陰気いんき)” の例文
旧字:陰氣
「どうも上方流かみがたりゅうで余計な所に高塀たかべいなんか築きあげて、陰気いんきで困っちまいます。そのかわり二階はあります。ちょっとあがって御覧なさい」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから、おとこたちが、かねつきどうがって、かねをつくのです。やがて、陰気いんきかねは、とおくまでなみってひびいてゆくのでした。
娘と大きな鐘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その谷にそそぐ川はビエーヴル川であるから、この谷はパリの郊外こうがいではいちばんきたない陰気いんきな所だと言いもし、しんじられもしていた。
陰気いんき燈火ともしびの下で大福帳だいふくちやう出入でいり金高きんだかを書き入れるよりも、川添かはぞひのあかるい二階洒落本しやれほんを読むはうがいかに面白おもしろかつたであらう。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「あなたは、ぼくがあなたを愛するのが厭なんです——それなんです!」と、わたしは思わずカッとなって、陰気いんきな調子で叫んだ。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その時霧は大へん陰気いんきになりました。そこで諒安は霧にそのかすかなわらいをげました。そこで霧はさっと明るくなりました。
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「猫の鳴き声なんか、陰気いんきじゃありません? それよりか、ここには友愛塾音頭おんどというのがありますから、あたしそれをご披露ひろうしますわ。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
朝からどんよりくもっていたが、雨にはならず、低い雲が陰気いんきに垂れた競馬場を黒い秋風が黒く走っていた。午後になると急に暗さが増して行った。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
びッくりさせる、不粋ぶすいなやつ、ギャーッという五さぎの声も時々、——妙に陰気いんきで、うすら寒い空梅雨からつゆの晩なのである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寺男はちょうちんにをいれて、そのあとをつけていきました。その夜は、雨もよいの陰気いんきなくらいばんでありました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
天性てんせい陰気いんきなこの人は、人の目にたつほど、愚痴ぐちやみもいわなかったものの、内心ないしんにはじつに長いあいだの、苦悶くもん悔恨かいこんとをつづけてきたのである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
鉄道線路の下に掘られてある横断用の地下道のあのくらい陰気いんきな、そしてじめじめしたいやな気持を思い出す。また炭坑たんこうの中のむしあつさを思い出す。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おっとがはたけからかえってきました。そして、このありさまをのこらず見ると、すっかり陰気いんきになって、それからもなく、この人も死んでしまいました。
きっと、お日さまのいないあいだに、夜が地上をこんなにつめたく、陰気いんきにしてしまったからなんだろうか。
国中は貧乏になり、人々は陰気いんきになりました。それで王様も非常に困られて、くらいを王子にゆずられました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
少々しょうしょう陰気いんきくさいはなしで、おききになるに、あまりいお気持きもちはしないでございましょうが、った物語ものがたり現世げんせ方々かたがたに、多少たしょう御参考ごさんこうにはなろうかとぞんじます。
このむらにはなにかおまつりでもあるのかね。だいぶにぎやかなようじゃあないか。だがその中で一けん、たいそう陰気いんきしずみこんだいえがあったが、あれは親類しんるい不幸ふこうでもあったのかね。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
薄暗うすぐらいもみの木の森のあいだ、ロクセン湖の陰気いんきな岸辺近くに、古いブレタの僧院そういんがあります。わたしの光はかべ格子こうしをとおって、広い円天井まるてんじょうの部屋へすべりこんで行きました。
耶蘇教はつよく、仏教は陰気いんきくさく、神道に湿しめりが無い。かの大なる母教祖ははきょうそ胎内たいないから生れ出た、陽気で簡明切実せつじつな平和の天理教が、つちの人なる農家に多くの信徒をつは尤である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
手もしびれたか、きゆつと軌む……水口を開けると、茶の間も、かまちも、だゝつ広く、大きな穴を四角に並べて陰気いんきである。引窓に射す、何の影か、薄あかりに一目見ると、唇がひッつゝた。
夜釣 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ところかぜいた人が常磐津ときはづを語るやうなこゑでオー/\といひますから、なんだかとおもつてそばの人に聞きましたら、れは泣車なきぐるまといつて御車みくるまきしおとだ、とおつしやいましたが、随分ずゐぶん陰気いんきものでございます。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
陰気いんき充満じゆうまんして雲ふか山間やまあひ村落そんらくなれば雪のふかきをしるべし。
兄弟きょうだいのようすはわからなかったのです。そのから、やまでは、母親ははおや子供こどもこえがさびしく、陰気いんきに、毎日まいにちのようにかれました。
兄弟のやまばと (新字新仮名) / 小川未明(著)
今日は陰気いんききりがジメジメっています。木も草もじっとだまみました。ぶなの木さえをちらっとも動かしません。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
おじいさんがかわいがりすぎたせいだ、とおとうさんはよくいいましたが、そうばかりではなく、あんまり陰気いんきな家の中にそだったためかもしれません。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
鉄道線路てつどうせんろの下に掘られてある横断おうだん用の地下道の、あのくらい陰気いんきな、そしてじめじめしたいやな気持を思い出す。また炭坑たんこうの中のむしあつさを思い出す。
三十年後の東京 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ひどくつかれて、そこらのものはのこらず陰気いんきに思われた。この光と音のあふれた大きなパリでは、わたしはまるっきりひとりぼっちであることをしみじみ感じた。
人物は、正直そうに見えてさくがあり、それに神経質なところもあって、気にくわないことがあると、いつまでも陰気いんきに押しだまっているといったふうであった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
わたくしはこんな陰気いんきくさいところいやでございます。でもここはなん縁由いわれ のあるところでございますか?』
つまり、このダンスは、冬の強い風がひとひら一ひらの雪をもてあそぶのにていますが、なんとなく陰気いんきくさくて、おもしろみがありません。見ているほうがまいってしまいました。
あぶら蝋燭ろうそくの燃えさし、欠けたナイフやフォーク、陰気いんきくさいヴォニファーチイ、尾羽おはうちらした小間使たち、当の公爵夫人の立居振舞い——そんな奇怪きかい千万な暮しぶりなんかには
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
どことなく、きょうのこの陰気いんきだった。伊織にも、感じられる。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その地下室はもとどこかの事務所らしかったが、久しく人の姿を見うけない。それがみょう陰気いんきくさいのだ。また、大学病院の建物も橋のたもとの附属ふぞく建築物だけは、置き忘れられたようにうらさびしい。
馬地獄 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
陰気いんき百萬遍ひやくまんべんの声がかへつてはつきりきこえるばかり。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
糟谷かすやおくさんは陰気いんきな人ねい」
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
煙突えんとつは、いつもは、だまって、陰気いんきかおをしてふさいでいたのですが、このときばかりは、なんとなく、うれしそうにはしゃいでいました。
煙突と柳 (新字新仮名) / 小川未明(著)
何の返事へんじも聞えません。黒板こくばんから白墨はくぼくこなのような、くらつめたいきりつぶが、そこら一面いちめんおどりまわり、あたりが俄にシインとして、陰気いんきに陰気になりました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして事実は、結局、返事を書かない決心をしたのと同じ結果になり、それがいよいよかれの気持ちを不安にし、かれを陰気いんきな沈黙にさそいこんでいったのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あとは、おとうさんとおかあさんとおじいさんの三人きりでしたから、がらんとした広い暗い家の中にいると、人はどこにいるかわからないほどで、まったく陰気いんきだったのです。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
帆村の探偵事務所は、まるうちにあったが、今時いまどき流行はやらぬ煉瓦建れんがだて陰気いんきくさい建物の中にあった。びしょびしょにれたような階段を二階にのぼると、そこに彼の事務所の名札なふだが下げてあった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ドン修道院のかねが、時おり、おだやかに陰気いんきひびいてきた。——わたしはじっと坐って、見つめたり聞き入ったりしているうちに、何かしら名状しがたい感じで、胸がいっぱいになるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
わたしたちが通って行く道は喪中もちゅうのようにしずんでさびしかった。あれきって陰気いんきな野原の上にただ北風のはげしいうなり声が聞こえた。雪片が小さなちょうちょうのように目の前にちらちらした。
かわなかに、うおが、ふゆあいだじっとしていました。みずが、つめたく、そして、ながれがきゅうであったからであります。みずそこは、くらく、陰気いんきでありました。
魚と白鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
どうだ、この頁岩けつがん陰気いんきなこと。全くいやになっちまうな。おまけに海も暗くなったし、なかなか、流紋玻璃りゅうもんはりにもわさない。それに今夜もやっぱり野宿だ。
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
陰気いんきな、不明瞭ふめいりょうなことばが、その怪影かいえいの口から発せられた。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうしてマチアはますます陰気いんきになった。
「こう毎日まいにちそらくもって、陰気いんきではしかたがありません。おじいさん、なにか、愉快ゆかい幸福こうふくうえとなることは、できないものでしょうか。」
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところがここにごく偏狭な陰気いんきな考の人間の一群があって、動物は可哀かあいそうだからたべてはならんといい、世界中にこれをいようとする。これがビジテリアンである。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そしてるからに、なんとなく陰気いんきふねであって、そのふねさえいてなければ、もとよりどこのくにふねともわからなかったのでありました。
カラカラ鳴る海 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「うやまいを受けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気いんきな顔をなさるのですか。」
マリヴロンと少女 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)