空地あきち)” の例文
相應の賑ひを見せて居る眞砂町の大逵おほどほりとは、恰度ちやうど背中合せになつた埋立地の、兩側空地あきちの多い街路を僅か一町半許りで社に行かれる。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
建續たてつゞいへは、なぞへにむかうへ遠山とほやまいて、其方此方そちこちの、には背戸せど空地あきちは、飛々とび/\たにともおもはれるのに、すゞしさは氣勢けはひもなし。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
室のすぐ横手に、草原の空地あきちがある。その空地を多少借りることにするのである。そして日曜日は、その空地の仕事に捧げるのである。
夢の図 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
となりと云っても、そのあいだにかなりの空地あきちがあって、そこには古い井戸がみえた。井戸のそばには大きい紫陽花あじさいが咲いていた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
寮の前庭で中食の弁当をすましたかれは、すぐ大河をさそって、落葉松からまつの林をくぐり、湖面のちらちら見える空地あきちに腰をおろした。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
郊外生活の地続き、猫の額ほどな空地あきちに十歩の春をたのしまうとする花いぢりも、かういふてあひつてはなにも滅茶苦茶に荒されてしまふ。
そこは大阪にはちょっとめずらしい樹木のしげった場所であって琴女の墓はその斜面の中腹を平らにしたささやかな空地あきちに建っていた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし別段庭も空地あきちもないので机場おざにおさまって遊んでいるのだが——まず硯箱すずりばこからしておもちゃ箱に転化させて、水入器みずいれにお花をさす。
もう少しゆくと空地あきちがあったから行こうと松次郎が言うので、ついて行って見るとそこには木のも新しい立派な家が立っていたりした。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
橋の上にさしかかると、ちょうどジャン・ヴァルジャンがコゼットの手を引いて月に照らされた空地あきちを通るのが、川の向こう側に見えた。
空地あきちの正面の突当つきあたりは大きい家の塀で、其処そこの入口は料理店のぐ左にあるのである。塀にはつたが心地よくひまつはつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
たゞかけがねがかけてあるきりの門を這入ると、私は圍みの中の空地あきちの眞中に立つてゐた。そこは半圓形に森の樹が伐り拂つてあつた。
敬二は、まるで狐にかされたような気もちになって、掘りあらされた空地あきちの草原をあちこちとキョロキョロとながめわたした。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
犬の寝場所は、もとのところは、家でもたちつまっておいたてられたと見えて、せんとはちがった場末ばすえの、きたない空地あきちにうつっていました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
別天地の小生涯しょうせいがい川辺かわべ風呂ふろ炊事場すいじばを設け、林の蔭に便所をしつらい、麻縄あさなわを張って洗濯物をし、少しの空地あきちには青菜あおなまで出来て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ホールの庭にはきりの木がえ、落葉が地面に散らばつて居た。その板塀いたべいで囲まれた庭の彼方かなた、倉庫の並ぶ空地あきちの前を、黒い人影が通つて行く。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
みると老母は、邸内の空地あきちたがやして菜園とした畑で、きょうも百姓の持つくわって、秋茄子あきなすの根土を掻いているのだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ボートから上つて、雜木林を一丁ほど歩いて、ある空地あきちに出ると、其處に六頭の馬と六人の馬子が私たちを待つてゐた。
湖水めぐり (旧字旧仮名) / 野上豊一郎(著)
平次を庭へつれ出した宇佐美直記は、裏門寄りの塀の上に、惡魔の腕のやうに伸びた、空地あきちの松の枝を指さすのでした。
象は、あわてて麹町一丁目の詰番所わき空地あきちへ引込んで葭簀よしずで囲ってしまい、ご通路の白砂を敷きかえるやら、禊祓みそぎはらいをするやら、てんやわんや。
水戸様の建築の用材の石を、積み重ねておく置き地があったが、空地あきちは凄いほどにも広かった。で全然必要のない、無駄な空地もあるわけである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人ふたりあとから続々ぞく/\聴講生がる。三四郎はやむを得ず無言の儘階子はしご段をりて横手の玄関から、図書館わき空地あきちて、始めて与次郎をかへりみた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
宗吉が女中に、すぐに帰るから座敷はそのままで、と云い残し、かれらは泰二を中にはさんで表通りから横丁へはいり、狭いろじをぬけて空地あきちへ出た。
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家の前には五六十本の低い松の植込みがあって、松のこずえからいて見える原っぱは、二百つぼばかりの空地あきちだ。真中まんなかにはヒマラヤ杉が一本植っている。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
当日には近村からさえ見物が来たほどにぎわった。丁度農場事務所裏の空地あきちに仮小屋が建てられて、つめまで磨き上げられた耕馬が三十頭近く集まった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
道は忽ち静になって人通りは絶え、霜枯れの雑草と枯蘆とにおおわれた空地あきちの中に進入って、更に縦横に分れている。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その主人と一緒に的場をやっているのですが、的場には天井がないので、空地あきちに葡萄がわせてあります。持って来てくれたのはその葡萄なのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ある日、彼は国道の方から路を曲って、自分の家の見えるところを眺めた。くさむら空地あきちのむこうに小さな松並木があって、そこに四五軒の家が並んでいる。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
いも味噌みそ醤油しょうゆを与えると、それらの窮民らは得るに従って雑炊ぞうすいとなし、所々の鎮守ちんじゅやしろ空地あきちなどに屯集とんしゅうして野宿するさまは物すごいとさえ言わるる。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あれは空地あきちのかれ草の中に一本のうずのしゅげが花をつけ風にかすかにゆれているのを見ているからです。
おきなぐさ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
掘るには木にて作りたるすきを用ふ、里言にこすきといふ、すなわち木鋤なり。(中略)掘たる雪は空地あきちの、人にさまたげなき処へ山のごとく積上る、これを里言に掘揚ほりあげといふ。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
掘たる雪は空地あきちの、人にさまたげなきところへ山のごとくつみ上る、これを里言りげん掘揚ほりあげといふ。大家は家夫わかいものつくしてちからたらざれば掘夫ほりてやとひ、いく十人の力をあはせて一時に掘尽ほりつくす。
均平は今いる世界の周囲にも、事変当初から、あの空地あきちで歓送されて行った青年の幾人かを知っていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ちょっとした空地あきちさえあれば、にぎやかな囃子はやしにつれて町内の男女は団扇うちわを持ってぐるぐると踊り廻っていたものだった。これは米騒動よりも優美なものであった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
三十分ののち、中佐は紙巻をくわえながら、やはり同参謀の中村なかむら少佐と、村はずれの空地あきちを歩いていた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある日の午後、井上君は、渋谷しぶや区のはずれのさびしい町をあるいていました。ふと気がつくと、道のわきに、草のはえた空地あきちがあって、そこに人だかりがしているのです。
妖星人R (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小径に沿うては田圃たんぼを埋立てた空地あきちに、新しい貸長屋がまだ空家のままに立並んだところもある。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
地主やかたの端々がチラチラと見えだしたが、やがて百姓小屋のつながりが切れて、その代りに、ところどころ壊れた低い垣根に囲まれた菜園か甘藍キャベツ畠とおぼしき空地あきちへ出ると
旅まわりの軽業師の一座がこの村へ流れて来て、役場のまえの空地あきちに小屋をかけた。
親ごころ (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
九段の長谷川はせがわ写真館の真向まむかいを東へ下りる坂の下り口の北側が今では空地あきちとなってるが、この空地をはずれて二、三軒目にツイ二十年前まであった小さな瀬戸物屋が馬琴の娘の婿の家で
向島むこうじまへ預けて置いたが、預かり主が風のよくない人で、預けた材木が段々減って行くような有様なので、師匠は空地あきちを見附け、右の三枝家から買い取った家の材木で家作を立てました。
わたしからほんの五、六歩はなれた所——青々したエゾいちごしげみに囲まれた空地あきちに、すらりと背の高い少女が、しまの入ったバラ色の服を着て、白いプラトークを頭にかぶって立っていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
此の空地あきちにはふんだんに雑草が茂っている。なんぼ息子の為に建ててやる画室でも、かの女の好みの雑草は取ってしまうまい。人は何故なぜに雑草と庭樹にわきとを区別する権利があったのだろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もう往来で凧を揚げるなと断られたから、乃公達は教会の後手うしろで空地あきちへ行った。暫時しばらくは工合が善かったが、しまいには乃公の凧が木にからまってしまった。いくら引張って見ても取れ様としない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
鶴見が見つけたというその木は板塀に囲まれた狭苦しい空地あきちに、雑木と隣り合って、塀から上へ六尺位は高くなっていた。それが年に一度は必ず坊主にされる。花屋が切りに来るのである。
磯屋の前は、ちょっとした空地あきちになっていた。小松が二、三本はえていた。これから普請ふしんにでも取りかかろうとしているのだろう。まばらな板囲いがまわしてあって、材木などが置いてある。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それは駄目だめだ。大雪の降った時でないといけない。おれたちの方の砂地に雪が降ったら、おれは雪をきわけて空地あきちを少しこしらえて、短い棒でもって大きな竹匾ひらざるを支えて置いてもみくのだ。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
馬鹿野郎ばかやらうめとのゝしりながらふくろをつかんでうら空地あきち投出なげいだせば、かみやぶれてまろ菓子くわしの、たけのあらがきうちこえてどぶなか落込おちこむめり、げん七はむくりときておはつと一こゑおほきくいふになに御用ごようかよ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「うちの玄関口から出て前の空地あきちを少し荒っぽく走ればすぐ落ちるよ」
時に見失ったかと思うと、また空地あきちへ行ってひょっこり顔を出している。その空地には、上等な苜蓿うまごやしい荒すたちのよくない寄生虫、コレラのような菟糸子ねなしかずらが、赤ちゃけた繊維のひげを伸ばしている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)