へり)” の例文
旅の若い女性によしやうは、型摺りの美しい模様をおいた麻衣を著て居る。笠は浅いへりに、深いはなだ色の布が、うなじを隠すほどにさがつてゐる。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
縫ふやうにへりに並んで生えてゐる楊柳やうりうの緑についさつきから吹き出した蒙古風もうこかぜがすさまじくきいろ埃塵ほこりを吹きつけてゐるのを眼にした。
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
昨日きのう掃除しかけて帰った家には、石山氏に頼んで置いたへり無しの新畳が、六畳二室に敷かれて、流石に人間の住居らしくなって居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
堅く焼いた、小さい、赤い煉瓦のへりの黒いので建ててあるから、壁が丁度大きな象棋盤しやうぎばんのやうに見える。家の正面には搏風はぶがある。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
門の中には右のほうに水のきれいな泉水せんすいがあって、そのへり仮山つきやまがあった。仮山の上には二三本の形のおもしろい小松が植わっていた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼が世界の向うの端においてはぐくみ育てられながら聞いた神話の国、それは現世のはしへりどってたそがれとぼかし交える国であった。
人馬のにひ妻 (新字新仮名) / ロード・ダンセイニ(著)
親指の爪先つまさきから、はじき落すようにして、きーんと畳の上へ投げ出した二分金ぶきんが一枚、れたへりの間へ、将棋しょうぎの駒のように突立った。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
一ツ目小僧の豆腐買は、流灌頂ながれかんちょうの野川のへりを、大笠おおがさ俯向うつむけて、跣足はだしでちょこちょこと巧みに歩行あるくなど、仕掛ものになっている。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三尺ほど高く床が張ってあって、へりなしの踏むあとからへこんで、合わせ目から虫の這い出そうなボコボコの畳が黒く八畳ほど敷いてある。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
最もほそく作られたるものは其原料げんれう甚だ見分みわけ難けれどややふときもの及び未成みせいのものをつらね考ふれば、あかがひのへり部分ぶぶんなる事を知るを得。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
せいぜい四インチばかりの波型の幌飾りが四方を取りまわして、その幌飾りのへりが青で、それが八月の微風に涼しげにそよいでいた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
赤茶気た髪をくくり下げに致しておりますが、老人が作りました畠のへりに跼みまして、繊細かぼそい手で色んなものを植え付ております。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そう、口のへりまで出かかったのだけれど、現に自分達はそれを見て蒼くなるほど愕いたのに、今更疑うわけには行かなかった。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
新九郎は、途中でふと千浪ではないかしらと遅疑おくしたが、音無瀬川おとなせがわへりへ出た時、川面の水明りでいよいよ彼女に間違いないことを知った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しまいには、畳のへりの交叉したかどや、天井の四隅よすみまでが、丁度刃物はものを見つめている時のような切ない神経の緊張を、感じさせるようになった。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
廊下へ出て、へり蘇鉄そてつ芭蕉ばしょうの植わった泉水の緋鯉ひごいなどを眺めていると、褞袍姿どてらすがたのその男が、莨をふかしながら、側へ寄って来て話しかけた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
南向きもしくは西向の桑畠くわばたけの間を通ると、あの葉のへりだけ紫色な「かなむぐら」がよく顔を出している。「車花」ともいう。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
では、最初反太陽説の方から云うと、アインシュタインは、太陽から出た光線が球形宇宙のへりを廻って、再びもとの点に帰って来ると云うのです。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
鍋焼饂飩なべやきうどんの荷の間からへりのとれかゝった広蓋ひろぶたを出し、其の上に思い付いて買って来た一升の酒にさかなを並べ、其の前に坐り
へりに、ごつごつした中老の山毛欅ぶなの樹が立並んでいる国道のほうは、半分だけ鋪石が敷いてあって、半分は敷いてない。
お玉は手持不沙汰なように、不断自分のいる所にいて、火鉢のへりでたり、火箸ひばしをいじったりしながら、恥かしげに、詞数ことばかず少く受答うけこたえをしている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
これは帽の一方のへりを高くり立たしめる事、昔流行はやりし帽の頂から緒でその縁を引っ張るため縁に穴あり、緒の端に付けたボタンを通して留めた
茶の中折なかおれをかぶっている。中折れの形はくずれて、かたむへりの下から眼が見える。眼の恰好かっこうはわからんが、たしかにきょろきょろときょろつくようだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょうど満月が昇り始めていて、霧の上の方のへりを通して赤くほのかに現れた。このために私たちはますます急いだ。
お前たちは或る農家の、ささやかな、いろいろな草花でへりをとられた離れを借りて、暮らしてゐた。私が到着したとき、お前たちは海岸に行つてゐた。
麦藁帽子 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
細道は鉄道線路の土手に沿って、段畑のへりや薄暗い森を縫って、はるか村はずれのトンネルの番小屋まで続いていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
荘右衛門沢のへりに沿うた幅一尺くらゐの心細い小路を歩いてゐるのであつて、右手はすぐ屏風を立てたやうな山、左手は足もとから断崖になつてゐて
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
穴を形作る板のへりには、幾箇所かに釘を植えて、その錆びた釘で、少しばかりの引っ掻きを拵えてしまったのです。
灰皿のほうは肉の薄味、線の丸さ、波形のへりのうねり、その他どう見ても優しいそうして濃まやかな感じの持ち主の手になったものとしか思われない。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ぎょっと驚いて今さらのように大きく目を見張った君の前には平地から突然下方に折れ曲がった崖のへりが、地球の傷口のように底深い口をあけている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そしてもう一度、心地こゝちよい秋のある暮方、私はロートンへの路を歩いてゐた。途中は小川のへりに沿ひ、谷の美しい曲折カアヴの間を縫ふ畫のやうな路であつた。
仔羊皮のへりをつけて鎗騎兵型に仕立てた帽子に、裏に黒い毛皮をつけた紺色の外套を著こんだソロチンツイの陪審官が、いつも馭者を追ひ立てるのに使ふ
矢は五本ながらあたってはいないが、しかしその矢は五本ながら同じ間隔と深さとをもって的のへりこすっている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空處にとなれるそのへりと、たえず聳ゆる高き岸のもととの間は、人の身長みのたけたびはかるに等しかるべし 二二—二四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
(彼が帽子のへりへ手をかけるたびごとに)ピラムが、毛を逆立さかだて、尻尾しっぽをぴんとさせて、立ち止まるのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
また一方では捲きあがって行ったへりが絶えず青空のなかへ消え込むのだった。こうした雲の変化ほど見る人の心に言い知れぬ深い感情をび起こすものはない。
蒼穹 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
首は、元結が切れてザンバラ髪、眼と歯をガッ! と剥いて、まるで置いたように、畳のへりにのっている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ほかの患者が向こうから来ると、彼は着物のへりの触れ合うのをおそれて、遠廻りにけて通った。『傍へ寄らんで呉れ、傍へ寄らんで呉れ!』と彼は叫んでいた。
黄いろいへりを取つた黒のジヤケツを着て、背に小銃を負つてゐる。此男は岩の窪みに溜まる塩を、百姓や漁師の取らぬやうに見張るのである。今一人は漁師である。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
そして底のへり小孔こあながあって、それに細い組紐くみひもを通してある白い小玉盃しょうぎょくはいを取出して自ら楽しげに一盃いっぱいあおいだ。そこは江戸川の西の土堤どてあがばなのところであった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
荒地あれちを通って少しばかり行くと、死体のあったという凹みへ出た。凹みのへりにははりえにしだの藪が繁っていた。そこへストレーカの外套はかかっていたのである。
最初さいしよ活動かつどうおいては火口内かこうない鎔岩ようがんが、火口壁かこうへきへりまですゝみ、一時いちじ流出りゆうしゆつ氣遣きづかはれたけれども、つひにそのことなくして、鎔岩ようがん水準すいじゆんふたゝ低下ていかしてしまつたのである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ゆかが低くて、畳のへりがぼろぼろに擦り切れている室が二つ、奥の室には小さいくすんだ古箪笥と其他のもの、前の室に薄い唐草模様の木綿蒲団に岩田が仰向に寝ている。
過渡人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
精巧な少量のものは専ら売るために織り、めいめいの着ているのは太い重い、蚊帳かやだの畳のへりだのに使うのと近い、至って頑丈がんじょうなもので、これが普通にいうヌノであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ロミオ いや/\、あさらする雲雀ひばりぢゃ、ナイチンゲールのこゑではない。戀人こひびとよ、あれ、おやれ、意地いぢわる横縞よこじまめがひがしそらくも裂目さけめにあのやうなへりけをる。
あかるいまつたひるつた。處々ところ/″\しまのやうなはたけへりからかゝつて料理菊れうりぎくはな就中なかでもばんつよ日光につくわう反射はんしやしてちかいよりはとほほどこゝろよくあざやかにえてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
女の腕を押えて、片手は帯のところへかけて押せば、よろよろと駕籠のへりへ押しつけられます。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
でなければ、麓の丸のへりに取り付いてぐるぐる廻りをしているのではあるまいかとも思った。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この話の間、ベッキイは、部屋の片隅にしりごみしながら、前掛のへりをいじくっていましたが、ミンチン女史にそういわれますと、ひょこひょこ出てきてお辞儀をしました。
雪渓は、へりのところだけ雪が溶けて、浅い池のようになっていた。生えたまま枯れている草の葉や、こぼれた米などが底に見えた。手をひたすと冷たくて、まさしく冬の水だった。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)