言葉もかわしませんで、何分不調法者で、此のともお心安く願います」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お雪は二番目のお菊を抱きながら会釈する、お種は車の上からアヤして見せる、ろくに言葉をかわす暇もなく、汽車は動き出した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それができ上れば、吉良の意に任す——それまでは、枕をかわすことはできない、と、糸重が、難題として、吉良に持ちかけた扇子なのだった。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
平次は十手と青銭とかわがわる飛ばして、わずかに身を防ぎましたが、相手の武家は思いの外の使い手で、平次も次第に圧迫されるばかりです。
が、ボールは思う通りには、バウンドしなかった。でも、段違に上手じょうずな譲吉は、相手の少年をかわがわる、幾度も負かした。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そんな会話をかわしながら、いつの間にか私たちの歩いている山手のこのへんの異人屋敷はどれもこれも古色を帯びていて、なかなか情緒がある。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼の母が人形を差し出すと幸子は祖母の顔と人形とをしばらかわばんこに眺めていてから、そろそろと人形の方へ手を出した。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いうまでもなくこの三人の者は常々不和の仲で、途上で出遇であっても碌々ろくろく挨拶あいさつかわしたことのないほどの間柄なのである。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
かわがわるさまざまの色の電光が射し込んで、床にかれた石膏せっこうぞうや黒い寝台しんだいや引っくりかえった卓子テーブルやらを照らしました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一人一人とゆつくり挨拶をかわすひまはもちろんない。父は想像以上に年をとり、母は、反対に、まだしやんとしていた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
長々と地面に引擦ひきずった燃立つような緋縮緬ひぢりめん長襦袢ながじゅばんの裾に、白いすねと、白い素足がかわる交る月の光りを反射しいしい、彼の眼の前に近付いて来た。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女はしまいには殆ど眩惑めまいさえかんじてきた。嘔気はきけと目まいと前のめりとが、かわる交る迫ってきた。淵がだんだん目の前にせり上ってくるのだった。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
そこでさかずきかわして、つて、今日までもしずまつておいでになります。これらの歌は神語かむがたりと申す歌曲かきよくです。
夫婦がそんな問答をかわしているところへ、ある知人から花が届けられてきた。病人へではなく、小説書きの老妻の方へであった。花は高貴ならんである。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
高橋氏に話すと快諾してくれましたので、形ばかりの結納ゆいのうを取りかわし、明治八年の十一月七日に、九尺二間の我家で結婚の式をげたのでありました。
町の特殊な美しさも、静かな夢のような閑寂さも、かえってひっそりと気味が悪く、何かの恐ろしい秘密の中で、暗号をかわしているように感じられた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そこで別れの接吻ベエゼなどしてから、おたがいに、片手をあげては、スカアルの小さくなるまで、合図をかわしていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「幸い、乗り捨てなさんしたあのお駕籠、あれへお乗りなすったら、わたしたちがかわる交るかついでお上げ申して、ともかくも人家のあるところまで……」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
双方とも私の口からうわさを聞合っていた仲なので、名前を云った丈けで、お互に名前以上の種々いろいろなことが分ったらしく、二人は意味ありげな挨拶をかわした。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
良心に恥ずる所なしとはいいながら、何とやら、面伏おもぶせにて同志とすら言葉をかわすべき勇気もせ、穴へも入りたかりし一昼夜を過ぎて、ようやく神戸に着く。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そのさい私達わたくしたちあいだかわされた問答もんどうなかには、多少たしょう皆様みなさま御参考ごさんこうになるところがあるようにおもわれますので、ついでにその要点ようてんだけここにもうへてきましょう。
梢から梢へ、姿を見せぬ小鳥たちが互いにかわしながら移動して行くらしく、また遠くで野生の鶏がするどい声でつづけざまにいた。大気は爽快であった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
尾張町へ来ると客はほとんど入れかわった。が、乗って来る客の半分は依然買物に来た婦人達であった。其中そのなかに彼は先刻資生堂で卓を同じくした婦人を見付みつけ出した。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
氏は毎朝、六時に起きて、家族と共に朝飯前に、静座せいざして聖書と仏典ぶってんの研究をかわがわるいたしてります。
新しい黒地の着物を着て、二人ともふくれた袋を手に提げている。急いでいた。話をするのに、めいめいが、かわる交る相手の意見に賛成することしか考えていない。
御機嫌ごきげんよろしゅうと言葉じり力なく送られし時、跡ふりむきて今一言ひとことかわしたかりしを邪見に唇囓切かみしめ女々めめしからぬふりたがためにかよそおい、急がでもよき足わざと早めながら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
長十郎はその日一家四人と別れのさかずきかわし、母のすすめに任せて、もとより酒好きであった長十郎は更に杯を重ね、快く酔って、微笑を含んだまま午睡ごすいをした。
それでかわがわる其処まで行って足を掛けて見るが、荷が無ければかく、荷があっては素早く行動しないと落ちそうなので、長次郎さえも行きかけて止めてしまう。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もちろん各楽章の排列はいれつは転倒し、また変形しているとはいえ、二つの主題がかわがわるに起伏出没していることまで、何とソナータの形式に似通っていることであろう。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
僕は母にかわって此方こちらに来て、母は今、横浜の宅に居ますが、里子は両方をかわる/″\介抱して、二人ふたりの不幸をば一人ひとりで正直に解釈し、たゞ/\怨霊おんりょうわざとのみ信じて
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「そんな事はありませんや。どこかへかわしているんでしょう。なにしろ呼んで見ましょう」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
私共わたくしどもも二三人宛にんづゝ休息時間きうそくじかんはいしても、かわる/″\つてはたらきますぞ、すると海底戰鬪艇かいていせんたうてい竣工しゆんこうするころには、鐵檻てつおりくるま出來上できあがつて、私共わたくしどもれに乘込のりこんで、深山しんざんおくつて
二人の青年記者の顔をかわりばんこに見比べていたが、やがてその一人に近づいて
それが一般の評判になったので、表向おもてむきの罪人にこそならないけれども、御親類御一門も皆その奥様を忌嫌いみきらって、たれも快く交際する者もなく、はて本夫おっとの殿様さえも碌々ろくろくことばかわさぬくらい
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)