つつみ)” の例文
みかんばたけの上に出ると、大池のつつみがみえました。そこに二十人くらいのてきが、手に手にかまを持っていました。草をかっていたのです。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
私は四谷見附よつやみつけを出てから迂曲うきょくした外濠のつつみの、丁度その曲角まがりかどになっている本村町ほんむらちょうの坂上に立って、次第に地勢の低くなり行くにつれ
いやいやここで腕立てなどしたら、師匠の迷惑は言うまでもなく、殊更、自分は、大望ある身体からだ、千丈のつつみありの一穴。辛抱だ——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
或いはまた山の麓の池川のつつみに、子供のかと思う小さな足痕あしあとの、無数に残っているのをみて、川童が山へ入ったという地方もある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夏は翡翠ひすい屏風びょうぶ光琳こうりんの筆で描いた様に、青萱あおかやまじりに萱草かんぞうあかい花が咲く。萱、葭の穂が薄紫に出ると、秋は此小川のつつみに立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
春の遅い甲州路も三月という日足は争われず、つつみには虎杖いたどりたくましく芽をぬき、農家の裏畑、丘つづきには桃の朱と麦の青が眼に鮮やかだ。
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
獣類のえるように、うなるような余韻を引いて、そして機関車はもくもくと黒煙をあげながら麦畑の中をつつみの上を突進して来た。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
私は手を振って、いて来ちゃいけないと合図すると、彼は笑って素直に再び酒を呑み出した。私はつつみつたって川上の方へ歩いて行った。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
江を下る百帆の兵船、陸を行く千車万騎、すでに江南を呑むの概を示して、大揚子江の流れに出で、呉都秣陵まつりょうの西方、濡須のつつみへ迫った。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さて広太郎ある夜のこと、悪友どもと例によって、一杯飲んで夜をふかし、別れて家へ帰る途次、さしかかったのが隅田のつつみ
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二疊敷より五十疊敷位の大さにてふかきは人の丈位たけぐらひなるが、周壁の上端は地面よりも高くがりてつつみの形を成し居るもの故
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
電車通りも無難に越して、彼等はいつか隅田川のつつみへ出ていた。そのほかに逃げ道はなかったのだ。夫人は息切れがしてしばしば倒れ相になった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その他はめいめい猟銃りょうじゅうをさげて、つつみのかげをつとうて河口へおり、浜辺の岩のあいだを腹ばいになってすすんだ。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
秋のはじめに洪水こうずいが出ましても、前から川のつつみが高く築かれていましたので、少しも田畑を荒しませんでした。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
湖心寺こしんじと云う寺がつつみに沿うて湖の中にあった。古い大きな寺で眺望が好いので遊覧する者が多かった。喬生もそこでひと休みするつもりで寺の中へ往った。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
吾妻橋あづまばしから木母寺もっぽじまで、長いつつみに、春ならば花見の客が雑踏ざっとうし、梅屋敷うめやしきの梅、夏は、酒をつんでの船遊び——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かれは、せま路次ろじをはいって、つつみについてゆくと、ところどころにガードがあるのでした。かれはどこへいったら、自分じぶん希望きぼういだされるのかとかんがえました。
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ほんの少し、つつみの上が明るんでいるなかで、茄子色なすいろの水の風だけは冷たかった。千穂子ちほこかまの下をきつけて、おそ与平よへいむかえかたがた、河辺まで行ってみた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
三発の短銃ピストルの音に、つつみをきられたように、向うの方に、銃声が起った。バラバラと、弾丸が飛んでくる!
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その町というのは、大きな菩提樹ぼだいじゅかえでの木のしげった下を流れる、緑のつつみの小川の岸にありました。
この時自分は、浜のつつみの両側に背丈よりも高い枯薄かれすすき透間すきまもなく生え続いた中を行く。浪がひたひたと石崖いしがけに当る。ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
人柱ひとばしらと成って、きながら壁に塗られ、つつみを築くのにうずめられ、五穀のみのりのための犠牲いけにえとして、まないたに載せられた、わたしたち、いろいろなお友だちは、高い山、おおきな池
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
物凄ものすごいほど水が増して轟々ごうごうと濁水がみなぎり流れておるそのつつみに沢山の家もあることか、小さい藁葺わらぶきの小家が唯二軒あるばかりだというので、その川の壮大な力強い感じと
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼は松明たいまつの炭を踏みながら、霧を浮かべたそのの中で、つつみのように積み上げられた鹿の死骸の中を通っていった。彼の眠りの足らぬ足は、鹿の堤から流れ出ている血の上ですべった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これは毎朝川魚をいちへ売りに出ます老爺おやじで、その日もまだうす暗いのに猿沢の池へかかりますと、あの采女柳うねめやなぎ枝垂しだれたあたり、建札のあるつつみの下に漫々と湛えた夜明け前の水が
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
灘村なだむらに舟を渡さんとふなばたに腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背低きはじつつみの上にちて浜風に吹かれ、くれないの葉ごとに光を放つ。野末はるかに百舌鳥もずのあわただしく鳴くが聞こゆ。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
分流は時に細い早瀬となり、蘆荻ろてきに添い、また長い長い木津きづつつみの並木について走る。堤には風になびく枝垂柳しだれやなぎも見える。純朴な古風の純日本の駅亭もある。そうして昔作むかしづくりの農家。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
余幼童時春色清和の日にはかならず友どちとこの堤上にのぼりて遊び候、水には上下の船あり、つつみには往来の客あり、その中には田舎娘の浪花に奉公してかしこく浪花の時勢粧はやりすがたなら
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
仙台市の町はずれにあるつつみの窯は力のあるものを焼きます。ここも東北によく見られる海鼠釉なまこぐすりが主でかめや皿や様々なものを作ります。形にも色にも強い所があり立派な感じを受けます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
人夫にんぷたちが運河のつつみをなおしたり、大きな水門すいもんにタールをったりしていました。
発戸ほっとの右に下村君しもむらぎみつつみ名村なむらなどという小字こあざがあった、藁葺屋根わらぶきやねあしたの星のように散らばっているが、ここでは利根川は少し北にかたよって流れているので、土手に行くまでにかなりある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
長いつつみを引返して、二人は元の浅草へ出ると、老人は辞退する道連れを誘って、やっこうなぎの二階へあがった。蒲焼で夕飯を食ってここを出ると、広小路の春の灯は薄いもやのなかに沈んでいた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
数年前すねんぜん、さる家を訪ねて、昼飯ちゅうはんの馳走にあずかって、やがてその家を辞して、ぶらぶら向島むこうじま寺島村てらじまむらつつみにかかったのが、四時頃のことだ、秋の頃で戸外おもて中々なかなかあかるい、私が昼の膳に出してくれた
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
つつみさくらわずか二三しゅほど眼界に入っていた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
つつみに沿って点々とニッパ小屋が見える。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
○春風やつつみ長うして家遠し
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
見しはつつみ花芒はなすゝき
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
一立斎広重いちりゅうさいひろしげの『東都名勝』のうち赤羽根の図を見ると柳の生茂おいしげった淋しい赤羽根川あかばねがわつつみに沿うて大名屋敷の長屋が遠く立続たちつづいている。
伊勢はいくさといううわさだが、京都の空はのどかなものだ。公卿くげ屋敷の築地ついじには、白梅しらうめがたかく、加茂川かもがわつつみには、若草がもえている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かわつつみたとき、紋次郎君もんじろうくん猫柳ねこやなぎえだってかねにささげた。ささげたといっても、かねのそばにおいただけである。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
まして隅田のつつみあたりは、動くものといえば風に吹かれる、葉の散りつくした桜の木々の、細い梢か枝ばかりで
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
兎に角此気まぐれな小川でも、これあるが為に少しは田も出来る。つつみかやよしは青々としげって、殊更ことさらたけも高い。これあるが為に、夏はほたる根拠地こんきょちともなる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その部分は樹木が少しまばらになって、古い煉瓦塀の一部が、黒いつつみかなんかのように見えすいていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
治右衛門は手を挙げて一同に止れと合図をした、そして鉄砲足軽たちを用水堀のつつみへ一列に並べた。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぼくはつつみにあがって地上に立ったが、そのとき、いぬのほえる声をきいたので、それをたよりにここへきた。諸君はつかれはてているぼくに、喜んで戸をひらいてくれた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
幸三こうぞうは、つつみについてみなみへゆきますと、両側りょうがわに、倉庫そうこばかりのならんだところへました。
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
道家は隠れ家に帰らずにそのまま川のつつみ竹藪たけやぶの中へ往って、ほこらの前での明けるのを待った。ひげの白いよぼよぼした老人がどこから来るともなしに来て道家の前に立った。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つつみの外などの人にわぬところを縫うている故に、移動の跡が明らかでないのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
つつみへ登り、長い吊橋つりばしを渡り、見晴亭と、看板の出た、安房旅館といふのに案内された。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
崖下の道の、崖と反対の方は、雑草ざっそうのはえしげった低いつつみが下の方へおちこんでいて、その向うに、まっ黒にこげた枕木まくらぎ利用のかきがある。その中にはレールがあって、汽車が走っている。
透明猫 (新字新仮名) / 海野十三(著)