はだ)” の例文
うつくしき人の胸は、もとのごとくかたわらにあおむきいて、わが鼻は、いたずらにおのがはだにぬくまりたる、柔き蒲団にうもれて、おかし。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次郎は、表面張力によってやや盛りあがり気味に、真白な磁器のはだをひたして行く自分の血を、何か美しいもののように見入った。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
其頃もう小皺が額に寄つてゐて、持病の胃弱の所為せゐか、はだ全然まるで光沢つやがなかつた。繁忙いそがし続きの揚句は、屹度一日枕についたものである。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
だから、乞食は黙ってその病毒の患部を示し、子供達はわけもなく馬車を追って競争し、女はしきりに車上の行人にはだをあらわす。
人のはだをつきさすような、ジリジリした日光には、もうどこやら初夏の色がまじって、川水一面、金の帯のように照りはえている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼等の痩するとはだいたはしく荒るゝ原因もと未だあきらかならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今あやしみゐたりしに 三七—三九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
練絹ねりぎぬのような美しいはだが、急にあかねさして、恐ろしい忿怒ふんぬに黒い瞳がキラリと光るのさえ、お駒の場合にはたまらない魅惑です。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
汽車は駿河湾するがわんに沿うて走っている。窓外は暗闇まっくらだが、海らしいものが見別みわけられる。涼しい風が汗でネバネバしたはだを気持よくでて行く。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
実際じっさい頭から足までまっ黒くろなこの少年に、あのひじの所でれたきれいなシャツを着て、カラーの前を大きく開けて白いはだを見せながら
海はその向うに、白や淡緑色の瀟洒しょうしゃな外国汽船や、無数の平べたいはしけや港の塵芥じんかいやを浮かべながら、濃い藍色あいいろはだをゆっくりと上下していた。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
かたみに松木のはだを撫でてなつかしみ、朝ごと入江に出て、国の木々の端くれを探しだすのをたのしみにするようになった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
本邦で蛇の脱皮ぬけがらで湯を使えばはだ光沢を生ずと信じ、『和漢三才図会』に雨に濡れざる蛇脱へびのかわの黒焼を油でって禿頭はげあたまに塗らば毛髪を生ずといい
この刹那に、市郎の眼に映った敵の姿は、すこぶ異形いぎょうのものであった。勿論もちろん、顔は判らぬが、はだ赭土色あかつちいろで手足はやや長く、爪も長くとがっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
燃えあがっている火は顔を焦すほど熱かったが、氷のような風が、背中へはいって来て、それがはだと着物との間を分け入ってゆくような気がした。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
それよりもこの場合、肉体的に何か鋭い刺戟しげきを受けて興奮した、いまの気持を照応せしめたかつた。そこで湯鑵の熱いはだに指の先きを突きつけた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そしてかばん以外には、締まりのできる道具をもっていなかったので、人に読まれたくない紙片は、すっかりはだにつけていなければならなかった。
はだはなめたように病的である。絵のつたなさ俗さ、形の弱さいじけさ、そうして色の薄っぺらなこと、どこにもがない。近くに報恩寺の窯がある。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
パリスカスは、全身のはだあわを生じて、逃出にげだそうとする。しかし、彼の足は、すくんでしまう。彼は、まだ木乃伊の顔から眼をはなすことが出来ない。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
足利の叛旗もすでに知っている。そして夜来やらい異常な六波羅中の空気から、今日の危機までよくそのはだで感知していた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまあしがたち消えながらも何處どこからとなく私のはだを冷してゐる時、ふとあかい珊瑚の人魚が眞蒼まつさをな腹を水に潜らせる
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
ところが、われわれの受刑者ははだに切りこまれたもので解読するわけです。もとより骨の折れる仕事ではあります。それを終えるのには六時間かかります。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
あまりに着物を引張るので、その垢じみた単衣はべりべり裂け始め、その下から爬虫類はちゅうるいのようにねっとりした光沢こうたくのある真白なはだきだしになってきた。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「誰だい」こう云って振返ると、濛々もうもうたる湯気の中に卵のように白いはだ芥子けしの花のように赤いものが見えた。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今宵こよひしも上野鶯渓うぐいすだになる鍛工かじこう組合事務所の楼上に組合員臨時会開かれんとするなり、寒風はだを裂いて、雪さへチラつく夕暮より集まりたるもの既に三百余名
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その人が身につけている物を、死んでまだはだのあたたかいうちにはぎとって、それをおのれの妻にあたえるなぞと、まあ、よくもそんなひどいことができたね
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
私達は、この突然の闖入者ちんにゅうしゃの濃いひげでかくれた、中年の苦悩に刻まれた古銅色の顔、霜枯れた衣服の下で凍った靴に、死人のようなはだのぞいているのを見た。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
くちほころびから秋風あきかぜが断わりなしにはだでてはっくしょ風邪かぜを引いたと云う頃さかんに尾をり立ててなく。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男子の裸体らたいなりしとの事は輕々しく看過くわんくわすべからず。アイヌははだを露す事を耻づる人民なり。住居のうちたると外たるとを問はず裸体らたいにて人の前に出づる事無し。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「私には、あなたの胃袋や骨組だけが見えて、あなたの白いはだが見えません。私は悲しいめくらです。」
思案の敗北 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし一方、お幸や時子や菊龍や富江や鶴子には、暗い人気の少ない夜、酒に酔いしれない夜、男のはだの温か味に眠らない夜を迎えることは一種の苦痛であった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
彼女かのぢよ毎晩まいばんぐつしよりと、寢汗ねあせをかいてをさました。寢卷ねまきがみのやうにはだにへばりついてゐた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
「おやあ!」彼女は訝りかつ怖れて叫んだが、そのはだには粟が生じ、毛虫にでも触ったようである。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
軽い朝風のはだざわりは爽快そうかいだったが、太陽の光熱は強く、高原の夏らしい感じだった。そうしているうちに加世子も女中と一緒に、タオルや石鹸シャボンをもって降りて来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あからひくはだれずてたれどもこころしくはなくに 〔巻十一・二三九九〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「いそいであの水門に往つて、水で身體を洗つてその水門のがまの花粉を取つて、敷き散らしてその上にころが𢌞まわつたなら、お前の身はもとのはだのようにきつと治るだろう」
爾の手足は松のはだの如く荒るゝ共、爾の筋骨は鋼鉄を欺く。烈日れつじつもとに滝なす汗を流す共、野の風はヨリ涼しく爾を吹く。爾は麦飯むぎめしを食うも、夜毎に快眠を与えられる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
二重ふたえ玻璃窓ガラスまどをきびしくとざして、大いなる陶炉とうろに火をきたる「ホテル」の食堂を出でしなれば、薄き外套がいとうをとおる午後四時の寒さはことさらに堪えがたく、はだ粟立あわだつとともに
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
南家の姫の美しいはだは、益々透きとおり、潤んだ目は、愈々大きく黒々と見えた。そうして、時々声に出してじゅする経のもんが、物のたとえようもなく、さやかに人の耳に響く。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
はだを刺すような空っ風が不体裁な重しをさげた屋台の暖簾をハタハタと鳴らしていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
その度に秋の涼しさははだに浸み込むように思うて何ともいえぬよい心持であった。
九月十四日の朝 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
東京に出て来た唯一の目的である学校をやめて女中奉公なんかすることの寂しさがひしひしと身にみて感じられるし、第一この家の空気が何だか私のはだに合わぬといった感じもして
そのはだの色の男に似気無にげなく白きも、その骨纖ほねほそに肉のせたるも、又はその挙動ふるまひ打湿うちしめりたるも、その人をおそるる気色けしきなるも、すべおのづか尋常ただならざるは、察するに精神病者のたぐひなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その下駄にて重き物を持ちたれば足もと覺束なくて流し元の氷にすべり、あれと言ふ間もなく横にころべば井戸がはにて向ふずねしたゝかに打ちて、可愛や雪はづかしきはだに紫の生々しくなりぬ
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おまけに所々に蒸気機関があり、そのスチームパイプが何本も通っているのである。坑夫等はもちろん裸体で汗にぬれたはだにカンテラの光を無気味に反映していた。坑内では時々人殺しがある。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
髪の毛は段々と脱落ぬけおち、地体じたいが黒いはだの色は蒼褪あおざめて黄味さえ帯び、顔の腫脹むくみに皮が釣れて耳のうしろ罅裂えみわれ、そこにうじうごめき、あし水腫みずばれ脹上はれあがり、脚絆の合目あわせめからぶよぶよの肉が大きく食出はみだ
雨ははだまでとおってぞくぞく寒かった。彼れの癇癪かんしゃくらにつのった。彼れはすたすたと佐藤の小屋に出かけた。が、ふと集会所に行ってる事に気がつくとその足ですぐ神社をさして急いだ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
其の朝は、特にうすら寒くて、セルに袷羽織を重ねてもまだはだ寒い程でした。私はまだ日の上らない前に珍らしく床をぬけ出して、海辺に出ました。海は些の微動もない位によくいでゐました。
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
山深きあかつきのながめ、しんしんとして物一つ動かぬ静かさははだにしみわたりて単衣ひとえに寒さを覚えたり。日、湖の面を照す頃舟を雇うて出ず。二荒ふたらの裾山樹々の梢に鶯の今をさかりと鳴く声いとめずらし。
滝見の旅 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
眼醒めたばかりの彼らには、はだを刺すような寒風を吹きつける河が、ぞっとするほどいとわしいらしい。急ぎもせずにカルバスへ跳び移った。……韃靼人と三人の渡船夫は、水掻きの広い長いかいを握る。
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ラサ府の婦人はまあ顔を洗い手を洗う事位は知って居るけれども、そのはだを見ると真黒まっくろである。つまり人の見るところだけちょっとよく洗って置くという位のもの。上等社会はまんざらそうでもない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)