あい)” の例文
ある親島から支島えだじまへ、カヌウで渡った時、白熱の日の光に、あいの透通る、澄んで静かな波のひと処、たちまち濃い萌黄もえぎに色が変った。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あいを人工的に合成する法が出来て以来、人造藍の需要が増すにつれて天然藍の産額が減ずる傾向をもっているのは著しい現象である。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこには笛をふいているあめ屋もある。その飴屋の小さい屋台店の軒には、俳優の紋どころを墨やあかあいで書いたいおり看板がかけてある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その他阿波には色々のものを数え得るでありましょうが、この国が天下にその名を成したのは何よりもまず「あい」のためであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
とたんに海騒うみざいのような観衆のりはハタとつばを呑んでやんだ。燕青の真白な肌にあい朱彫しゅぼりのいれずみが花のごとく見えたからである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また神田とか八田とかいう地名は昔からいくらもありそうな地名であるが、摂津有馬ありまあい村大字下相野しもあいのの同地名はその由来が少々違う。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
第三の頭巾ずきんは白とあい弁慶べんけい格子こうしである。眉廂まびさしの下にあらわれた横顔は丸くふくらんでいる。その片頬の真中が林檎りんごの熟したほどに濃い。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すみきった濃いあいのいろにひろがった海ははるかのかなたまで鷹揚おうようなうねりをたたえ、しずかに渚にうちよせ、うちかえします。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
小十郎は自分と犬との影法師がちらちら光りかばの幹の影といっしょに雪にかっきりあいいろの影になってうごくのを見ながら溯って行った。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ギラリと引抜いた一刀、佐次郎の顔はあいのように見えます。たぶん激情に自制心を失う、不思議な変質者ででもあったでしょう。
葉子は窓を通して青からあいに変わって行きつつある初夏の夜の景色をながめた。神秘的な穏やかさと深さとは脳心にしみ通るようだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鬼灯色ほおずきいろの日傘をさし、亀甲かめのこうのようなつやをした薔薇ばら色の肌をひらいて、水すましのように辷っては、不思議なうすいあいばんだ影を落していた。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
亀蔵はその時茶の弁慶縞べんけいじまの木綿綿入を着て、木綿帯を締め、あい股引ももひき穿いて、脚絆を当てていた。懐中には一両持っていた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
よほどふかいものとえまして、たたえたみずあいながしたように蒼味あおみび、水面すいめんには対岸たいがん鬱蒼うっそうたる森林しんりんかげが、くろぐろとうつってました。
空は愈々いよいよ青澄み、くらくなる頃には、あいの様に色濃くなって行った。見あげる山の端は、横雲の空のように、茜色あかねいろに輝いて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
塩と砂糖とあいよりほかになるべく物を買わない方針を執って来た自給自足の生活の中で、三千六百円もの大借がどうしてできたろうと思い
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明子は青年の姿をあい色の層をした水に映して眺めたとき、鼻を鳴らして慕ひ寄る一匹の小犬を聯想れんそうした。実際小犬のやうに青年は潔白だつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
ここらに多い屋敷々々の森が、あいをとかしたような暮色を流しはじめて、空いちめんに点を打ったようにからすが群れていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
歌麿うたまろなぞいやですが、広重ひろしげの富士と海の色はすばらしい。そのあいのなかに、とけこむ、ぼくの文章も青いまでに美しい。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
と云っている処へ参りましたのは、あい衣服きものに茶献上の帯をしめ、年齢は廿五歳で、実に美しい男で、かどへ立ちまして
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
は、あまりうまくないな。けれどこのあいいろがなかなかいい。いまどきのものに、こうした、あいえたいろられないな。まあ、いいしなだろう。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
界隈によく姿を見せる、いつもあいみじんを着て、銀鎖の守りかけを、胸にのぞかせているような、癇性かんしょうらしい若者——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
他ならぬ若殿頼正で、死に瀕したやつれた顔、額の色はあいのようにあおく唇の色は土気を含み、昏々として眠っている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まっ赤に血走った眼、大きくふくれ上がった小鼻、ふなのようにひらいた唇、青ざめきってあい色に死相をたたえた顔、その顔で彼女はニヤニヤと笑ったのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
細かいあいの千筋の中に太い藤色の棒縞の入った秩父の単衣ひとえに、帯は白地に朝顔を染めた腹合せをしめていた。
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
娘の時、あいから作って、母親と二人で染めたその藍の色がよく枯れて、大事に着たせいか、これから先もまだ何年着られるか分らないほどしっかりしている。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
廊下ろうかまがかどのところで、正吉は大人の人に、はちあわせをした。誰かと思えば、それはあい色の仕事服を着て、青写真を小脇に抱えているカコ技師であった。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
見るものはただち黄色こうしょくを帯びたる淡く軟かき緑色りょくしょくとこれに対する濃きみどりあいとの調和に感じまた他の一作洲崎弁天海上眺望の図においては黄色と橙色とうしょくとの調和を
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
肌理きめの細かい女のような皮膚の下から綺麗きれいな血の色が、薔薇色ばらいろに透いて見える。黒褐色の服に雪白のえり袖口そでぐち。濃いあい色の絹のマントをシックに羽織っている。
はた屋の前には機回りの車が一二台置いてあって、物干しに並べてかけた紺糸が初夏の美しい日に照らされている。あいの匂いがどこからともなくプンとして来る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お雪は、ぞっとするほど碧く澄んだ天地の中に、ぼんやりとしてしまった。皮膚にまで碧緑あおさがみこんでくるように、全く、此処ここの海は、岸に近づいてもあい色だ。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お菊さんは庖厨かっての出入口の前のテーブルにつけた椅子に腰をかけていた。出入口には二条ふたすじの白い暖簾のれんがさがって、それがあい色のきものを着たお菊さんの背景になっていた。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
珊瑚や海藻よりも、いっそう強い色をもっていて、赤、もも色、くれない、黄、だいだい、褐色、青、緑、紺、あい、空色、黒など、まるで、ぬりたてのペンキのように光っている。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
白地にあいの、がらのわるい浴衣ゆかただ。型はもうすっかりげて、あっちこっちにつぎさえあててある。
何とかいう芝居小屋の前に来たら役者に贈ったのぼりが沢山立って居た。この幟の色について兼ねてうたがいがあったから注意して見ると、地の色は白、あい、渋色などの類、であった。
車上の春光 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
あい染附の、大きな皿は、ルイ王朝時代のものを模した奴で、これは、戦後の作品ものではない。疎開して置いたものに違いない。この皿は、昔のまんまだ、少くとも、これだけは。
神戸 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
柔らかい白のあやに薄紫を重ねて、あいがかった直衣のうしを、帯もゆるくおおように締めた姿で立ち「釈迦牟尼仏弟子しゃかむにぶつでし」と名のって経文を暗誦そらよみしている声もきわめて優雅に聞こえた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それでも彼は落胆しなかった。彼は動植物園の日当たりのいい片すみを借り受けて、「自費で」あいの栽培を試みた。そのために、特産植物誌中の銅版を質屋に入れてしまった。
あいひわ朽葉くちばなどかさなりあってしまになった縁をみれば女の子のしめる博多はかたの帯を思いだす。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
海はあいと、ガラス壜のような緑と、淡紅とのしまをなして、銀色にきらめく光の反射を、一面にたゆたわせながら、ものうげに滑らかにやすらっているし、海藻は日にひからびて
そこで物部もののべ荒甲あらかいの大連、大伴おおとも金村かなむらの連の兩名を遣わして、石井を殺させました。天皇は御年四十三歳、丁未ひのとひつじの年の四月九日にお隱れになりました。御陵は三島のあいみささぎです。
道釈どうしゃく人物、花鳥、動物、雲鶴うんかく、竜、蔬菜そさい図、等が描かれてあります、その群青ぐんじょう、朱、金銀泥、あい、などの色調は、さも支那らしい色調であって、大変美しい効果のものであります
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
その地平線は白の地に、黄と少量の朱と、あいと黒とを交ぜた雲とかすみとであった。その雲と霞は数条の太い煤煙ばいえんで掻き乱されている。鮮麗せんれいな電光飾の輝く二時間ぜんの名古屋市である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
水のようにき出して私は物の哀れを知り初めるという少年のころに手飼いの金糸雀かなりやかごの戸をあけて折からの秋の底までもあいたたえた青空に二羽の小鳥を放してやったことがある。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
衣更えの気分 次に第二の句は「衣え手につくあいにおいかな」というのですが、この句は、つまり、「衣更え」と「手につく藍の匂い」という、二つに解剖してみる事ができます。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
その頭の下に敷いていたらしい黒い頭巾ずきんと、あいの合羽様のものをも、共に引きずって、そうして壁際にピタリと身を置いたかと思うと、今度は横向きに頬杖をして、以前の身構えで
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかもただ自然を見、自然を玩味し来ったかということをも十分に調べてみて、まず古人の門下生となり、しかしてあいより青い古人以上の立派なお弟子になる心掛けが肝要であります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
丁度大きなあいかめをさかさまにして、それを下から覗いたような心もちである。しかもその瓶の底には、泡の集ったような雲がどこからか生れて来て、またどこかへ翛然ゆうぜんと消えてしまう。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
町をはずれてまだ二里ほどの間は平坦な緑。I湾の濃いあいが、それのかなたに拡がっている。すそのぼやけた、そして全体もあまりかっきりしない入道雲が水平線の上に静かにわだかまっている。——
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
今度私に突合つきあって、伊右衛門をするのは、高麗蔵さんですが、自分は何ともないが、妻君の目の下に腫物しゅもつが出来て、これが少しれているところへ、あいがかった色の膏薬こうやくを張っているので
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)