小倉こくら)” の例文
例のしま襯衣しゃつに、そのかすり単衣ひとえを着て、紺の小倉こくらの帯をぐるぐると巻きつけたが、じんじん端折ばしょりの空脛からずねに、草履ばきで帽はかぶらず。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暑い木陰のない路を歩いてきて、ここで汗になった詰襟つめえり小倉こくらの夏服をぬいで、瓜をった時のうまかったことを清三は覚えている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
二人の視線は、関門海峡をへだてた小倉こくら延命寺えんめいじ燈台の方角にそそがれ、ときどき、顔見あわせて、たのしげに、笑いさんざめく。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
案内もなく入り込んで来たのは、もとどりを高く結び上げて、小倉こくらの袴を穿いたたくましい浪士であります。手には印籠鞘いんろうざやの長い刀をたずさえて
また大田南岳おおたなんがく山高帽やまたかぼうに木綿の五ツ紋、小倉こくらはかまをはきて、胸に赤十字社の徽章きしょうをさげたる。この二人は最上の出来栄できばえなりけり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
色白の女のように色の白い人で、お能役者のような摺足すりあしで歩いて、小倉こくらはかまを引きずり、さほど年もとっていないのに背中を丸くしていた。
いつも地味な木綿縞の着物に茶色の小倉こくらはかま穿いて、坊主頭にチョビ髭を生やした、しかつめらしい顔で黙りこくっている。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この兄というのは軍籍にあったので、日清戦争後は小倉こくらの師団に転任させられた。少女もまた兄の赴任にいて小倉へ行った。
玄関へ掛って名刺を出すと、小倉こくらはかま穿いた若い書生がそれを受取って、「ちょっと」と云ったまま奥へ這入はいって行った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
筑前国ではず大宰府天満宮に参詣さんけいして祈願を籠め、博多はかた、福岡に二日いて、豊前国小倉こくらから舟に乗って九州を離れた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
武家風な前髪立ち、小倉こくらはかまを着けて、短いのを一本紙入止めに差しておりますが、言葉の調子はすっかり町人です。
この蘭医らんいは二か年ほど日本に滞在し、オランダ使節フウテンハイムの一行にしたがって長崎から江戸へ往復したこともある人で、小倉こくら、兵庫、大坂、京都
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小倉こくら在勤中は、田舎の女中ばかりでさぞ食物に困るだろうという母の心配から、註文のままに品物を送るのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
小倉こくらの前垂れを懸けて角帯を締めた、とうてい嘘や偽りなぞは冗談にも言えそうのない分別盛りの人物であった。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
寺田は何か後味が悪く、やがて競馬が小倉こくらに移ると、1の番号をもう一度追いたい気持にかられて九州へった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
小額付こびたいづけに一文字の大髷おおまげ打割ぶっさき羽織に小倉こくらはかま白柄朱鞘しろつかしゅざやの大小をかんぬきのように差しそらせて、鉄扇片手に朴歯ほうば下駄げたを踏み鳴らしてまわるいかつい豪傑が
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
馬関の渡海小倉こくらから下ノ関に船で来る時は怖い事がありました。途中に出た所が少し荒く風がふいなみたって来た。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
入違いれちがつて這入はいつてたのは、小倉こくらはかま胸高むなだか穿締はきしめまして、黒木綿紋付くろもめんもんつき長手ながて羽織はおりちやくし、垢膩染あぶらじみたる鳥打帽子とりうちばうしかぶり、巻烟草まきたばこくはへてながら、書生
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
豊前ぶぜん小倉こくらといえば、すぐ「小倉縞こくらじま」とか「小倉織こくらおり」とかいう言葉が浮ぶほどこの織物は有名でありました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「どうれ!」とどすがかった声がして、すぐ隣の玄関脇の部屋から、小倉こくらはかま穿いた爺さんが出てきた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
甘酒だの五目飯ごもくめしなどひさいでいる腰掛こしかけ茶屋で、そこは門司もじから小倉こくらへの中間ぐらいな大道路の傍らで山というほどでもない小高い丘の登り口にある角店である。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伏見ふしみから京街道きやうかいだう駕籠かごくだつて但馬守たじまのかみが、守口もりぐち駕籠かごをとゞめ、しづかに出迎でむかへの與力等よりきらまへあらはれたのをると眞岡木綿まをかもめん紋付もんつきに小倉こくらはかま穿いてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
古いそして小さすぎて胸の合わぬ小倉こくらの洋服に、腰から下は股引脚絆ももひききゃはんで、素足に草鞋わらじをはいている。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
父は、着物の上から、下のおじさんの汚れた小倉こくらはかまをはいて、私を連れて、山の小学校へ行った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
団員名簿に会社員と記されたH君夫妻は小倉こくらから出て来た、土地では相当の資産家らしい。夫君はまだ若いが代議士の候補にも一、二度は立ったとも誰かの話であった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
図書館の扉口とぐちに近い、目録カタログはこの並んでいる所へ、小倉こくらの袴に黒木綿くろもめん紋附もんつきをひっかけた、背の低い角帽が一人、無精ぶしょうらしく懐手ふところでをしながら、ふらりと外からはいって来た。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
井戸端に出ると汗はダラダラと全身に流れて小倉こくら上服うわぎはさも水に浸したようである。彼はホット溜息ためいきらすと夏の夜風は軽く赤熱せきねつせる彼が顔をめた。彼の足は進まなかった。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
と仰有って新しい飛白かすりの着物にいつもの小倉こくら角帯かくおびを締めてお出かけになりました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
昨日きのうの申しあわせで生徒はことごとく和服で集まることになっていた、白がすりに小倉こくらのはかま、手ぬぐいを左の腰にさげて、ほおばのげたをがらがら引きずるさまがめずらしいので
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
色のややあおい、痩形やさがたの男で、短く苅ったびんのあたりはまだらに白く、鼻の下のひげにも既に薄い霜がおりかかっていた。紺がすりの単衣ひとえもの小倉こくらはかまを着けて、白足袋たびに麻裏の草履ぞうり穿いていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
木之助は従兄いとこの松次郎と組になって村をでかけた。松次郎は太夫さんなので、背中に旭日あさひつるの絵が大きくいてある黒い着物をき、小倉こくらはかまをはき、烏帽子えぼしをかむり、手に鼓を持っていた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
長府小倉こくらあたりの米を買取らせ、二割か三割の手付金を売っておけば、よし不要になったところで米価は必定あがるのだから、俵当り十もんめ二十匁の徳になっても万々損にはならぬであろうこと。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
双子縞ふたこじまの着物に、小倉こくらの細い角帯、色のせた黒の前掛をしめ、頭から濡れていた。雨と涙とでぐしょぐしょになった顔を、ときどき手の甲でこするため、眼のまわりや頬が黒くまだらになっている。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
話頭はなしかはりて爰に松田の若黨わかたう吾助は主人喜内を討果うちはたしてかねての鬱憤うつぷんを散じ衣類一包みと金子二百兩を盜み取やみに紛れて備前國岡山を立去しが豐前國ぶぜんのくに小倉こくらの城下に少しの知音ちいん有ければ此に便りて暫く身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
春いまだ寒き小倉こくらをわれは行く鴎外先生おもひいだして
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
(何だぃ。あったな雨ればぐなるような奴凧ひとつこぱだこさ、食えのもうげなぃの機嫌きげんりやがて。)嘉吉はまたそう云ったけれどもすこしもそれにさからうでもなくただつらそうにしくしく泣いているおみちのよごれた小倉こくらの黒いえりやふるうせなかを
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ちょうどその時、通用門にひったりと附着くッついて、後背うしろむきに立った男が二人居た。一人は、小倉こくらはかまかすり衣服きもの、羽織を着ず。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
気持ちの素足すあしに、小倉こくらはかまをはいた、と五分苅ぶがりの少年書生が横手の襖の影から飛出して来て広い式台にけおりて
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
このとき宗助そうすけならんで嚴肅げんしゆくひかえてゐたをとこのうちで、小倉こくらはかまけた一人いちにんが、矢張やはり無言むごんまゝがつて、へやすみ廊下口らうかぐち眞正面ましやうめん着座ちやくざした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
小倉こくら方面に戦争のあったことまではよくわかってますがね、あれから以後は確かな聞書ききがきも手に入りません。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
観潮楼の二階で、親戚だけの型ばかりの式を挙げて、翌日夫妻は連れ立って任地の小倉こくらへ立たれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
五年間の中学校生活、行田ぎょうだから熊谷くまがやまで三里のみちを朝早く小倉こくら服着て通ったことももう過去になった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
この大の男は、貧窮組とは非常に趣を異にして、その骨格のたくましいところに、小倉こくらの袴に朱鞘しゅざやを横たえた風采が、不得要領の貧窮組に見らるべき人体にんていではありません。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夕凪ゆうなぎの日には、日が暮れてから暑くて内にいにくい。さすがの石田も湯帷子ゆかた着更きかえてぶらぶらと出掛ける。初のうちは小倉こくらの町を知ろうと思って、ぐるぐる廻った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
下ノ関船場屋寿久右衛門せんばやすぐえもんへ宛て鉄屋惣兵衛の名前を書いてちゃんと封をして、明日あす下ノ関に渡てこの手紙を用に立てんと思い、小倉こくらまでたどり付てとまった時はおかしかった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なりも召使ひに相応な手織木綿の一重物に、小倉こくらの帯しかしてゐなかつた。が、き活きした眼鼻立ちや、堅肥りの体つきには、何処か新しい桃や梨を聯想させる美しさがあつた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
法学博士、学士院会員、会計検査院長、勅選議員、子爵という肩書にもかかわらず、着たなりの小倉こくら服は、たてよこにすり切れて、別の布で切り貼りしたのがまた穴があいている。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
着物は何処どこかの小使のお古らしい小倉こくらの上衣に、渋色染の股引ももひきは囚徒のかと思われる。一体に無口らしいが通りがかりの漁師などが声をかけて行くと、オーと重い濁った返事をする。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
何か懐中へ物を入れてると帯が皺くちゃになって、かけ頂垂うなだれて、雪駄穿せったばきと云うとていは良いが、日勤草履にっきんぞうりかねが取れ、鼠の小倉こくらの鼻緒が切れて、雪駄の間から経木きょうぎなどが出るのを
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
講武所こうぶしょふうのまげって、黒木綿もめんの紋付、小倉こくらの馬乗りばかま朱鞘しゅざやの大小の長いのをぶっ込んで、朴歯ほおばの高い下駄をがらつかせた若侍が、大手を振ってはいって来た。彼は鉄扇てっせんを持っていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)