門口かどぐち)” の例文
そのうちに馴染なじみの芝居茶屋の若い者や劇場の出方でかたなどが番附を配って来る。それは郵便のように門口かどぐちから投げ込んでゆくのではない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
摂政家の公子 ある時の事、私が天和堂の門口かどぐちに立って居りますと一人の貴族が下僕しもべを連れてこちらの方向に向いてやって来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
牡丹燈記の話は、明州めいしゅう即ち今の寧波にんぽう喬生きょうせいと云う妻君さいくんを無くしたばかしのわかい男があって、正月十五日の観燈かんとうの晩に門口かどぐちに立っていた。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは、ただよそのうち門口かどぐちに取りつけた小さい牛乳受けを、自分の顧客のうちの門口へおきかえるという簡単な仕事で出来たのだ。
私が勢のいゝ返事をすると、おふさは子供のやうな笑顏をしてりて行つたが、それから大分つても容易に門口かどぐちりんの音がせぬ。
金魚 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
もっとも私が彼女の門口かどぐちを推した時には、最早もう、犬は血の泡の中に頭を投げ出して、眼をウッスリと見開いているだけであったが
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うしは、百しょうせて、くらみちをはうようにゆきなかあるいていきました。けてから、うしは、門口かどぐちにきてまりました。
百姓の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
どうもひとのうちの門口かどぐちに立って、もしもし今晩は、私は旅の者ですが、日が暮れてひどく困ってゐます。今夜一晩泊めて下さい。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
と南蛮屋の門口かどぐちから、一人の小男がすべり出た。ほかでもない早引はやびきの忠三、ひどく機嫌が悪いとみえ、口小言をいいながら走り出した。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さて、すっかり身支度みじたくがおわると、バタバタ窓をしめて、かれもこの家を立ちかけたが、門口かどぐちでフイと一つの忘れ物を思いだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「会うも会わないもあるものか、俺にそんな見識があるわけはない。若い娘さんを岡っ引の門口かどぐちに立たせておく奴があるものか」
門口かどぐちで別れて、瀬戸は神田の方へく。倶楽部へ来たときから、一しょに話していた男が、跡から足を早めて追っ駈けて行った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
安井やすゐ門口かどぐちぢやうおろして、かぎうらうちあづけるとかつて、けてつた。宗助そうすけ御米およねつてゐるあひだ二言ふたこと三言みこと尋常じんじやうくちいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
子供たちはいつも、水車のところから少し廻りみちして、文六ちゃんを、その家の門口かどぐちまで送ってやることにしていました。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
二月の朝早くのことで、あの人が仕事に出かけようとするとちゅうで、赤んぼうのごえを聞いて、おまえをある庭の門口かどぐちで拾って来たのだ。
ところが、大杉氏はあの通りの社会主義者なので、家にゐる時には、いつも警察の尾行巡査がやつて来て、門口かどぐちで張番をする事になつてゐる。
これを機会しおに立去ろうとして、振返ると、荒物屋と葭簀よしず一枚、隣家りんかに合わせの郵便局で。其処そこ門口かどぐちから、すらりと出たのが例のその人。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
門口かどぐちの方からがや/\といふ人声がするので行つて見ると、新進作家の矢車凡太と波野大吉と、早稲田と帝大の学生である谷口三治、小原一郎
五月六日 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
搗てて加へて、どの家の門口かどぐちからもおつそろしく不快いやな惡臭が流れて來るので、おれは鼻を押へて大急ぎに駈け拔けた。
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
彼は、門口かどぐちを出ると母屋と土蔵との間の、かびくさい路地に這入って、暫くそこにたたずんだ。それから路を更に奥にぬけて、庭の築山のかげに出た。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
親類呼ばわりをして来たものを門口かどぐちから追い返すものもあれば、赤の他人でもずいぶん因縁いんねんずくで力にもなったりなられたりするものもあります。
向いの家の門口かどぐちには、女中が二三人出て、何か話して笑っている。向いの家の窓が明いて、若い上さんが、自分と同じように顔を出して外を見る。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
浅ましとは思へど、ひて去らしむべきにあらず、又門口かどぐちに居たりとて人を騒がすにもあらねば、とにもかくにも手を着けかねて棄措すておかるるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もなく横山町辺よこやまちょうへんの提灯をつけた辻駕籠つじかご一梃いっちょう、飛ぶがように駈来かけきたって門口かどぐちとどまるや否や、中から転出まろびいづ商人風あきうどふうの男
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼の家の門口かどぐちへ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わつと泣き出さずにはゐられなかつた。その泣き声は彼の周囲まはりへ、一時に父や母を集まらせた。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もう三時過ぎていたのに、近所のかみさんたちがぞろぞろ起きてきて、いつのまにか、門口かどぐちに黒山を築いていた。
夏の夜の冒険 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
暗い外で客と話している俥夫しゃふの大きな声がした。間もなく、門口かどぐちの葉がくるまほろで揺り動かされた。俥夫の持った舵棒かじぼうが玄関の石の上へ降ろされた。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それにまた「すぐ忘れてしまう」という先祖伝来の宝物が利き目をあらわし、ぶらぶら歩いて酒屋の門口かどぐちまで来た時にはもうすこぶる元気なものであった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
八月も半ばになりますと、つばめは木曾谷きそだにの空を帰って行きます。姉の家の門口かどぐちへもつばめはあいさつに来て
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私はその日のお昼飯を平生の半分の時間も使はず済ませて、急いで加賀田さんの門口かどぐちまで行きますと、もうおみきさんは先刻さつきから待つて居たと云ふのでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
かたかけ門口かどぐちへ出る所へ獨りのをとこ木綿もめん羽織はおり千種ちくさ股引もゝひき風呂ふろしきづつみを脊負せおひし人立止りて思はずもみせならべし水菓子のあたひを聞ながら其所そこに居たりし道之助を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
山田の門口かどぐちまで迎いに来ていたのは進藤孝子という仲のよい友達で、その女の生家も、鶴岡市の医者だった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それから二タ月ほど経って、いよいよ重態となったと聞いて門口かどぐちまで見舞に行ったが、その時は最うドッとまくらいて普通の見舞人には面会を謝絶していた。
そのとき門口かどぐちに人の声がし、お豊が出ていった。三平という(いつかの)男らしい。しばらく低い声でなにか話していたが、そのうちに小さな子供の声がまじった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
皆のものが期せずして門口かどぐちまで駈け出しました。そして、暗い町の左右を眺めながら、あちらへ逃げた、こちらへ逃げたと、下らない評定ひょうじょうに時を移したものです。
盗難 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ルーテルの幼きや、胡弓を人の門口かどぐちに弾じて以てみずから給す、弾じ終りて家人の物を与えんとするや、彼れたちまち赤面してのがれ去れり。彼んぞかくの如く小心なる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
車上しやじやうひと目早めばやみとめて、オヽ此處こゝなり此處こゝ一寸ちよつとにはか指圖さしづ一聲いつせいいさましく引入ひきいれるくるま門口かどぐちろす梶棒かぢぼうともにホツト一息ひといきうちには女共をんなども口々くち/″\らつしやいまし。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と、門口かどぐちに一人の青年がまじまじと突っ立っていた。例の鼠の裸児はだかごがそのまま生長して大きくなったような顔の皮膚の薄紅うすあかであった。黄の軍服に紺の軍帽をかぶっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
下の入口から中は暗くて見かされないが、やはり小さい卓のいつつは土間に置かれてあるやうである。それから門口かどぐちに藤棚のやうにして藪からしが沢山たくさんはせてある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
鼻の尖頭あたまへ汗をかき、天窓あたまからポツポとけむを出し、門口かどぐち突立つツたつたなり物もひません。女房
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「今月はいかがでした」などと、門口かどぐちでお目にかかるとお話をしました。兄から、「お前も小出さんへ伺って御覧」などといわれて、一、二度お訪ねしたことがありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
屏風びょうぶを立てたるが如き処を安々やすやすと登りて、医師の門口かどぐちまで来りて掻き消すが如くに失せたり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
するとある日、多分村に帰ってから四、五日経った頃だったろう、ぼんやりと大家の門口かどぐちに立っていると、以前の学校友達が二、三人、かごを背負ってかまをもって登って来た。
綺麗きれいな着物を着て、そのお家の門口かどぐちに出て、お得意そうに長いたもとをひらひらさせて遊んでいるのに、うちの子供たちは、いい着物を戦争中に皆焼いてしまったので、お盆でも
おさん (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして靴をいて一旦門口かどぐちへ出たが、なにを思ったかまた部屋に引返してきて、押入の中をゴソゴソやっていたが、やがて妙な金具のついた太くて真黒な洋杖ステッキをひっぱりだすと
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
垢染んだ黒羽二重の袷を前下がりに着、へちまなりの図ぬけて大きな顎をぶらぶらさせ、門口かどぐちに立ちはだかって、白痴こけが物乞するようなしまりのない声で呼んでいるのが、顎十郎。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
吉岡も早速助役の後に続いたんですが、門口かどぐちを出しなにチラッと奥を見ると、あの感じの陰気なその癖妙に可愛らしい娘は、まだ相変らず顔だけ出して、表の方を覗いていました。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
いつも門口かどぐちに来ると、杖のさきでぱっ/\とごみを掃く真似をする。其おとを聞いたばかりで、安さんとわかった。「おゝそれながら……」と中音で拍子ひょうしをとって戸口に立つこともある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「門標」の妻は、しばし立ちどまってそれをながめた。ひとりの男の命とすりかえられた小さな「名誉」を。その名誉はどこの家の門口かどぐちをもかざって、恥をしらぬようにふえていった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
と云い云い立って幾らかの金を渡せば、それをもって門口かどぐちに出で何やらくどくど押し問答せし末こなたに来たりて、拳骨げんこつで額を抑え、どうも済みませんでした、ありがとうござりまする
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)