もと)” の例文
もとよりまとまった話の筋を読ませる普通の小説ではないから、どこで切って一冊としても興味の上においしたる影響のあろうはずがない。
しかしもとよりこの区別は絶対的でないのであるから、自己の運動であっても少しく複雑なる者は予期的表象に直に従うことはできぬ
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
彼が死に到るまで、その父母に対してはもとより、その兄妹に対して、きくすべき友愛の深情をたたえたるは、ひとりその天稟てんぴんのみにあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
反省は知れりということを知らず、弁解することはもとより説明するということを知らない、絶対に無智にして貧しき心の智恵である。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
其趣は西洋の文典書中に実名詞の種類を分けて男性女性中性の名あるが如く、往古不文時代の遺習にしてもとより深き意味あるに非ず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
士官は座の隅なる石像に戴かせたりし、美しき月桂冠を取り來りて、笑みつゝ我頭の上に安んじたり。こはもとより戲謔に過ぎざりき。
もとより芸術は天来の感興を唯一の資本とすべきであろう。けれども何事をも究め尽そうとする事は、此の感興を強める所以ではないか。
第四階級の文学 (新字新仮名) / 中野秀人(著)
御経おんきょうもんは手写しても、もとより意趣は、よくわからなかった。だが、処々には、かつがつ気持ちの汲みとれる所があったのであろう。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
この樹の材は堅いには堅いが存外脆く粘力に乏しく、決して強靱では無いから、ソノ細かいカナメを作るにはもとより不適当である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
が、もとより敵地であるから、到る処で追詰おいつ追巻おいまくられた結果、山の奥深く逃げこもってしまった。その子孫が相伝えて今日こんにちに至ったのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おそのさんの談話の如きは、もとより年月日をつまびらかにすべきものに乏しい。わたくしは奈何いかにして編年の記述をなすべきかを知らない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
龐涓はうけんくこと三日みつかおほひよろこんでいはく、『われもとよりせいぐんけふなるをる。りて三日みつか士卒しそつぐるものなかばにぎたり』
らに兵庫ひょうご和田岬わだみさきに新砲台の建築けんちくを命じたるその命を受けて築造ちくぞうに従事せしはすなわち勝氏かつしにして、その目的もくてきもとより攘夷じょういに外ならず。
きじき竜戦ふ、みづからおもへらく杜撰なりと。則ち之を摘読てきどくする者は、もとよりまさに信と謂はざるべきなり。あに醜脣平鼻しうしんへいびむくいを求むべけんや。
しかして楡木川ゆぼくせん客死かくし高煦こうこう焦死しょうし、数たると数たらざるとは、道衍袁珙えんこうはいもとより知らざるところにして、たゞ天これを知ることあらん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
卯平うへいもとより親方おやかたからうち容子ようすやおつぎの成人せいじんしたことや、隣近所となりきんじよのこともちくかされた。卯平うへいくぼんだ茶色ちやいろあたゝかなひかりたたへた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
もとよりおのれの至らん罪ではありますけれど、そもそも親の附いてをらんかつたのが非常な不仕合ふしあはせで、そんな薄命な者もかうして在るのですから
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もとより確かな根拠のあるわけではないが、その服装や所持品などからどうも大佐の人相書と符合する点があるというのである。
一、俳句の妙味はついに解釈すべからざるを以て各人の自悟じごを待つよりほかなしといへども、字句の解釈に至りてはもとより容易に説明し得べし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
だからその点に於て社会主義者の主張は裏切られている。無政府主義に至ってはもとより始めから個性生活の絶対自由をその標幟ひょうしとしている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
冬の日の暮れやすいことももとよりではあるが、麦蒔頃の野良のらの寒さが、何となく夕日の名残を惜しませるのではないかと思う。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
とも二人ふたりでブラリといへた。もとより何處どこかうといふ、あてもないのだが、はなしにもきがたので、所在なさに散歩さんぽ出掛でかけたのであツた。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
しかし著者はこのような光景はもとより盲者にとっては何らの体験にも相応しないバーバリズムに過ぎないという事を論じ、それから推論して
鸚鵡のイズム (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
天台はもとよりのこと他宗の総てにわたって一代の宗となる程の学力を有していた。禅の宗旨を論じた自筆の書物も存していたということである。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
『おゝ、』と飛附とびつくやうな返事へんじかほしたが、もとよりたれやうはずい。まくらばかりさびしくちやんとあり、木賃きちんいのがほうらかなしい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そうしてその第一句の独立した発句にももとより季があり、その発句が俳句と名を変えた今日なお季というものを生命とする運命となっておる。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もとより一切の仏教はいかなる者にも存在して居るに相違ないけれども、昔善財童子ぜんさいどうじが五十三人の善知識ぜんちしきを天下に尋ね廻ったということがある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
花車ははるかに此の様子を聞いて、惣次郎とはもとより馴染なり兄弟分の契約かためを致した花車でございますから心配しておりまする。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もとよりこの人々でも、日常に安閑あんかんと平和な欠伸あくびを催すような日は無かったのである。毎日が、毎夜が——緊張しきった警固の中の生活だった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然レドモソノ考証研覈けんかく如何いかんニ至ツテハ彼ノもっとも詳確ニシテ我ノ甚シク杜撰ずさんナルヤもとヨリ日ヲ同ジクシテ語ルベキニラズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
科学等はもとより人類的なものですから、特に世界的協同を主張しなくても、今日よりも一層人類生活の共通な幸福の動力となることは明白です。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ああ如何いかんして可ならん、仮令たとい女子たりといえども、もとより日本人民なり、この国辱を雪がずんばあるべからずと、ひと愁然しゅうぜん、苦悶に沈みたりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
年の頃は三十二、三、若くて、美男で、雑貨の輸出入業を相当にやって居る人物ですから、もとより此の人が気違いなどであるべき筈はありません。
彼のアウストラリヤのクヰンスランド土人の如きはじつに食人人種の好標本こうへうほんなり。人肉はもとより常食とすべき物にはあらず。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
問われたりもとより我身には罪と云う程の罪ありと思わねば在りの儘を打明けしに斯くは母と共に引致いんちせられたる次第なり
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
これもとより一朝一夕のく尽す所にあらず、まさに日を積み月をかさねてまさに始て自ら尽して余りなきことを得べし。
無蓋車を降りて、車掌に暇乞いとまごひして、きよろ/\と見廻して、それから向ふの酒瓶さかびんの絵看板の出てゐる見世みせの方へ行つた。もとより酒を飲みにぢやない。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
もとより私を中心としての学生会であるから、私は生みの親であるが、晩香は育ての親であった。学生の晩香を追慕する情は誠に涙ぐましいものがある。
夏姫にはもとより、巫臣の意はとっくに通じられている。出発に臨んで「夫の尸が得られなければ、二度と戻りませぬ」
妖氛録 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私は、ハッとなって、振返って、四辺あたりを見廻した。けれども幸い誰れもいなかった。もとより誰れもいよう筈はない。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
しかし此の際咄嗟とっさに起った此の不安の感情を解釈する余裕はもとよりない。予の手足と予の体躯たいくは、訳の解らぬ意志に支配されて、格子戸の内に這入った。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「ハイ、今朝までに済みました。で貴公あなた方は?」これは上辺うわべの挨拶に過ぎぬのである。かような会話はもとより彼の好むところではない、むしろいとう方である。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
謹みて按ずるに、神州は太陽のづる所、元気の始まる所にして、天つ日嗣ひつぎ、世々、宸極しんきよくを御し、終古かはらず。もとよりに大地の元首にして、万国の綱紀なり。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
ボオル大河だいがの上で初めて飛んで居る燕を見た。に湖が見えてその廻りを囲んだ村などがの様である。露西亜ロシア字で書いた駅の名はもとより私に読まれない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
だが、かかる比較判断は、ビルマに対して妥当でないことはもとより日本に対しても妥当でない、否不穏当であり不謹慎であるという反省が私の心を刺すのである。
仏像とパゴダ (新字新仮名) / 高見順(著)
召喚に際して適当の保護を与えるのは、もとより当然のことであるから、その請求はこれを斥ける訳には行かない。さりとて、その請求の実行は非常な手数である。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
もとより師などは余り語学がいけないので、相手役は平井氏が主として勤めたが、言葉の上よりも、人格の上で一段の威圧を感ぜしめたのは、宗演師であったらしい。
釈宗演師を語る (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
その物に感染かぶれて、眼色めいろを変えて、狂い騒ぐ時を見れば、如何いかにも熱心そうに見えるものの、もとより一時の浮想ゆえ、まだ真味をあじわわぬうちに、早くも熱が冷めて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
堀川の大殿様おほとのさまのやうな方は、これまではもとより、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼のと異つた芸術を要求することはもとより許されよう。彼のにまさつて完全なる(或は完全に近い)芸術といふものは、たやすく現代の世界に見出されないであらう。