かたち)” の例文
と、声色共にはげしく、迅雷じんらいまさに来らんとして風雲大いに動くの概があった。これを聴いたパピニアーヌスは儼然げんぜんとしてかたちを正した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
遽然にはかに、蓮華寺の住職が説教の座へ上つたので、二人はそれぎり口を噤んで了つた。人々はいづれもすわり直したり、かたちを改めたりした。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
はねたりけりかゝりし程にところ村役人むらやくにん等は二ヶ所にての騷動さうどうを聞傳て追々に馳集り先友次郎等を取圍とりかこみ事の樣子を聞けるに友次郎はかたち
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし、熊城の苦笑は半ば消えてしまい、側のルキーンを魂消たまげたようにみつめていたが、やがて法水の説明を聴き終るとかたちを作って
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
小さな悪魔はしばしばみめよきかたちをしていますからな。おそれながら、お師匠様は唯円殿を信じ過ぎていらっしゃいませんでしょうか。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
案内も無くかかる内証の席に立入りて、彼等のおのおの心得顔なるは、必ず子細あるべしと思ひつつ、彼はすこしく座をゆるぎてかたちを改めたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
また心き事はべりき、その大臣の娘おわしき、いろかたちめでたく世に双人ならぶひとなかりき、鑑真がんじん和尚の、この人千人の男に逢ひ給ふ相おわすとのたまはせしを
かれは、かたちをあらためて、大学の講義をしはじめた。綱吉はその長時間、ついにおもてをあげてひとみをなごめることができなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
短冊や、消息、自ら書写した法華経ほけきやうを見るに、能書である。和歌をも解してゐた。かたちが美しくて心の優しい女であつたらしい。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
客はたちま慚愧ざんきの体にてかたちを改め、貴嬢願わくはこの書を一覧あれとの事に、何心なにごころなくひらき見れば、思いもよらぬ結婚申し込みの書なりけり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
松雪院は、いつになく真顔になった夫の様子に、凜々りゝしい勇士の面目を認めたような気がして、思わずかたちを改めながら云った。
魔鳥のはねのような奇怪なかたちをした雲が飛んでいたが、すぐ雨になって私の住んでいる茗荷谷みょうがだにの谷間を掻き消そうとでもするように降って来た。
変災序記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余を下して居る様に見える、顔にもかたちにも生気はないが眼だけには実に異様な不似合な生気が有る、画の眼とは思われぬ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「厨者ノ作料ハ婦人ノ衣服首飾ナリ。天姿アリ、塗抹ヲ善クスト雖モ、しか敝衣襤褸へいいらんるナラバ西子せいしまた以テかたちヲ為シ難シ……」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怪しい者は小さくなって、いわやの奥へ逃げ込んでしまった。お葉は茫然ぼんやりと立っていた。重太郎も黙ってその顔やかたち見惚みとれていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今といふ今汝の思ひは同じはたらき同じかたちをもてわが思ひの中に入り、我はこの二の物によりてたゞ一のはかりごとを得たり 二八—三〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
二本手挾たばさむ望もないが、幸ひ娘のお玉は氣象者、顏かたちも親の口からは申し憎いが先づ十人並に勝れて生れついて居る。
その午後、堀尾君はかたちを改めて、日本橋の○○紡績株式会社へ出頭した。専務取締への添書には霊験れいげんあらたかなものがあって、直ぐに応接室へ通された。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しをれし今までの容姿すがた忽ち變り、きつかたちを改め、言葉さへ雄々をゝしく、『冷泉樣には、何の要事あれば夜半よはには來給ひし』
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
午のころ僧は莱菔あほね麪包パン、葡萄酒を取り來りて我に飮啖いんたんせしめ、さてかたちを正していふやう。便びんなき童よ。母だに世にあらば、このわかれはあるまじきを。
わが事を賞むるも愚かしけれど、われ生得みめかたち此上こよなく美はしかりしとなり。されども乳母の粗忽とか聞きぬ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「それにしてもよく集めた、これほどとは思わなかったよ」こう云ってから吉之助はかたちを改めた、「済まない、これを類別に書いて出して呉れないか」
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あるいは阿多福おたふくが思をこらしてかたちよそおうたるに、有心うしんの鏡はそのよそおいを写さずして、もとの醜容を反射することあらば、阿多福もまた不平ならざるをえず。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あなくほど眺めておれる大原は平生へいぜいの書生風に引かえてにわかかたちを正し慇懃丁重いんぎんていちょうに両手を突いて初対面の口儀こうぎを述べ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
が、しかし、この拍手が一しきりやむと、上村少佐は再び銃を取上げ、かたちをあらためて、一同に向かつていつた。
風変りな決闘 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
姿もかたちも、世にまたかほどまでに打解けた、ものを隠さぬ人を信じた、美しい、しかもわだかまりのない言葉はあるまい。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして言語には尾張の国なまりがなく純然たる江戸弁であったそうである。三島中洲のつくった碑文には「君ハ龐眉ほうび隆準りゅうじゅん孱然せんぜんタル虚弱、かたちハ常人ヲエズ。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「けどもネ、梅子さん、」と銀子はかたちあらためつ「貴嬢あなたまでも独身主義をとほさうと云ふ御決心なの」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かの童児わらはかたち秀麗みやびやかなるをふかくでさせたまうて、四〇年来としごろの事どももいつとなく怠りがちに見え給ふ。
麦田の上を春の風がそよそよと吹いて、おだやかなかたちの榛名山が、遠く大霞を着て北の空に聳えていた。
探巣遅日 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
この光景で、どうすることも出來ない感動に、私は指がふるへるので縫物をやめてゐるのに、彼女のもの思はしげな顏のかたちは、いつもの表情を少しも變へなかつた。
舜瞽瞍を見てそのかたちいためるあり、孔子曰く、この時に於てや、天下あやうかりしかな、岌岌乎たりきと。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
韋駄天ゐだてんちからでもりませいでは。‥‥どんなお早駕籠はやでも四日よつかはかゝりませうで。‥‥』と、玄竹げんちくはもうおもてをあげることが出來できなかつた。但馬守たじまのかみきつかたちたゞして
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
己を確かに実子と認めたからの事に相違ないに、飽までも打明けて名告らぬ了簡が恨めしいと、むか/\と腹が立ちましたから、金の包を向うへ反飛はねとばしてかたちを改め
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その眼縁まぶちが見る見るうるみ出した……が忽ちはッと気を取直おして、儼然きッかたちを改めて、震声ふるえごえ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いかしくも正しきかたちたとふるに物なき姿、いにしへもかくや神さび、神ながら今に古りけむ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
こう云って阿闍梨はかたちをあらためると、水晶の念珠を振って、苦々にがにがしげに叱りつけた。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かたち其の正を得ざるの次に現はるゝかたちは、血其の行く事を周くせぬのである。血の運行といふものは、氣と相附隨して居るものである。血は氣を率ゐもすれば、血は氣に隨ひもする。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
亡きいもうと——浪子の実母——の臨終、浪子が父中将の傷心、など胸のうちにあらわれ来たり乱れ去りて、情けなく腹立たしき涙のわれ知らず催し来たれる夫人はきっとかたちをあらため
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
花がひらくのと同じで、万象の色が真の瞬間に改まる、槍と穂高と、兀々ごつごつした巉岩ざんがんが、先ず浄い天火に洗われてかたちを改めた、自分の踏んでいる脚の下の石楠花しゃくなげ偃松はいまつや、白樺のおさないのが
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それ故に本当の僧侶は黄色の袈裟けさを着けなければならぬ。まずその心を正しゅうせんとする者はそのかたちを正しゅうせよであるから、僧侶たる者はまず黄色三衣こうしょくさんいを着けるが第一着である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
舟は矢よりも早くゆき過ぎようとした。若い婦人も舟の窓の中から金の方を見た。そのかおかたちもますます庚娘に似ているので驚きあやしんだ。そこで名をいって呼ばずにいそがしそうに
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
そんな変ちきなかたちも流行といえば滑稽こっけいには見えず、かえって時流に投じたものか連日連夜の客止めの盛況であった。が、勇みたった玉之助のお園の初目見得はつめみえは、思いがけぬねたみを買った。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
四五年前までの女は感情をあらわすのにきわめて単純で、怒ったかたちとか笑った容とか、三種、四種位しかその感情を表わすことが出来なかったが、今では情を巧に顔に表わす女が多くなった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と、金博士はにわかにかたちを改めて、その風変りな書面を押しいただいたことだった。
昨日きのう御身に聞きたきことありといひしが、余の事ならず」ト、いひさしてかたちをあらため、「それがし幾歳いくとせ劫量こうろうて、やや神通を得てしかば、おのずから獣の相を見ることを覚えて、とおひとつあやまりなし。 ...
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
それは女遍路が君子の母に生き写しで、お高祖頭巾の間からのぞいている目なぞ、まるで、君子の母の目をそこに移しかえたようで、その姿かたちなぞ瓜二つと言ってもおよばぬほどよく似ていた。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
そして、さっきとちがい頭髪かみかたちもととのえ薄く化粧をしているのでずっと引き立って見えた。こうしてみると、たしかにい女である。この女に自分が全力をげてれているのは無理はない。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
月の光りは、靜かにたゆたひ落ちて、對うの山々のかたちを消した。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
雪之丞は、かたちをあらためた。もはや、彼の目に涙は無かった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)