のぞ)” の例文
二十年の学校生活に暇乞いとまごいをしてから以来、何かの機会に『老子』というものも一遍はのぞいてみたいと思い立ったことは何度もあった。
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人が出入りするのを見かけたこともなく、いつのぞいても、店のなかはほのくらくしずまりかえっていて、チラとも人影が動かなかった。
また、時には少年の着るような薄色のかさねのぞかした好みを見せれば、次の夕方には、もう一人の男もそれに似合うた衣をまとうていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
下の深淵へのぞく様にして出張っている大蝦蟇形おおがまがたの岩があった。それに乗って直芳が下を見た時に、思わず知らず口走ったのであった。
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「氣の毒だが案内してくれ。大名や金貸しには俺だつて附き合ひ度くねえが、笹野の旦那の頼みがあるから、ちよいとのぞいて見よう」
ちょいとのぞいてみると、いわく「世界お伽噺とぎばなし法螺ほら博士物語」、曰く「カミ先生奇譚集きたんしゅう」、曰く「特許局編纂へんさん——永久運動発明記録全」
勘作は起きあがって笊の中をのぞいた。大きな二尺ばかりの鯉が四ひきと、他にふなはやなどが数多たくさん入っていた。勘作は驚いて眼をみはった。
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
俺は音をたてないように、室の中を歩きまわり、壁をたゝいてみ、窓から外をソッとのぞいてみ、それから廊下の方に聞き耳をたてた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
のたまわくだ。なにしてやがるかと思って、やぶけた窓の障子からのぞくとね、ポンポチ米を徳久利とっくりきながら勉強してやがるんだ。
今日こんにちは、」と、声を掛けたが、フト引戻ひきもどさるるようにしてのぞいて見た、心着こころづくと、自分が挨拶あいさつしたつもりの婦人おんなはこの人ではない。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
Nはいたるところの収容所を訪ね廻って、重傷者の顔をのぞき込んだ。どの顔も悲惨のきわみではあったが、彼の妻の顔ではなかった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
私は、半分自棄やけでリオへ来て、話に聴いたナイトクラブとはどんなところだろうと、なんだかのぞくような気持で『恋鳩』へゆきました
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
今まで無邪気に天空で戯れていた少年が人のいない周囲を見廻みまわし、ふと下をのぞいたときの、泣きだしそうな孤独な恐怖がれていた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
幽霊のようなすそを引いて、するすると入って来て、後ろから白雲の模写ぶりをのぞきにかかりましたけれども、白雲はいっこう平気で
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
男でも日曜は新しい青いワイシャツの胸に真白な手巾ハンケチのぞかせている。教会は彼らにとって誠に楽しい倶楽部クラブ、ないし演芸場である。
それを明るい電燈が黙つて上から照して居た……。彼は突然、彼の目を上げて光をのぞいた。それは電燈ではない。ランプの光である。
母親は東京へ来てから、まだろくろく寄席一つのぞいたことがなかった。田舎にいた時の方が、まだしも面白い目を見る機会があった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あいちやんは心配しんぱいさうに木々きゞあひだのぞまはつてゐましたが、やが其頭そのあたま眞上まうへにあつたちひさなとがつたかはに、ひよいときました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
まして、わたしに何も請求したわけではない。人の顔を穴のあくほど見据みすえる、例の図々ずうずうしい女でもない。彼女は中をのぞいても見ない
だから木の香や刃物の香が新らしいうちは、人の家だと思うから、のぞいて見ようともしない。一向いっこう平気なのは雀ぐらいなものである。
何だかまた現実世界にり込まれるような気がして、少しく失望した。長蔵さんは自分が黙って橋のむこうのぞき込んでるのを見て
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
優しい手を、ソロリと肩へ廻し、髪を根くずれさせてうっ伏している娘の顔をさしのぞいた。と、お綱はその時はじめてびっくりした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勘次かんじ畦間うねまつくりあげてそれから自分じぶんいそがしく大豆だいづおとはじめた。勘次かんじ間懶まだるつこいおつぎのもとをうねをひよつとのぞいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大村が活動写真は目に毒だと云ったことなどを思い出す。おまけに隣席の商人らしい風をした男が、無遠慮に横からのぞくのも気になる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
雪子は、大嶋の二枚がさねの裾からメリヤスのパッチをのぞかせながら長椅子に掛けて見物している貞之助に、軽く目礼をしてから云った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
他の人に見咎みとがめられなば一大事と二足三足さりかけしが又振返りさしのぞ嗚呼あゝ我ながら未練みれんなりと心で心をはげましつゝ思ひ極めて立去けり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
妹娘のお絹はこどものように、姉のあとについて一々、姉のすることをのぞいて来たが、今は台俎板の傍に立って笊の中の蔬菜を見入る。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
西村は鷹揚おうようにうなずいて、封筒の中味を読み始めた。北川はそのうしろから、さも主人の身の上を気づかう恰好かっこうで、手紙をのぞいている。
いったいこの額の景色の裏側には、どんな世界が秘密に隠されているのだろうと。私は幾度か額をはずし、油絵の裏側をのぞいたりした。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
女は上唇うわくちびる下唇したくちびるとを堅く結んで、しばらく男の様子を見ていたが、その額を押さえている手を引き退けて、隠していた顔をのぞき込んだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
眼鏡をかけたそのたるんだような顔でこっちをのぞいて、「どなたですか、どなたですか」などとうさん臭そうに云うだけであった。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わたしは父の顔をのぞきこみながら、何時いつもの頼みを持ちかけました。が、父は承知するどころか、相手になる景色けしきもございません。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
風がはげしくなり、足下あしもとくもがむくむくとき立って、はるか下の方にかみなりの音までひびきました。王子はそっと下の方をのぞいてみました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それでもやはり彼は、約束の時間よりもすこし遅れてやってきた友人がひょいとそれをのぞき込んだ時には、それを裏返えしにした。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
が、君の窓はすっかり開け放しになっているんで、庭から廻って、のぞいて見ると、あかりは満々とけッ放して、君の姿も見えないんだ。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
栓をとってのぞいてみると、半分程あるらしいので、彼は人の好さそうな笑いを浮かべ、湯呑茶碗についで、ごくんごくんと飲んだ。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
世間の双生児ふたごにはめづらしい一つの胞衣えなに包まれて居たのでしたよ、などとこんな話を口の中でした瑞樹みづきの顔をのぞかうとするのでしたが
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
半七は表からのぞいてみると、今しきりに呶鳴っているのは、三十五六のあから顔の大男で、その風俗はここらの馬子まごと一と目で知られた。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三人の子供が折りかさなって、国訳『大唐西域記だいとうさいいきき』をのぞき込んで、「三蔵法師玄奘奉詔訳ほうしょうやく」という字に眼を光らせて、息をのんでいる。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
いまだ少年であった私がたとい翁と直接話をかわすことが出来なくとも、一代の碩学せきがく風貌ふうぼうのぞき見するだけでも大きい感化であった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
必ずちょっと店先をのぞいて、もしや、東の横綱が無いかしら、と思わず懸命に捜してみるようになってしまっているにちがいない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なにとして今日けふはとうなじばすこゝろおなおもてのおたか路次口ろじぐちかへりみつ家内かないのぞきつよしさまはどうでもお留守るすらしく御相談ごさうだんすることやまほどあるを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私は念のために彼女の部屋をのぞいて見ました、なるほど、とても大きなダブルベッド位なものが八畳一杯に拡がっているのでした
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「あんたはとうとう裸を見られたんですってよ。」お初ちゃんが笑いながら鬢窓にくしを入れている私の顔を鏡越しにのぞいてこう云った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ゆうべの夢見ゆめみわすれられぬであろう。葉隠はがくれにちょいとのぞいた青蛙あおがえるは、いまにもちかかった三角頭かくとうに、陽射ひざしをまばゆくけていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
小さな眼をきょろつかして、バスひきの譜面台をのぞき込んでは、楽譜の表題が待ち受けてる曲のそれであるかどうか見ようとした。
私は本堂の立っている崖の上から摺鉢すりばちの底のようなこの上行寺の墓地全体をのぞき見る有様をば、其角の墓諸共もろともに忘れがたく思っている。
とそれをのぞきにかゝつた。その大学生は幼稚園このかたまだ褒美といふものを貰つた事が無かつたので、ひどくそれが珍しかつたのだ。
「これ、温順おとなしく寝てるものを、そうッとして置くが可い」とお種は壁に寄せて寝かしてある一番幼少ちいさい銀造の顔をのぞきに行った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三次が、大声を揚げて呶鳴り散らしていると、おもての戸が開け放しになっていて、家内なかが見える。通りかかった人がふとのぞき込んで
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)