たび)” の例文
あるものは、カバーの金板かねいたをバーで動かそうと試みた。この間にも波浪は、船首甲板ほどではないにしても三、四たび、ここを洗った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そのわすがたあぢかされて、ことくが——たび思出おもひだしては、歸途かへりがけに、つい、かされる。——いつもかへとき日暮ひぐれになる。
美「なにわちきのお父さんと心安い人なんで、四五たび私を呼んでくれた人ですが、うちのお母さんと近付に成りたいって来てえるんですよ」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たび書物以外に踏みだして実験をするという事になり、始めてありのままの自然に面するとなると、誠に厄介な事になって来る。
物理学実験の教授について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
国民党の脱会者だつたら、思ひ出すたびに、持前の唐辛からしのやうな皮肉を浴びせ掛けるのだが、相手が刀剣かたなであつてはさうも出来ない。
御岳は五度ばかり行っておりますけれども、行くたびに木がなくなって、終にはすっかり昔の面影が見られなくなってしまいました。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
機械きかいとどろき勞働者ろうどうしや鼻唄はなうた工場こうばまへ通行つうかうするたびに、何時いつも耳にする響と聲だ。けつしておどろくこともなければ、不思議ふしぎとするにもらぬ。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そのたびに私は、この愛情豊かな家を出て行く高次郎氏の満足そうな顔が、多くの囚人たちにも何か必ず伝わり流れていそうに思われた。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それから三日目には四本目、次の二日目には五本目、——そのたびごとに幽里子の注文は熱烈になり、東野南次の筆も脂が乗ってきました。
上松を過れば、一たび遠く離れし木曾川は再び來りて路傍を洗ひ、激湍の水珠すゐしゆを飛ばし、奇岩の水中によこたはれる、更に昨日さくじつに倍せるを覺ゆ。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
そらにあるつきちたりけたりするたびに、それと呼吸こきゅうわせるような、奇蹟きせきでない奇蹟きせきは、まだ袖子そでこにはよくみこめなかった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
他の色を摺出すりいだせしものなるが、このたび各色ごとに板木を異にするに及びて、自由にいかなる多数の色をも摺出す事を得るに至りぬ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「さうなんでさ、うまいもんだからわしも到頭たうとうこめぺうそんさせられちやつて」勘次かんじはそれをいふたびさう容子ようすえるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
船に乗るたびにおもうのだけれど、大連だいれん航路の朝の御飯はつくづくうまいと感心している。船旅では朝のトーストもなかなかうまいものだ。
朝御飯 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
これを聞きて翁の目は急にみをたたえ、父上もさすがにこのたびは許したまいしか、まずまずめでたし、いつごろ立ちたもうや。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と一りんおなじことを、おなじ調子でいうんですもの。私のかどへ来ましたまでに、遠くからちょうど十三たび聞いたのでございます。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この火歌ひつゝベアトリーチェの周邊まはりをめぐること三たび、その歌いと聖なりければ我今心に浮べんとすれどもかひなし 二二—二四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
安政二年の頃から幕府の人が長崎にいって、蘭人に航海術を伝習してその技術もようやく進歩したから、このたび使節がワシントンに行くに付き
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕は小学時代にも「大溝」のそばを通るたびにこの叔父の話を思い出した。叔父は「御維新」以前には新刀無念流の剣客だった。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それで奥さんは手水ちょうずに起きるたびに、廊下から見て、秀麿のいる洋室の窓のすきから、火の光の漏れるのを気にしているのである。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
最近の二週間にもあやつは五たびも私の部屋へ脅迫状を投げ込んだのだが、私はどんな奴が投げ込んだのだか、全く解らんので
私はそのたびに機関助士と佐川二等兵に見せながら、この調子ならじきにもとの成績にもどれるよ、といたわるのを忘れなかった。
たびグレーの講義を聞くものは皆語学の範囲をえてその芸術的妙趣を感得し、露西亜文学の熱心なる信者とならずにはいられなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
代助は其奴そいつからだをごし/\られるたびに、どうしても、埃及人エジプトじんられてゐる様な気がした。いくら思ひ返しても日本人とは思へなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「それなのに、なぜ、このたびのような些事さじに、お心を労し、あまつさえ、その職も御一身も、自ら破り去るような短慮な道をえらばれるか」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その間に一人いちにんの叔母と一人の姪をもあわせてここに葬りたれば、われは実に前後五たび、泣いてこの墓地へひつぎを送り来りしなり。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼れ其実は全く嗅煙草を嫌えるもからの箱をたずさり、喜びにも悲みにも其心の動くたびわが顔色を悟られまじとて煙草をぐにまぎらせるなり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
こうして五たびも駕籠を乗り替えたうえ、目黒から大山道を西へまっすぐにゆき、柿の木坂というところで、掛け茶屋へはいってひと休みした。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其処には二三本のまきがくべてあって、火がへびの舌のように燃え上るたびごとに、お母さんの横顔がほんのりと赤く照って見える。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何度も繰りかえして、そのたびに引っこんだとか、引っこまないとか、彼等の気持は瞬間明るくなったり、暗くなったりした。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それらがひとたび彼の体や心の具合に結びつくと、それはことごとく憂欝な厭世的なものにかはつた。雨は何時まででも降りやまない。
助くるが趣意しゆいなりとて王法わうはふ有りての佛法なれば國の政事せいじに口出しはならず又役人と雖も筋道すぢみちなくして人をがいすべきや其九助と云者假令たとへたび人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
三杯目には、耳をぴく/\動かしてみせました。海賊はそのたび大笑おほわらひをして、すつかり機嫌きげんよくなつて、酔つ払ひました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
久松家の用人をしていた私の長兄が留守番旁々かたがた其所そこに住まうようになって、私は帰省するたびにいつもそこに寐泊りをした。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
珠子は同時に、彼等の背景をしている、打続く深い竹藪を見て取ることが出来た。彼等が動くたびに、竹の葉がガサガサと鳴る音をも耳にした。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さすがに今は貫一が見るたびいかりも弱りて、待つとにはあらねど、その定りて来る文のしげきに、おのづから他の悔い悲める宮在るを忘るるあたはずなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大西洋を一度や二度航海するのとは違って、われわれのようにたびかさなると、航海などは別に珍らしくないことになる。
親につかえて孝、士と交わって信、常に奮って身を顧みずもって国家の急に殉ずるはまことに国士のふうありというべく、今不幸にして事一たび破れたが
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
このたびはシカゴ畜産組合の顧問こもんとして本大祭に御出席を得只今より我々の主張の不備の点を御指摘ごしてき下さる次第であります。一寸ちょっと紹介申しあげます。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その可憐かれんな男が、私達の前の一回の起点へ来るたびに、一度は一度より増して桜の花片はなびらを多く身に着けて来るのでした。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ひとたびそれが理解されはじめると、歌人全体の傾向がひととびにそのあたり近くまで押し移ったことでも判るのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
さて元へ戻るにしても、母の膝にあがって仕掛花火に火のつくたびごとに手をってよろこんだ元の桟敷へは戻れない。
黒死館を真黒な翼で覆うている眼に見えない悪鬼が、三たびファウスト博士を気取って五芒星呪文の一句を送って来た。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それゆゑにこれ異變いへんがあるたびに、奉幣使ほうへいしつかはして祭祀さいしおこなひ、あるひ神田しんでん寄進きしんし、あるひ位階いかい勳等くんとうすゝめて神慮しんりよなだたてまつるのが、朝廷ちようてい慣例かんれいであつた。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
「千寿どの安堵あんどめされい。藤十郎、このたびの狂言の工夫が悉く成り申したわ」と云いながら、声高こわだかに笑って見せた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
城民規則を設け、婚礼のたびごとにこの大将を馳走し、次に自分ら飲宴するとした。時に極めて貧しい者あって、妻を娶るに大将を招待すべき資力なし。
その外天気の好い夜昼を何千たびでも楽んで過ごす事が出来る。健康の喜びの感じが体中からだじゅうの脈々を流れて通る。この色々のものがすべて愉快に感ぜられる。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そのたびに宝丹を出して飲むけれども飲むとかえって余計喉が乾く位、しかし幾分の助けにはなったろうと思います。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ゴム底の靴は歩くたびに高価な絨氈の中に深々と沈み、彼の熟練した眼には夜目にも素晴しい調度品が感じられた。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は三越に行くたびに、なるほど西洋のデパートメント・ストアを翻訳したら、うなるのだなと感心する。恐らくこれ等はうまく翻訳したものであらう。
翻訳製造株式会社 (新字旧仮名) / 戸川秋骨(著)