“抔(など)” の例文
されど此は教育ある人なれば、起居振舞のみやびやかなる、いろ/\なる藝能ある抔(など)、日を同じうして語るべくもあらざるなるべし。
乘り入れて二進(につち)も三進(さつち)もいかなくなるか自腹の痛事あるべきなりオヽ怖(こは)やと悟る人は誠に好(い)い子といふべきなり抔(など)と横道の冗(むだ)は措き此(こゝ)を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
不折(ふせつ)は古碑の文字古法帖の文字抔(など)を目(ま)のあたり示して※※吉などの字の必ずしも入にあらず必ずしも士にあらざる事を説明せり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
こんな事をかくときは、にくい男だが、書きたいことは多いが、苦しいから許してくれ玉え抔(など)と云われると気の毒で堪(たま)らない。
獨逸抔(など)は劒術不レ致者は決而無レ之、人の健康を助け候もの故、彼國に而は醫師中より相起り、劒術を初め候段申事に御座候。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
文書に拠れば、政義の職は下田奉行で、安政元年十二月十八日の談判中に、「美作守抔(など)は当春より取扱居、馴染之儀にも有之」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
朝鮮牛(てうせんうし)が大分(だいぶ)輸入(ゆにふ)されたが狗(いね)ころの樣(やう)な身體(からだ)で割合(わりあひ)に不廉(たか)いからどうしたものだか抔(など)といふことが際限(さいげん)もなくがや/\と大聲(おほごゑ)で呶鳴(どな)り合(あ)うた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
モースはお前達の先祖は食人種であったと云う抔(など)云い触し、本邦人の感情に訴え先生は斯様な悪い人であると云う様な事を云い触した事もある。
モースはお前達の先祖は食人種であったと云う抔(など)云い触し、本邦人の感情に訴え先生は斯様な悪い人であると云う様な事を云い触した事もある。
奉行所へ召連(めしつれ)奉らん抔(など)と上(うへ)へ對し容易(ようい)ならざる過言(くわごん)無禮(ぶれい)とや言ん緩怠(くわんたい)とや言ん言語に絶せし口上かな忝(かたじけ)なくも天一坊樣には
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
清明三月の節になりますると、藪の中や林の縁に、野菊や野芹や蕗(ふき)や三ツ葉うど抔(など)が多くありました。川端には、くこ抔と申すが多くありました。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
扨(さて)本月一日大洪水、堅固なる千住橋並(ならびに)吾妻橋押流し、外諸州の水災抔(など)惨状、こは追々新聞等にて御聞(ごぶん)に触(ふれ)候はん。略之(これをりゃくす)。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
実際髯抔(など)は何(ど)うでも可(い)い、問題は尻尾の有無(あるなし)である。女の嫁きたがる男には狐の様によく尻尾を引摺(ひきず)つてゐるのがある。
例えば寒月君が「首縊りの力学」の御浚(さら)いにくる所で、「所がその問題がマグネ付けられたノッヅルに就いて抔(など)という乾燥無味なものじゃないんだ」
此塲合に於ては此邊道路(だうろ)なりしならん、此所より此所の間には當さに道路有りしなるべきなり抔(など)と云ふを得れど、斯(かく)なる塲合は决して多からさるなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
実(じつ)に此(この)音色(ねいろ)を蓄(たくは)へて置(お)く等(など)といふは、不思議(ふしぎ)と申(まう)すも余(あまり)あることでござりまする。殊(こと)に親、良人(をつと)、誰(たれ)に拘(かゝは)らず遺言(ゆゐごん)抔(など)を蓄(たくは)へて置(お)いたら妙(めう)でござりませう。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
下を尋ねると雖ども元よりふとん引さがしたる上へ、火鉢の灰抔(など)敵よりなにかなげ込し物と交り不レ分。此時敵ハ唯どん/\計りにて此方に向ふ者なし。
歌舞伎小唄浄瑠璃抔の淫(たわれ)たることを見聴(みきく)べからず。宮寺抔(など)都(すべ)て人の多く集る所へ四十歳より内は余り行(ゆく)べからず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
森鴎外が、『遺言には随分面白いのがあるもので、現に子規の自筆の墓誌抔(など)も愛敬(あいきやう)が有つて好い。樗牛の清見潟は崇高だらうが、我々なんぞとは、趣味が違ふ』
結核症 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
水戸殿浪人或は新徴組抔(など)と唱へ、所々身元宜者共へ攘夷之儀を口実に無心申懸け、其余公事出入等に、彼是申威(まうしおど)し金子為差出(さしださせ)候類有之候処(これありさふらふところ)、追々増長におよび
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこで直に人蔘やカブラやインゲン豆抔(など)を蒔き、殊に多くの馬鈴薯を蒔いた。勿論近所の人に教はつて蒔いたのだが、併し、蒔かれたものは不思議に皆よく発生した。
馬鈴薯からトマト迄 (新字旧仮名) / 石川三四郎(著)
それを身うけが出来る抔(など)と夢みてゐた俺は矢張りお芽出度い坊つちやんに過ぎなかつたのだらうか。
むしろをしきつらね、なべ・やくわん・ぜん・わん抔(など)此雪の棚におき、物を煮焼(にたき)し、濁酒(にごりざけ)などのみ、小童(こども)大勢雪の堂に(いきんだうと云)遊(あそ)び、同音(どうおん)に鳥追哥をうたひ
私(わたくし)が京都を去つて大阪に來たのも一つは其の當時の形勢入求の趣意であるから、渡りに舟と喜んで、木城氏の所へ行つた。無論其時分は文學者にならう抔(など)といふ料見はない。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園、塚原蓼洲(著)
自分の指環や着物抔(など)を与えました、高輪田は其の指環や着物を以て死骸を私と見擬(みまが)う様にし
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
僕の記憶する所では、新聞紙には、二六、国民、毎夕、中央、東京日日の諸紙毒筆を振うこと最甚しく、雑誌にはササメキと呼ぶもの、及び文芸春秋と称するもの抔(など)があった。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
現にバアトンが計測した黒人の penis は平均長さ何吋(インチ)だ抔(など)と註してある。(未完)
と、彼(かれ)は其(そ)れから患者等(くわんじやら)のこと、不潔(ふけつ)な病室(びやうしつ)の中(うち)に苦(くる)しんでゐること、抔(など)を思(おも)ひ起(おこ)す。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
国の方で父の碑を立てるに就て歌抔(など)を集めた遺稿を、東京で印刷して欲しいと云ふので、有島さんに描いて貰つた表紙は赤ちやけた黒いラシャ紙に黒で印刷した素朴で強い感を与へた。
青色(せいしょく)だの紅色(こうしょく)だの又は紫抔(など)を愛するものは之に中し、緋(ひ)や赤を好む者は子供か又は劣等なる地位に居るものと言うて良い、扨(さ)て是から猫は如何なる染色を好むかに就て述べるのであるが
猫と色の嗜好 (新字新仮名) / 石田孫太郎(著)
楼婢(ろうひ)を介して車を頼(たのん)だが、深更(しんこう)に仮托(かま)けて応じてくれ無い、止むを得ず雨を衝(つい)て、寂莫(じゃくばく)たる長堤を辛(ようや)く城内まで漕(こぎ)つけ、藤堂采女(とうどううねめ)、玉置小平太(たまおきこへいた)抔(など)云う、藩政時分の家老屋敷の並んでいる
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
また食事の折々は暖かき料理をこしらえては妾に侑(すす)める抔(など)、万(よろず)に親切なりけるが、約二週間を経て中の島監獄へ送られし後(のち)も国事犯者を以て遇せられ、その待遇長崎の厳酷(げんこく)なりし比に非ず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
一酸化炭素抔(など)を充たしたのがある。
ランプのいろいろ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
始は半(なかば)衛生のため抔(など)といふて居つたものもあつたが、段々柔かい飯を食ひなれると、柔かい方がうま味があるやうに感じて来たのである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
歸(かへ)りも遲(おそ)いが、歸(かへ)つてから出掛(でかけ)る抔(など)といふ億劫(おくくふ)な事(こと)は滅多(めつた)になかつた。客(きやく)は殆(ほと)んど來(こ)ない。用(よう)のない時(とき)は清(きよ)を十時前(じまへ)に寐(ね)かす事(こと)さへあつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「それ持(も)ち出(だ)すんぢやねえ、聽(き)かねえと此(これ)で切(き)つてやんぞ、赤(あか)まんまが出(で)るぞおゝ痛(いて)え」抔(など)とおつぎのいふのが聞(きこ)えた。其(その)度(たび)に庖丁(はうちやう)の音(おと)が止(や)む。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
笠の裏に書(かゝ)んとせしが茶店の亭主仔細らしき顏して二人が姿を見上げ見下(みおろ)し小首傾(かたぶ)け痛はしやいかなる雲の上人の抔(など)云出ん樣子なればチヤクと其笠に姿を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
一 人の妻と成ては其家を能く保(たもつ)べし。妻の行ひ悪敷(あしく)放埒なれば家を破る。万事倹(つづまやか)にして費(ついえ)を作(なす)べからず。衣服飲食抔(など)も身の分限に随ひ用ひて奢(おごる)こと勿れ。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
思へば早く死ぬるが増ならん抔(など)申により皆々(みな/\)寄(よつ)ては諫(いさ)め候ひしが若や是までの言葉の通り嫁に苦勞を爲ん事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
賄方(まかなひかた)杉山、若党曾我、中間木八、吉助、女中うたの七人、昨夜の泊客八人、合計十五人で、其外には屋敷内の旧塾、新塾の学生、職人、人夫抔(など)がゐたのである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
スルと憎(に)くらしいぢやありませんか、道時が揶揄(からかい)半分に、仮令(たとへ)梅子さんからの御報知は無くとも、松島の口から出たのだから仕様(しやう)が在(あ)るまい抔(など)と言ひますからネ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
普通(なみ)の汁粉(しるこ)へ唯(た)だちよいちよいと焼塩(やきしほ)を入(い)れるだけの事だ、夫(それ)から団子(だんご)、道明寺(だうみやうじ)のおはぎ抔(など)があるて。
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
土版には長方形(ちやうはうけい)のものと小判形(こばんがた)のものとの二種有り。用法(ようはう)詳ならずと雖も、恐(おそ)くは身の護(まも)り又は咒(まじな)ひの具抔(など)ならん。中には前述の土偶(どぐう)との中間物の如きものも有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
忽ち糺問(きうもん)は始まりぬ。職業は何ぞ、資産ありや否や、親戚ありや否や抔(など)いふことなりき。我は徐(しづ)かに答へき。わが帶び來たるところのものをば、最早君等に傾け贈りぬ。
むしろをしきつらね、なべ・やくわん・ぜん・わん抔(など)此雪の棚におき、物を煮焼(にたき)し、濁酒(にごりざけ)などのみ、小童(こども)大勢雪の堂に(いきんだうと云)遊(あそ)び、同音(どうおん)に鳥追哥をうたひ
虎井夫人が鉄板の穴で手を引っ掻いた抔(など)も矢張り内々で此の咒語を解釈したいと研究して居る為だ、秀子の手帳を盗んだもそれ、秀子が手帳の事を痛く心配するも矢張りそれだ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「なあに、風位。かう見えたつてわしやまだ/\あんた抔(など)よりは頑丈ですて。へツへ。」
「何を言はつしやるだ、後(あと)の事抔(など)心配せんと……」媼さんは悲しさが胸に一杯になつて来る様に思つた。「気をのんびりと持つてゐさつしやれ、病は気一つぢやといふ程にな。」
若哉(もしや)異國船共參申候はゞ、君臣之節不二相失一處迄は相盡賦(つもり)にて、政照抔(など)至極之決心にて、外兩人義民相募(あひつのり)、三人は必至に罷成居申候間、是等の事ども樂しみにて相暮居候事に御座候。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
廉直(れんちよく)なる方針(はうしん)を取(と)る地方(ちはう)の新聞紙(しんぶんし)、芝居(しばゐ)、學校(がくかう)、公會演説(こうくわいえんぜつ)、教育(けういく)ある人間(にんげん)の團結(だんけつ)、是等(これら)は皆(みな)必要(ひつえう)缺(か)ぐ可(べ)からざるものである。又(また)社會(しやくわい)自(みづか)ら悟(さと)つて驚(おどろ)くやうに爲(し)なければならぬとか抔(など)との事(こと)で。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)