あや)” の例文
式場用の物のおおい、敷き物、しとねなどの端を付けさせるものなどに、故院の御代みよの初めに朝鮮人がささげたあやとか、緋金錦ひごんきとかいう織物で
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さてかたばかりの盃事さかずきごとをすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのがあやを十ぴきに絹を十疋でございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なお一方には是を題詠として、単に文辞のあやばかりで空々しいことをいうふうが、いつまでも流行していたのはおかしいことだと思う。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
勝代は負けぬ氣でさう云つて口をつぐんだが、ふと不安の思ひが萌して顏が曇つて來た。良吉も話を外らして、小さい弟をあやしなどした。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
山と雲との影があやに織り出されたり消されたりして、その間を縫って銀光沢を帯びた青緑色のヤンマの一種がのように飛び交うている。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その頃はお政も左様さようさネと生返事、何方どっち附かずにあやなして月日を送る内、お勢のはなはだ文三に親しむを見てお政もついにその気になり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
また末の姫が、徳川秀忠夫人となって、家光を生んだことなど、戦国数奇すうきの運命のあやは、史によって、人みなのよく知るところである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
釈迦八相倭文庫しゃかはっそうやまとぶんこ挿画さしえのうち、摩耶夫人のおんありさまを、絵のまま羽二重と、友染と、あや、錦、また珊瑚さんごをさえちりばめて肉置の押絵にした。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俺は独者ひとりものだし、の、それだけの事で、ほかにゃあやも何にもありゃしねえんだから、お前も旅の者らしくさっぱりしてくんねえな。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
山を野へ下り立つ人は山を振り返るに、惜しきわかれとらく/\した気持とで、こころ小鼓の調べの緒のあやにうち返すといいます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
問はゞ左りへあやなし越前とやらめい奉行でも何のおそるゝ事やあらんと高手たかて小手こていましめの繩のよりさへ戻す氣で引れ行くこそ不敵ふてきなれ。
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこには、自分の紅總べにふさのやうに亂れる時々の感情を、その上にもあやしてくれるなつかしい男の心と云ふものを見付け出す事が出來なかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
基経は姫のひつぎに、香匳こうれん双鶴そうかくの鏡、塗扇ぬりおうぎ硯筥すずりばこ一式等をおさめ、さくらかさね御衣おんぞ、薄色のに、練色ねりいろあやうちぎを揃えて入れた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「気取るなよ、どうせ身代りの贋首にせくびってえ面じゃねえ、顔と言ったのは言葉のあやだ。本当のところは、手前の足が借りてえ」
波が白く部屋にむかって線を引き細かい網目のあやをひろげているのが、長く月を忘れていた彼には思いもうけぬ慰みとなった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その先生の右手から、黄のあやを着た娘が立つて、花瓶くわびんにさした何かの花を、一枝とつて水につけ、やさしく馬につきつけた。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
この女どこから聞き出して来たか、もうあの娘のことを知っている、そうしてワザとこんなふうにあやをかけて持ち出したのだなと思いました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかもみな彩色さいしきの新版であるから、いわゆる千紫万紅せんしばんこう絢爛けんらんをきわめたもので、眼もあやというのはまったく此の事であった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あやちゃん、綾ちゃん! 右門のおじさんを連れてきたよ。もうだいじょうぶだぜ。そこをどいちゃいかんぞ! しっかり乗っかっていなよ!」
次いでまた水のあやが乱れた。しかしついに魚は狂い疲れた。その白いひらを見せる段になってとうとうこっちへ引寄せられた。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いしは珍しく濃い化粧で、紫色の地にぼかしで千草を染めた縮緬ちりめんの小袖に、薄茶色のあやに菊の模様の帯をしめていた。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
洋語ではこれをスペクトラとつて七つのあやの光といふことである。旧弊ものは来迎らいがうの光だの何のと謂ふが、あれは木偶法印でくほふいんに食はされてゐるのだ。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
武士たちは、こわごわちかづいて見ると、高麗錦こまにしきくれあや倭文織しずおりかとりたてほこゆきくわなどのたぐいで、いずれも権現から紛失した宝物であった。
危い、危いぞ——と思つて、電光石火で魚をあやなしてゐる心持といふものは、あらゆる目的と効果を一つにした時であるから、殆ど夢中だといつてよい。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
近松でも西鶴でも内的概念よりはヨリ多くデリケートな文章味を鑑賞して、この言葉のあやが面白いとかこの引掛けが巧みだとかいうような事を能くはなした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
模様はもとより、その排列や色彩の調和や、すべて自由であり可憐かれんであり美麗である。花やちょうや鳥や草や山や水や雲やあらゆる自然のものがあやなしている。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
三人の三角なりな気持のからみ合いは、何か美しいあやの多い葉子の話しぶりによると、それは相当蠱惑的こわくてきなローマンスで、モオパサンの小説にも似たものであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
別して金三郎には、離れの隠居所を寝室に宛てがって、一人娘のおあやが侍女代りに付き切りであった。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
あれは言葉のあやで、他の時は知らず、この時ばかりは、お前の渋い顔なぞいっぺんも見たことはない。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
僕の尋問のあやに、うまく引っかかって、案外容易に、自白してしまった若者に、あわれみを感じながら、しかも相手の浅はかさを、さげすむような心持さえ動いていたのです。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あやかし」という名前はこの鼓の胴が世の常の桜や躑躅つつじちがって「あやになった木目を持つ赤樫あかがし
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
蜂鳥はちどりや、はちや、胡蝶こちょうつばさをあげて歌いながら、あやのような大きな金色の雲となって二人の前を走って歩きました。おかあさんは歩みも軽く海岸の方に進んで行きました。
可憐しをらしき束髪の頸元深えりもとふかく、黄蘖染おうばくぞめ半衿はんえり紋御召もんおめし二枚袷にまいあはせを重ねたる衣紋えもんあやづ謂はんやう無く、肩状かたつきやさし内俯うつふしたるそびら金茶地きんちやぢ東綴あづまつづれの帯高く、勝色裏かついろうら敷乱しきみだれつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
特に宇野さんの小説は、私小説はもとより、男の子の話だの、女流選手の話だの老音楽夫人の話だの、語られていることの大部分はこういう微妙なあやの上の話なのである。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
室の中を見ると、狛錦こまにしきくれあや倭文しずりかとりたてほこゆきくわなどのの盗まれた神宝があった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
だけど、そんな知識を振翳ふりかざしたって何になるでしょう。そんな学問はただの装飾です。いくらくれないあや単襲ひとえがさねをきらびやかに着込んだって、たましいの無い人間は空蝉うつせみ抜殻ぬけがらです。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
流れの淀むところは陰暗く、岩をめぐれば光景瞬間に変じ、河幅かわはば急に広まりぬ。底は一面の白砂はくさに水紋落ちてあやをなし、両岸は緑野低く春草しゅんそう煙り、森林遠くこれを囲みたり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一望に咲き揃っている眼もあやな自然の友禅模様ゆうぜんもよう——高い山にはよくあるお花ばたけなのである。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
三伝が生きて——もしそうだとしたら、たぶんあるにちがいない奸黠かんかつあやのなかに、船場の遺書も自分の苦悶も、みな筋書のようにして織り込まれているのではないだろうか
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
男の目を迎え慣れたびの色を知らず知らずうわまぶたに集めて、それに応じようとする途端、日に向かって目を閉じた時にあやをなして乱れ飛ぶあの不思議な種々な色の光体
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
なぜ今度それを承諾したのか? いったいそのあやはなんだろう? この謎のかぎはどこにあるのだ? わかり切った事だ——自分のため、自分の安逸のため、いや、それどころか
ただ闇はあやなし、一様の黒いページとして眼に映るのみであります。そうしてようやくにしてまた明るい一帯の浮城をみるようになるのは明治三十年ごろからのことであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この前の、わざとった高髷たかまげとは変って、今夜は、長い、濡羽ぬればいろの黒髪を、うしろにすべらして、紫の緒でむすんで、あかい下着に、水いろの、やや冷たすぎるようなあや寝間着ねまき——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
芳江はしばらく顔を見なかった叔父に突然あやされたので、少しはにかんだようにくちびるを曲げて笑っていた。門を出る時はかれこれ五時に近かったが、兄はまだ上野から帰らなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あちらこちらに種々の珍花異草があやなして轟々ごうごうたる溪流けいりゅうに臨んで居る様は、人をして奇と呼び怪と叫ばしめてなおくことを知らず、我この所に止まってこの風景と共に仙化せんかせんか
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
或る時はにしきあや、等々の織物、或る時はこれも唐土から渡ったと云う珍奇な幾種類もの香木こうぼく、或る時は葡萄染えびぞめ、山吹、等々の御衣おんぞ幾襲いくかさね、———折にふれて何とか彼とか口実を設けては
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たまたま、感動に類するものがあるとすれば、それは、彼の「誠実」である証拠を示すぐらゐのもので、どうかすると文章のあやがそれさへをも誇張してゐる場合がすくなくないのである。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それからあいちやんはきのこめて(衣嚢ポケツトなかつたもう一かけの)ほとんど一しやくばかりの身長せいになつて、そのちひさなみちくだつてき、やがて——あいちやんはつひ赫灼かくしやくとしてあやなる花壇くわだん
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
星の光に水の流るゝのが暗くあやをなして見えた。の音が水を渡つて聞えた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
赤羽主任の脳裡には、ようやく事件のあやが少しずつ明瞭になってくるのを覚えた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)