ほほ)” の例文
ぢいさんはぷつとすまして、片つ方のほほをふくらせてそらを仰ぎました。それからちやうど前を通つて行く一本のでんしんばしらに
月夜のでんしんばしら (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
キャラコさんが、そうたずねると、佐伯氏は、急にキュッとほほの肉を痙攣ひきつらせ、なんともいえない暗い顔をしておし黙ってしまった。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
シンガポールの陥落が、ゆうべから早くもラジオや、新聞に伝えられて、宮城前の広場には感謝にほほをかがやかした人々が群れていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼らは馬蹄型ばていがたの海岸を一列に並んで、黙々として歩いた。歯が痛かった。風はほほとおして、歯の神経をひどく刺激するのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ひざずつ乗出のりだしたおせんは、ほほがすれすれになるまでに、菊之丞きくのじょうかおのぞんだが、やがてそのは、仏像ぶつぞうのようにすわってった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
さしも遣る方無くかなしめりし貫一は、その悲をたちどころに抜くべきすべを今覚れり。看々みるみる涙のほほかわけるあたりに、あやしあがれる気有きありて青く耀かがやきぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
愚助は不思議に思ひながら、お父さまのそばへ近よりますと、お父様は、いきなり愚助のほほつぺたを、ぴしやりとなぐりつけました。
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
それから太陽が沈み、涼しい夜の空気がくりの木蔭にただよつた時、二人は其処そこに坐つてゐた。ほほと頬とを寄せ合ひ、互ひに腰へ手を廻しながら。
翻訳小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眼瞼まぶた重げに、まなじり長く、ふくよかな匂わしきほほ、鼻は大きからず高すぎもせぬ柔らか味を持ち、いかにものどやかに品位がある。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「おゝ、お前か。よく鐘を鳴らしておくれだつた。」と言ひ/\、若ものにほほずりをしました。若ものはへんな顔をしてうちの中へはいつて
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
と青年は寒気の中を急いだためにその健康な色のほほをなおりんごのようにあかくし、汗ばんだその額を一ぬぐいして、息を吐きながらいった。
カトリーヌはその人であることを、左の耳の上にある小さいあざと、長い睫毛まつげが両方のほほにまで長い影をうつしているのとでたしかめたのです。
ふうわりと軽くて、まるで綿のようで、ほほをつついてみると、つるつるしてやわらかで、かすかにちちにおいがしていました。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
中根なかねだな、相變あひかはらず爲樣しやうのないやつだ‥‥」と、わたし銃身じうしんげられたひだりほほおさへながら、忌々いまいましさに舌打したうちした。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しかし服装の小ぎれいなわりに、顔はやけトタンのようにでこぼこし、四角なほほには、にきびがたくさんふき出ていた。
透明猫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まがひアストラカンの冬帽をかむつて、三日ばかり剃刀かみそりを知らないほほのままの礼助、しかも何処どことなく旅先のあわただしい疲労を浮べてゐる目つきの礼助は
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
赤彦君の顔面は今は純黄色に変じ、顔面に縦横じゆうわう無数のしわが出来、ほほがこけ、面長おもながくて、一瞥いちべつ沈痛の極度を示してゐた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
桃色のほほをした無心な幼児おさなごが愛らしい、腹を痛めた子だからかわいい、己の子だからかわいいというだけの気持ちでは、決して幼児おさなごを愛するとはいえず
おさなご (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
なにを考えるともなくぼんやり夢想むそうしている時でも——彼はいつも、くちじ、ほほをふくらし、くちびるをふるわして、つぶやくような単調たんちょうおとをもらしていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
玉のかいなは温く我頸筋くびすじにからまりて、雲のびんの毛におやかにほほなでるをハット驚き、せわしく見れば、ありし昔に其儘そのままの。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は五銭玉をしつかり握つた手を、ふところへ入れてけて行つた。ほほぺたがちぎれるやうに冷たい。
お母さんの思ひ出 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
つぶらなひとみ、弾力のあるふっくらとしたほほ、顔もからだも、ほどよく締っていて、はずみだしそうです。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ほほ、鼻、口元、あごすべて低く輪廓が整ツて、何處か何んとかいふ有名な藝者に似て豊艶な顔だ。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
なんのこだわりもしらないようなその老人に対する好意がほほに刻まれたまま、たかしはまた先ほどの静かな展望のなかへ吸い込まれていった。——風がすこし吹いて、午後であった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
物言はずして自づとほほの赤うなり、さして何とは言はれねども次第次第に心細き思ひ、すべて昨日の美登利の身に覚えなかりし思ひをまうけて物の耻かしさ言ふばかりなく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
奥様のほほは僕の頬におっついている中に僕は熱の勢か妙な感じがムラムラと心に浮んで
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
最後にロンシャンで会った時には、髪の毛を神々こうごうしくちぢらし、世にも珍しいトルコ玉の飾りをつけ、赤ん坊のほほの色のような長衣を引っかけ、ふさふさしたマッフを持っていた。
お寺の和尚をしやうさんに怒鳴りつけられたときも、蔵の中へ閉ぢこめられるときも泣かなかつた栄蔵は、今どういふわけで泣けるのか解らなかつたが、ほほを伝ふ涙をとめることが出来なかつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
貴人の前へ出るに、そのような憔悴しょうすいしたおもてをもって、お目通りに伺うものではない。病者かと御覧ぜられるだけでも御不快であろう。これで程よくほほいて、不つつかのなきように心を
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戸外へ出ると、雪の上を渡つて来た冷たい風が、スーツとほほを吹いた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
みてあからめもせず燈火うちまもるあり。黙然として団扇うちはの房をまさぐるあり。白扇はくせんばたつかせて、今宵の蚊のせはしさよと呟やくあり。胡栗餅くるみもちほほばりて、この方が歌よりうまいと云ふあり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかしわたくしは橋の欄干に身をせ、見えぬながらも水の流れを見ようとした時、風というよりもほほれる空気の動揺と、磯臭い匂と、また前方には一点の燈影とうえいも見えない事、それらによって
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そういふ君だつてほほかぶりなんかしておかしいよ
きみわれ燃ゆるもひたと、ほほずりふるへ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かすかにほほうつ香ひありて
感謝 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
妹の芳子はほほふくらし
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そうして、かわいくてたまらぬといったふうに、子供のほほにキッスするだろう。そうして、おっとと顔を見合わせてほほえむだろう。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラのほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
おこのがはらったのはずみが、ふとかたからすべったのであろう。たもとはなしたその途端とたんに、しん七はいやというほど、おこのにほほたれていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
やつと隧道トンネルたとおもふ——そのときその蕭索せうさくとした踏切ふみきりのさくむかうに、わたくしほほあかい三にんをとこが、目白押めじろおしにならんでつてゐるのをた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
金色の髪がふさふさと肩に垂れ、海のように青い眼をし、薔薇ばら色のほほをして、肌は大理石のようになめらかでまっ白でした。
手品師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
やや上気したほほのあか味のためにったまゆのあとがことにあおく見える細君はこういいながら、はじらいげにほほえんだ会釈を客の裕佐の方へなげ
お母さまは二人にほほずりをして、またゆうべのやうな、おいしい果物を分けて食べさせました。一ばん上の男の子は
星の女 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
そして、ほほのうえを、つつーッと走りおちた。目を、ぱしぱしとまたたくと、丸窓の外に、黒い太平洋は、あいかわらず、どっどっと左へ流れていた。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何分なんぷんつた。突然とつぜん一人ひとり兵士へいしわたしからだひだりからたふれかかつた。わたしははつとしてひらいた。その瞬間しゆんかんわたしひだりほほなにかにやとほどげられた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
宮は見るより驚くいとまもあらず、諸共もろともに砂にまびれて掻抱かきいだけば、閉ぢたるまなこより乱落はふりおつる涙に浸れる灰色のほほを、月の光は悲しげに彷徨さまよひて、迫れる息はすさましく波打つ胸の響を伝ふ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と、韋駄天の姿は消えてしまつて、まくらもとの置ランプが相変らずゆらゆらとしてゐるのでした。爺のほほにはやさしい笑みが浮びました。そしてまた両の目をしづかにつぶりました。
天童 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
ひたいにはしわがより、ほほはこけ、小鼻はおち、歯齦はぐきは現われ、顔色は青ざめ、首筋は骨立ち、鎖骨さこつは飛び出し、手足はやせ細り、皮膚は土色になり、金髪には灰色の毛が交じっていた。
かえって、汗ばんだ、上気したほほにあたる冷たい雪が、こころよかった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
キャラコさんは、自分のほほにクワッと血がのぼってくるのがわかった。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)