やり)” の例文
音楽の波が下がって行く時に戦もゆるむように思われた。やりおのをふるう勇士が、皆音楽に拍子を合わせているように思われた。
春寒 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今日地方において多く書を読み、名望をもって一郷一郡を統御している人々は、多くはこの類のやりと馬とを断念した旧家の末である。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼はそんな時、幼少の折犬にまれて、その犬を殺すために、長いやりを提げて飛出して行つた老父の姿を思ひ出したりするのであつた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
シグナルつきの電信柱でんしんばしらが、いつかでたらめの歌をやめて、頭の上のはりがねのやりをぴんと立てながらをパチパチさせていました。
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
下からは、やりをならべた一隊がせまり、そのなかなる、まッ先のひとりは、流星のごとく忍剣の脾腹ひばらをねらって、やりをくりだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に塙団右衛門直之はきん御幣ごへいもの十文字じゅうもんじやりをふりかざし、槍のつかの折れるまで戦ったのち、樫井の町の中に打ち死した。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仙台地方に流行するポンポコやり尖端せんたんに附いているひさごには、元来穀物の種子が貯えられたのである。これが一転して玩具化したのである。
土俗玩具の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
長者丸の村越峰右衞門の用心棒、やりの秋山彌十と、劍の富山七之助は次第に兩雄並び立たざる心持に押上げられて行くのでした。
いなないた朝月は、たづなをふり切って、そのやりを取った兵のかたさきに、電光石火の早さでかぶりつくと、大地にたたきつけた。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
「でも旦那様も旦那様じゃないか。御自分の奥様が離縁されてしまうのもちょっとも知らんてえのは、あんまり七月のおやりじゃないかね」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
弟がしばらく歩いていきますと、むこうからひとりの小人こびとがやってきました。小人は手に一本の黒いやりをもっていましたが、弟にむかって
「いいえ、」上の姉さんは静かに笑って、私にビイルをすすめ、「父にはなんにも出来やしません。おじいさまはやりの、——」
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いつも憤然ふんぜんとしておおいいかり、さながら自分の愛人を侮辱ぶじょくされた時の騎士きしのごとく、するど反撃はんげきやりをふるってき当って行った。
そこで彼は狭窄衣の丈夫な袖を縄にり、鉄棒のさきやりになっているところへ引っかけて、全身の重みでそれにぶら下がった。
かれは、もう、先生のつぎの言葉が、やり穂先ほさきのような鋭さで、自分の胸にせまっているのを感じ、かたく観念の眼をとじていたのだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
もっとも昔と違って今日は開明の時節であるからやり薙刀なぎなたもしくは飛道具のたぐいを用いるような卑怯ひきょうな振舞をしてはなりません。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄がいま赤沢軍の本営にいるということ、釜伏山をせめとる手引をした手柄でやり組の百人頭になり、大将赤沢龍重の参謀格だということなど。
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この時にはもう、熊はうことも出来ないのだ。そこでキーシュは熊のそばへ寄って、ずぶりとやりで突き殺してしまったんだ
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
その当時の能楽は全く長押なげしやり長刀なぎなた以上に無用化してしまって、誰一人として顧みる者がなかったと云っても決して誇張ではないであろう。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
日本の其のわかい人は、今の鸚鵡の一言ひとことを聞くか聞かないに、やりをそばめた手も恥かしい、ばつたりゆかに、俯向うつむけに倒れて潸々さめざめと泣くんです。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
椰子の葉で屋根をふいた、小さい見すぼらしい小舎こやに棲んでいるが、やりや刀や、弓、鉄砲だけは、立派なやつを持っている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
丁度甲州流の戦法のように隙間すきまなくやり穂尖ほさきそろえてジリジリと平押ひらおしに押寄せるというような論鋒ろんぽうは頗る目鮮めざましかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
なぜアキレウスとヘクトルとはやりで突き合ったか? それも皆ヘレネが靴下留めにパリスの手を触れさしたからではないか。
持ばふるへいでやりも同樣手跡しゆせきに於ては惡筆の上なしゆゑとんと其方は不得手ふえてなりと申に長兵衞は若々其樣に御卑下ごひげなされては御相談が出來ぬと云を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「その男らしさは剣ややりで腹をつらぬかれているのに、昂然こうぜんたるはじらいのうちに、歯をくいしばったまま、静かに突立っているものなのだ。」
宝蔵院のやり、柳生流の太刀筋たちすじをことに精出して学んだとはいうが、誰も丹後守と試合をした者もなし、表立って手腕をあらわした機会もないから
そのふもとにやや大なる船まりいる。正面に丹左衛門尉基康たんざえもんのじょうもとやすその左右に数名の家来けらいやりをたてて侍立じりつす。その前に俊寛、康頼、成経ひざまずく。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
たとへばひらたく兩方りようほうからみがしてゐる石斧せきふ、あるひはながやり、あるひは庖丁ほうちようといつたふうに、使用しよう便利べんり種々しゆ/″\かたち出來できたのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
重たげに有史以前の思想で目方のついている犁牛ヤークを見に行ってやりたまえ。麒麟きりん鉄柵てつさくの横木の上から、やりの先につけたような頭をのぞかせている。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
見上げる棒のてっぺんには、キラキラと銀色のものが光っている。やりだ。おもちゃではない本物の槍だ。これで珠子の胸をえぐろうというのだろう。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかも、舞台にきらびやかな大身のやりを擬しながら、槍六法を踏んでいたのは、まぎれもない座頭ざがしら嵐三左衛門でした。
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
受けず払わず横へそれず、猛然とした広太郎、こう手一杯に打ち込んだ。すなわち長短一味の太刀、三尺の剣はこの瞬間、九尺やりと一変する。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それを人間で言へばやりや刀の代りに使つて、のべつ幕なしに喧嘩けんくわをしたり、戦争をしたり、始末におへないので、世界中は治まりがつきませんでした。
悪魔の尾 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
御扶手おんたすけて此世このよすくたまうてより、今年ことしまで一千二百十二年いつせんにひやくじふにねんになるが、このあたしにはおたすけい。しゆ貫通つきとほした血染ちぞめやりがこのさはらないのである。
突きでているがっしりした煖炉の上に、よろいを着て、白い馬のかたわらに立った武士の肖像がかかっており、反対側の壁にはかぶとたてやりが掛けてあった。
そこで、智慧蔵は村の若者十人をつれて、狸山たぬきやまへ探検に出かける事になりました。智慧蔵は長いやりを提げ、若者は各々めいめい刀を一本づゝ腰に差してゐました。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
鬼が来たら一刺しにしてくれようとやりをもって押入れの前にがんばっていたのですが、それにもかかわらず鬼が来て、押入の中の女を食べてしまったのです。
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
このようなときには、梶に突き刺さって来た敵のやりさきも、蹴脱けはずす前に先ず槍を握って相手の顔を見たくなった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あたかも彼七本やりを以て有名なるしづたけ山下余吾湖をるにたり、陶然とうぜんとしては故山の旧盧きうろにあるが如く、こうとして他郷の深山麋熊の林中にあるをわす
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
現存石器時代人民中には、此の如き物にみぢかへて短刀たんとうの如くに用ゐ、或は長き柄を添へてやりとする者有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
友信は穗の長さ二尺六寸餘、青貝の柄の長さ七尺五寸二分ある大身のやりくまの皮の杉なりのさやめたのを持たせ、屈竟くつきやうの若黨十五人を具して舟を守護した。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
熊次郎やりもちて裏より行、などといふ事件の記事もある。これは、宝泉寺住職㝫応りゆうおう和尚が上京して留守中、泥棒が入らうとして日本刀で戸をずたずたに切つた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
今夜にも両人をやり突殺つきころし、其の場で己も腹掻切かきゝって死のうか、そうすれば是が御主人様の顔の見納め、と思えば顔色がんしょくも青くなり、主人の顔を見て涙を流せば
「さあ。とにかく天狗てんぐだよ。黒須先生もよく講釈をする。しかし僕にはかなわない。僕がいつも一番やりだ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
隣の老人の家柄は、今移転して行かうとして居る家族よりは、数等すうとうすぐれた家柄であつた。昔ならばやり以上と以下とでは、殆ど交際が出来ぬほど階級が違つて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ばさ、と目の前の茂みが口をあけたかと思うと、たくましい裸の男が、やりを片手に、とび出して来た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
どの人もみな洋服を着ていましたが、腰に白木綿もめんの上帯を締めて、長い日本刀を携えているのがある。やりを持っているのがある。仕込杖しこみづえをたずさえているのがある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それで、鉄砲てっぽうってきたり、やりなどをってきたりしました。しかし、それまでに、氷山ひょうざんりくほうへはちかづかずに、ふたたびおきほうへとながれていってしまいました。
幽霊船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
主水の率いる三百余人は、倉兼川くらかねがわを越えると直ぐ、橋を焼き落して日光街道を、蘆野原あしのはらの関所を押して通り、二股山ふたまたやまやり薙刀なぎなた鉄砲を棄てて関東へ向って行ってしまった。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
やり丹智タンチさんが女にしては、堂々たる声で、「槍の丹智で御座ございます」とお辞儀じぎをすると、TAをCHIとちがやすいものですから、男達は、どっと笑い出しました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)