“せいし”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:セイシ
語句割合
西施16.5%
世子13.9%
生死10.4%
誓紙7.8%
勢至5.2%
正視5.2%
青史4.3%
静思4.3%
聖旨3.5%
誓詞3.5%
正使2.6%
靜止2.6%
制止1.7%
世嗣1.7%
盛糸1.7%
西詩1.7%
姓氏0.9%
整枝0.9%
星子0.9%
正嗣0.9%
正士0.9%
正始0.9%
清士0.9%
生祠0.9%
盛熾0.9%
製糸0.9%
西子0.9%
西駛0.9%
青糸0.9%
青絲0.9%
静止0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
双無塩(ふたりのあくぢよ)独(ひとり)の西施(せいし)と語(かた)るは蒹葭(けんが)玉樹(ぎよくじゆ)によるが如く、皓歯(しろきは)燦爛(ひか/\)としてわらふは白芙蓉(はくふよう)の水をいでゝ微風(びふう)に揺(うごく)がごとし。
この時代には引きつづいて江戸の将軍の上洛(じょうらく)があった。元和(げんな)九年には二代将軍秀忠が上洛した。つづいてその世子(せいし)家光も上洛した。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
産土(うぶすな)の神(かみ)があって、生死(せいし)、疾病(しっぺい)、諸種(しょしゅ)の災難等(さいなんとう)の守護(しゅご)に当(あた)ってくれればこそ、地上(ちじょう)の人間(にんげん)は初(はじ)めてその日(ひ)その日(ひ)の生活(せいかつ)が営(いとな)めるのじゃ。
書(か)けと仰(おつ)しやれば起證(きせう)でも誓紙(せいし)でもお好(この)み次第(しだい)さし上(あげ)ませう、女夫(めをと)やくそくなどと言(い)つても此方(こち)で破(やぶ)るよりは先方樣(さきさま)の性根(せうね)なし、主人(しゆじん)もちなら主人(しゆじん)が怕(こわ)く親(おや)もちなら親(おや)の言(い)ひなり
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
結跏趺坐した阿弥陀如来の豊かに流麗な像や、脇侍(きょうじ)たる観音勢至(せいし)両菩薩の、本尊に調和せんとする優婉(ゆうえん)な腕と胴体の動きなどは、薬師三尊に酷似している。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
いやその化物屋敷のような物凄い光景は、正視(せいし)するのが恐ろしく、思わず眼を閉じて、日頃唱(とな)えたこともなかったお念仏(ねんぶつ)を口誦(くちずさ)んだほどでした
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
青史(せいし)にのこる赤壁(せきへき)の会戦、長く世に謳(うた)われた三江(こう)の大殲滅(だいせんめつ)とは、この夜、曹操が味わった大苦杯そのものをいう。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その中六ヶ月はマウント・アソスの希臘(ギリシア)僧院で暮らし、専(もっぱ)ら静思(せいし)休養(きゅうよう)につとめた。
この捷報(しょうほう)は早くも開封(かいほう)東京(とうけい)の汴城(べんじょう)の宮門へ飛脚されたので、天子徽宗(きそう)は大いによろこばれ、高(こう)総理に聖旨(せいし)をくだして、御感(ぎょかん)の状と、黄封(こうふう)の宮廷酒十瓶(とかめ)とを、征地の慰問に送らせた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と互の誓詞(せいし)に詐(いつはり)はあらざりけるを、帰りて母君に請(こ)ふことありしに、いと太(いた)う驚かれて、こは由々(ゆゆ)しき家の大事ぞや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
丹左衛門尉基康(たんのさゑもんのじやうもとやす)は、俊寛成経(なりつね)康頼等(やすよりら)三人の赦免状(しやめんじやう)を携へてゐる。が、成経(なりつね)の妻になつた、島の女千鳥(ちどり)だけは、舟に乗る事を許されない。正使(せいし)基康(もとやす)には許す気があつても、副使の妹尾(せのを)が許さぬのである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
同教授(どうきようじゆ)の計算(けいさん)によると、火口(かこう)から打出(うちだ)されてから山麓(さんろく)或(あるひ)は海面(かいめん)に到達(とうたつ)して靜止(せいし)するまでの平均(へいきん)の速(はや)さは、毎秒(まいびよう)二十米以上(にじゆうめーとるいじよう)であつて、最大(さいだい)毎秒(まいびよう)百五十米(ひやくごじゆうめーとる)にも及(およ)び
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
調へ今や/\と待居たり只今(たゞいま)雅樂頭出門との知(しら)せに直此方も繰出(くりいだ)せり酒井家は斯(かく)あらんとは少しも知ず行列(ぎやうれつ)嚴重(げんぢう)に來懸る處此方は御墨附(おすみつき)御短刀(たんたう)の長持を眞先に進ませ下に/\と制止(せいし)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
世嗣(せいし)の位置をめぐって骨肉たがいに干戈(かんか)をもてあそび、人民は嘆き、兵は怨嗟(えんさ)を放つの有様、天も憎しみ給うか、昨年来、飢餓蝗害(こうがい)の災厄も加わって、いまや昔日の金城湯池(きんじょうとうち)も、帯甲(たいこう)百万も
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新比翼塚は明治十二三年のころ品川楼で情死をした遊女盛糸(せいし)と内務省の小吏谷豊栄二人(ににん)の追善に建てられたのである。
里の今昔 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
西詩(せいし)に多く見るところの、こうした「白愁」というような詩情を、遠く江戸時代の俳人蕪村が持っていたということは、実に珍しく不思議である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
憐(あはれ)みてや惠(めぐ)むともなき惠(めぐ)みに浴(よく)して鹽噌(えんそ)の苦勞(くらう)は知(し)らずといふなるそは又(また)何處(いづこ)の誰(た)れなるにや扨(さて)も怪(あやし)むべく尊(たつと)むべき此慈善家(このじぜんか)の姓氏(せいし)といはず心情(しんじやう)といはず義理(ぎり)の柵(しがらみ)さこそと知(し)るは唯(ひと)りお高(たか)の乳母(うば)あるのみ忍(しの)び/\の貢(みつぎ)のものそれからそれと人手(ひとで)を
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
大将「よろしいか。これから生産体操をはじめる。第一果樹整枝(せいし)法、わかったか。三番。」
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼女は、廬山(ろざん)の向う側の星子(せいし)という土地から、この浮梁の窯業場(かまば)へ、働きに来ていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長の正嗣(せいし)として立てた三法師(さんぼうし)(秀信(ひでのぶ))をただ守り立てるためとして——自己を劉備玄徳(りゅうびげんとく)に遺孤(いこ)を託された諸葛孔明(しょかつこうめい)の心事になぞらえ——ひたすら時節を待って来たのであった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同期の藤岡(ふじおか)(由夫(よしお))君や、一年あとの菊池(きくち)(正士(せいし))君、それに相対性理論でアインシュタインに大いに盾(たて)をついた土井(不曇(うずみ))さんなど、元気のよい連中が十人近くも集って
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
我(われ)聞(き)く。——魏(ぎ)の正始(せいし)の時(とき)、中山(ちうざん)の周南(しうなん)は、襄邑(じやういふ)の長(ちやう)たりき。一日(あるひ)戸(こ)を出(い)づるに、門(もん)の石垣(いしがき)の隙間(すきま)から、大鼠(おほねずみ)がちよろりと出(で)て、周南(しうなん)に向(むか)つて立(た)つた。此奴(こいつ)が角巾(つのづきん)、帛衣(くろごろも)して居(ゐ)たと言(い)ふ。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
と。擧世(きよせい)(六一)混濁(こんだく)して(六二)清士(せいし)乃(すなは)ち見(あら)はる。
「慈父丞相、大父(たいふ)孔明」と、いいたたえ、その戦蹟の諸地方に、早くも生祠(せいし)(生き神様の祭り)を建て、四時の供物と祠(まつ)りを絶たなかった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日にますます盛熾(せいし)を致し、もって社会に誇るの工業といえどもかのワーテルロー〔一八一五年〕のときにあたりては実に微々たる幼稚の姿なりしことを。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
県会議員や郷先生(ごうせんせい)をする傍、殖産興業の率先をすると謂って、女(むすめ)を製糸場の模範工女にしたり、自家(じか)でも養蚕(ようさん)製糸(せいし)をやったり、桑苗販売(そうびょうはんばい)などをやって、いつも損ばかりして居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
「厨者ノ作料ハ婦人ノ衣服首飾ナリ。天姿アリ、塗抹ヲ善クスト雖モ、而(しか)モ敝衣襤褸(へいいらんる)ナラバ西子(せいし)モ亦(また)以テ容(かたち)ヲ為シ難シ……」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
閑話休題——私は、この東奔西駛(せいし)の二年間ほどのうちに、前に言った圓馬夫人斡旋の家庭がいよいよいけなくって服毒自殺を企てた。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
実物を手に入れた事がないから分析的な内容は判然しないが、強いアルカリ性のものである事は間違いないようである。すなわちこの毒を検するに彩糸(さいし)を以てす。黒糸(こくし)を黄化す、青糸(せいし)を赤変す。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
御年辛(やうや)く二十二、青絲(せいし)の髮(みぐし)、紅玉(こうぎよく)の膚(はだへ)、平門(へいもん)第一の美男(びなん)とて、かざす櫻も色失(いろう)せて、何れを花、何れを人と分たざりけり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それとも、たった五千メートルの距離から、静止(せいし)せる巨艦を射撃して、二十門の砲手が、悉(ことごと)く中(あた)り外(はず)れたとでも仰有(おっしゃ)るのかね。なんという拙劣な砲手ども揃いじゃろう