さま)” の例文
旧字:
兄貴がお人好しで蛇を拝んだり、白蟻しろありの糞を拝んだりしているからだ。兄貴の眼をさますには、あの蛇からどうかしなくちゃならない。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何時間ったのか、何日経ったのか、一郎次には分りませんでした。ふと、目をさますと、自分は、立派な御殿の中に寝ていました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
がたぴしする戸ばかりをあつかい慣れている彼れの手の力があまったのだ。妻がぎょっとするはずみにせなかの赤坊も眼をさまして泣き出した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
五時頃から滿と健はもう目をさまして、互いのとこの中から出す手や足を引張り合つたり、ぜるやうな呼び声を立てたりして居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
われわれは自身に存在の観念しか与え得ないが、その無窮なるものはわれわれのうちに本質の観念をさまさせるのではあるまいか。
彼は始めて空想の夢をさまして、及ばざるぶんあきらめたりけれども、一旦金剛石ダイアモンドの強き光に焼かれたる心は幾分の知覚を失ひけんやうにて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼らは何物にもさまされずに、幾年月かをそこに眠る。しかし他日その墓窟はかあなの開ける日が——人の知るごとく——めぐって来る。
車内にチラホラ目をさましている組の連中は、この二人の美しい対照に、さり気ない視線をこっそり送っては欠伸あくびを噛みころしていたのだった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
戸の透間すきまも明るく成った。一番早く眼をさますものは子供で、まだ母親が知らずに眠っている間に、最早もう床の中から這出はいだした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夜半滝のような大雨の屋根を打つ音にふと目をさますとどこやら家の内に雨漏あまもりしたたり落るようなひびきを聞き寝就かれぬまま起きて手燭てしょくに火を点じた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
相「ウンそうだ、初めて逢うのに無理にめんめをさまさして泣顔ではいかんから、だが大概にしてこゝへ連れて抱いて来い」
「やあ、目をさましたらそっと見べい。おらが、いろッて泣かしちゃ、仕事の邪魔するだから、先刻さっきから辛抱してただ。」と、かごとがましく身をくねる。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いっぺんきたない爺さんが泥鰌どじょうのような奴をあたじけなく頸筋くびすじへ垂らしていたのを見て、ひどく興をさましたせいだろう。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だがその小魚たちは加奈子の眼の知覚を呼びさまして加奈子はその次の蕎麦そぱ屋に気がつき、その次の薬屋に気がつく。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まだ家族のものは、床を離れぬ早朝であったので、一同その声にハッと眼をさましたが、久しく忘れていた、いまわしい記憶が、ふと心の隅によみがえって来た。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「し、知れたこと、新九郎の後追いかけて、彼奴きゃつの迷夢をさましてくれる。醒めぬものなら、兄が情けで一刀両断」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と祥雲氏はぱつちり眼をさましてよこぱらを押へた。禿げた頭にはいつの間にかびつしより汗を掻いてゐた。
遮二無二しゃにむにかじり付いてくる少年の前額おでこをかけて、力任せに押除おしのけようともがいているうちに、浅田の夢は破れて、蚊帳かやを外した八畳の間にぽっかりと目をさました。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
女も眼をさまして起上おきあがると見る間に、一人は消えて一人は残り、何におどろいておきたのかときかれ、実は斯々これこれ伍什いちぶしじゅうを語るに、女不審いぶかしげにこのほども或る客と同衾どうきんせしに
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
王子がさましたのを見て、老人ろうじんはハハハと声高こわだかわらいました。王子はおそれもしないでたずねました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ひるのうちしきりに寐反ねがえりを打って、シクシクないていたのが、夜にってから少しウツウツしたと思って、フト眼をさますと、僕の枕元近く奥さまが来ていらっしゃって
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
送りようやく築地に着きたるは夜も早や十時頃なり直ちに施寧の家に入り母と少しばかり話しせし末例の如く金起と共に二階に上り一眠りして妾は二時頃一度目をさましたり
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
早う目をさましや。いやさ、正気に帰りおれと申すにな。やれ、女子よ。(女の背を打つ。)
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
憤慨の念燃ゆるばかり、つい巾幗きんこくの身をも打ち忘れて、いかでわれ奮い起ち、優柔なる当局および惰民だみんの眠りをさましくれではむまじの心となりしこそはしたなき限りなりしか。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
平八郎は夢をさまされたやうに床几しやうぎつて、「い、そんなら手配てくばりをせう」と云つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
イワン、デミトリチはふとさまし、脱然ぐったりとした様子ようすりょうこぶしほおく。つばく。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
翌朝私が眼をさますと、例の小僧がうち馳込かけこんで来て、また河岸かしのあのかしわ首縊くびくくりがある
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
「その時、どうして御新造は、大きな声でも立てて皆んなを呼びさまさなかったので」
やっと眼をさました——らしく見せた——探偵は敷島しきしまに火をけながらいた。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「あ、いたた、いたた、いたた。」びつくりした横着きうりは 目をさまして、大きな声をはり上げました。気の毒な事に、横着きうりは 真中から ポツキンと二つに 折れてしまひました。
きりぎりす の かひもの (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
牝鶏の朝の唄に驚いて、親鶏の翼の下に寝ていた黄いろいひなも、軒の下のはとも、赤い小牛も、牧場の小屋の中へ眠っていた小羊までが眼をさましました。それでも太郎の眼は覚めませんでした。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
女と私は看板後あいびきの約束を結び、ともかく中也だけは吉原へ送りこんでこなければならぬ段となったが、ノビてしまうと容易なことでは目をさまさず、もとより洋服をきせうる段ではない。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その余の人々はこの声にねむりさましただ打ち驚くばかりなりしといえり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
尼の嫉妬やきもちはその時代として前代未聞、宿の者もまた興をさましていた。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
かくてまたその眠れる精神が目をさましてくるのではあるまいか。
朝に成ってかえって気のゆるんだ岸本はいくらかでも寝て行こうとした。一眠りして眼をさますと、その度に彼は巴里が近くなって来たことを感じた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
客「成程明方までにはお廻りに成りましょうから、それまで目をさまして待ってましょう、あなたは青くはありませんね」
男子側から如何に多くの婦人問題を出されても、婦人自身に目をさまさねばこの問題の正しい解決はかないであろう。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
折から空高くさしのぼっているお月様の光でその男を見ますと、それは武士らしいいかにも強そうな男でした。その男は、二郎次が目をさましたのを見ると
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今も言おう、この時言おう、口へ出そうと思っても、朝、目をさませば俺より前に、台所だいどころでおかかを掻く音、夜寝る時は俺よりあとに、あかりの下で針仕事。
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ一度、出発後五日目の夜に、悪夢のあと急に眼をさました時、眠りながら彼女のことを考えていて、その考えのために眼が覚めたことを、彼は気づいた。
同時にこれ人間が神の意志にもとり、自然の法則に反抗する力ある事を示すものと思はれ候。人間を夜の暗さより救ひ、死の眠りよりさますものはこの燈火に候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そうしてむかし兄と自分と将棋しょうぎを指した時、自分が何か一口ひとくち云ったのをしゃくに、いきなり将棋の駒を自分の額へぶつけた騒ぎを、新しく自分の記憶から呼びさました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きれいな女の家へ往って、その女と一晩中歓楽にひたっていた秀夫は、不思議な人の声に眼をさました。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かれはそののち読書どくしょうちにも、睡眠ねむりいてからも、イワン、デミトリチのことがあたまかららず、翌朝よくちょうさましても、昨日きのう智慧ちえある人間にんげんったことをわすれることが出来できなかった
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「蔵の中へ入れてお金を唸らせて置くなんて、随分勿体ないことでは御座いませんか、さア、参りましょう、私は、大判小判を身体からだ中に浴びて、この火のような心持をさまし度いのです」
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
微曇ほのぐもりし空はこれが為にねむりさまされたる気色けしきにて、銀梨子地ぎんなしぢの如く無数の星をあらはして、鋭くえたる光は寒気かんきはなつかとおもはしむるまでに、その薄明うすあかりさらさるる夜のちまたほとんど氷らんとすなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
叫喚あっと云ってふるえ出し、のんだ酒も一時にさめて、うこんなうちには片時も居られないと、ふすまひらき倉皇そうこう表へ飛出とびだしてしまい芸妓げいぎも客の叫喚さけびに驚いて目をさまし、幽霊ときいたので青くなり
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
鐉の音は彼をさました。彼は頭を上げた。
私が眼をさまして見るとお前がいないから、是は新吉さんは愛想が尽きて、私が種々いろ/\な事を云って困らせるから、お前が逃げたのだと思って気が付くと
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)