墨染すみぞめ)” の例文
墨染すみぞめの衣を着た坊さんが、網代笠あじろがさを片手に杖ついて、富士に向って休息しているとすれば、問わずして富士見西行さいぎょうなることを知る。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
時に後ろの方に當り生者必滅しやうじやひつめつ會者定離ゑしやじやうり嗚呼あゝ皆是前世ぜんせ因縁いんえん果報くわはう南無阿彌陀佛と唱ふる聲に安五郎は振返ふりかへり見れば墨染すみぞめの衣に木綿もめん頭巾づきん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なんとなく里恋しく、魯智深は墨染すみぞめの衣に紺の腰帯ようたいをむすび、僧鞋くつを新たにして、ぶらと文殊院もんじゅいんから麓道ふもとのほうへ降りていった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕立雲ゆふだちぐも立籠たちこめたのでもなさゝうで、山嶽さんがくおもむきは墨染すみぞめ法衣ころもかさねて、かたむらさき袈裟けさした、大聖僧だいせいそうたいがないでもない。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やがては墨染すみぞめにかへぬべきそでの色、発心ほつしんは腹からか、坊は親ゆづりの勉強ものあり、性来せいらいをとなしきを友達いぶせく思ひて、さまざまの悪戯いたづらをしかけ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして、その墨染すみぞめの袖に沁みているこうにおいに、遠い昔のうつを再び想い起しながら、まるで甘えているように、母のたもとで涙をあまたゝび押しぬぐった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かれの片眼をつつんでいる繃帯ほうたいなどは、なんの眼障りにもならなかった。そのときの墨染すみぞめは今の幸四郎であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
然し墨染すみぞめの夕に咲いて、あまの様に冷たく澄んだ色の黄、そのも幽に冷たくて、夏の夕にふさわしい。花弁はなびらの一つずつほぐれてぱっと開く音も聴くに面白い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
丁度墨染すみぞめの麻の衣の禅匠が役者のようなの衣の坊さんを大喝だいかつして三十棒をくらわすようなものである。
胸に燃ゆる情のほのほは、他を燒かざれば其身をかん、まゝならぬ戀路こひぢに世をかこちて、秋ならぬ風に散りゆく露の命葉いのちば、或は墨染すみぞめころも有漏うろの身をつゝむ、さては淵川ふちかはに身を棄つる
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
しょう一旦いったんは悲痛の余り墨染すみぞめころもをも着けんかと思いしかど、福田実家の冷酷なる、亡夫の存生中より、既にその意の得ざる処置多く、病中の費用を調ととのうるを名として、別家べっけの際
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
根がきもッ玉のふてえ奴でげすから、追々その道の水に染まるにつれまして度胸がすわり、仲間うちでは相応に顔が売れてまいる、坂本の勘太てえば、あの墨染すみぞめ勘太かと申すぐらいで。
水鉄のおじさんはと見れば、墨染すみぞめの衣を着て浅黄縮緬あさぎちりめん頭巾ずきんかむり、片手に花桶片手に念珠ねんじゅ、すっかり苅萱道心かるかやどうしんになり澄ましていたが、私を見ると、「や、石童丸が来た、来た。」と云った。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
四十ばかりのをとこでした、あたまには浅黄あさぎのヅキンをかぶり、には墨染すみぞめのキモノをつけ、あしもカウカケにつヽんでゐました、そのは、とほくにあをうみをおもはせるやうにかヾやいてゐました。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
我事わがことすでにおわれりとし主家の結末と共に進退しんたいを決し、たとい身に墨染すみぞめころもまとわざるも心は全く浮世うきよ栄辱えいじょくほかにして片山里かたやまざと引籠ひきこもり静に余生よせいを送るの決断けつだんに出でたらば、世間においても真実
「色のめた墨染すみぞめの木綿を来て居る人間は土手に一人しか居ない筈だ」
それは、二十年の春を、つい此の間迎えたばかりの呉子さんが、早や墨染すみぞめの未亡人という形式にほうむられて、来る日来る夜を、寂滅じゃくめつ長恨ちょうこんとに、止め度もないなみだしぼらねばならなかったことだった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
男のことであるから割合に若々しく、墨染すみぞめ法衣ころも金襴きんらん袈裟けさを掛け、外陣の講座の上に顕はれたところは、佐久小県辺さくちひさがたあたりに多い世間的な僧侶に比べると、はるかに高尚な宗教生活を送つて来た人らしい。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「そうしてあなたの墨染すみぞめでね」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
肩に赤十字ある墨染すみぞめの小羊よ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
やがては墨染すみぞめにかへぬべきそでいろ發心はつしんはらからか、ぼうおやゆづりの勉強べんきようものあり、性來せいらいをとなしきを友達ともだちいぶせくおもひて、さま/″\の惡戯いたづらをしかけ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と云って、墨染すみぞめの袖を、ゆったりと合わせた。——さて聞けば、堂裏のそのくずれ塀の穴から、前日、穂坂が、くらがり坂を抜けたのを見たのだという。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お世話になりました。お情けで子たちもこのように、元気づいて参りました。墨染すみぞめと尋ねて行けば、これから訪う家も、何とか知れましょう。……お暇を」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菊五郎の墨染すみぞめ、染五郎の宗貞で、この浄瑠璃じょうるり一幕が素晴らしい人気を呼んだのであるが、団十郎の関兵衛に対して菊之助の小町は殆んど遜色そんしょくのない出来であるというので
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
晩桜おそざくらと云っても、普賢ふげん豊麗ほうれいでなく、墨染すみぞめ欝金うこんの奇をてらうでもなく、若々わかわかしく清々すがすがしい美しい一重ひとえの桜である。次郎さんのたましいが花に咲いたら、取りも直さず此花が其れなのであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「色のめた墨染すみぞめの木綿を着て居る人間は土手に一人しか居ない筈だ」
打越うちこえて柴屋寺へといそぎける(柴屋寺と言は柴屋宗長が庵室あんしつにして今なほありと)既に其夜も子刻こゝのつ拍子木ひやうしぎ諸倶もろとも家々の軒行燈のきあんどんも早引てくるわの中も寂寞ひつそり往來ゆきゝの人もまれなれば時刻じこくも丁度吉野屋よしのや裏口うらぐちぬけ傾城けいせい白妙名に裏表うらうへ墨染すみぞめの衣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
肩に赤十字ある墨染すみぞめの小羊よ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
もっとも、御堂みどうのうしろから、左右の廻廊かいろうへ、山の幕を引廻ひきまわして、雑木ぞうきの枝も墨染すみぞめに、其処そこともかず松風まつかぜの声。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
有髪うはつのころは、京鎌倉にも少ない美人と、人のよう申せしを、幼心おさなごころにも覚えておる。墨染すみぞめすがたは、その麗人をどう変えたやら、見るも一興か。ま、通してみい」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三十年二月興行の「せき」のごとき、染五郎の宗貞は最も若輩なるが故にやや見劣りがしたが、団十郎の黒主、菊五郎の墨染すみぞめ——それらを単にうまかったとか面白かったとか言っても
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
墨染すみぞめあさ法衣ころもれ/\ななりで、鬱金うこんねずみよごれた布に——すぐ、分つたが、——三味線しゃみせんを一ちょう盲目めくら琵琶背負びわじょい背負しょつて居る、漂泊さすら門附かどづけたぐいであらう。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「おや、女郎衆の頭数が一人足らないじゃないか。いないのは一体誰だえ。——几帳きちょうさんか、墨染すみぞめさんか。ああそこに、二人ともいるね。おかしいねえ、誰だろう?」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ささの才蔵はうしろへ身をはね、白いやり穂先ほさき墨染すみぞめそでをぬって、慈音のきき手をくるわせた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いかな日にも、はあ、真夏の炎天にも、この森で一度雨の降らぬ事はねえのでの。」清水のしずくかつ迫り、藍縞あいじまあわせそでも、森林の陰に墨染すみぞめして、えりはおのずから寒かった。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
墨染すみぞめの伯父さまでございましたか。わたくしはまた、六波羅の手先か、この辺の野武士でも来て、やにわに和子さまをり上げたかと、気もえてしもうたのでございました」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
卓子台ちゃぶだいの上は冬の花野で、欄間越らんまごしの小春日も、ほがらかに青く明るい。——客僧の墨染すみぞめよ。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今では、墨染すみぞめの里に、かなりな家構えして、何不自由なく伯母も暮していると聞いていたので、頭殿からうけたご恩に対しても——と、ただ一つの身の寄る辺と頼って来たのであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向うを、墨染すみぞめで一人若僧にゃくそうの姿が、さびしく、しかも何となくとうとく、正に、まさしく彼処かしこにおわする……天女の御前おんまえへ、われらを導く、つつましく、謙譲なる、一個のお取次のように見えた。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
墨染すみぞめ法衣ころもねて、諸肌もろはだぬげば、ぱッと酒気にくれないを染めた智深が七尺のりゅうりゅうたる筋肉の背には、渭水いすい刺青師ほりものしが百日かけて彫ったという百花鳥のいれずみが、春らんまんを
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と出家は法衣ころもでずいと立って、ひさしから指を出して、御堂みどうの山を左のかたへぐいと指した。立ち方の唐突だしぬけなのと、急なのと、目前めさきふさいだ墨染すみぞめに、一天いってんするすみを流すかと、そでは障子を包んだのである。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
の裏に、色の青白い、せた墨染すみぞめの若い出家が一人いたのである。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)