そら)” の例文
直ぐに其の音を打消す他の響が傳はる。これは不來方こずかた城畔の鐘樓から、幾百年來同じ鯨音おと陸奧みちのくそらに響かせて居る巨鐘の聲である。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それより奥の方、甲斐境かいざかい信濃境の高き嶺々重なりそびえてそらの末をば限りたるは、雁坂十文字かりさかじゅうもんじなど名さえすさまじく呼ぶものなるべし。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
日光の隠顕いんけんするごとに、そらの色はあるいは黒く、あるいはあおく、濃緑こみどりに、浅葱あさぎに、しゅのごとく、雪のごとく、激しく異状を示したり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真暗になったそらから、パラパラと雨が落ちて来たのをさとった時分に、船は大きな丘に持ち上げられるような勢いですべり出しました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そらを仰ぎ、地をたたきて哭悲なきかなしみ、九三ともにもと物狂はしきを、さまざまといひなぐさめて、かくてはとてつひ九四曠野あらのけぶりとなしはてぬ。
しかし、こう話を向けられても、人々は苦々にがにがと口をかんしたきりだった。——とはいえ、それほどな張清でも、そらける鬼神ではない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折から月は全く西のに落ちて、水やそら、黒白も分かぬ沖の方に、さながら砂塵すなぼこりのごとき赭土色のもうもうと立ち迷うを見たり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
また、惝怳しょうこうのはげしい羽摶きとともに、彼女の澄みかがやく双つの瞳がそらの藍に深く吸ひこまれてゆく、美しい忘我の時があるのである。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
まっしぐらにそら高く飛んだかと思うと、やがてまた一同の頭の上ちかく三回ほどまわって、やがてふたたびかなたの森をさして飛び去った。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
陽春三月の花のそら遽然きよぜん電光きらめけるかとばかり眉打ちひそめたる老紳士のかほを、見るより早くの一客は、殆どはんばかりに腰打ちかがめつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
磯長しながの小ゆるぎの荒浪千鳥。荒浪のそらうつ波の逆まきのとどろきが上、あああはれ、また向き向きに、稲妻のさをおびえに連れ連れ乱る。啼き連れ乱る。
あれ、ルウヴルの屋根の上、のぞみの色のそらのおく、ちろりちろりとひとつぼし。おお、それ、マノンの歌にも聞いた。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
是ぞ源、是ぞ火花、後延びて強き炎となり、あたかもそらの星のごとくわが心に煌めくものなる。 一四五—一四七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
処々にこぼしたやうに立つてゐる赭ちやけた砂山と、ひらみつくやうに生えてゐるくすや樫の森などの続いてゐる果てなる空、南の方はそら鶏卵たまご色に光を帯びて
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
月はまだそらのなかにいる。流れんとして流るる気色けしきも見えぬ。地に落つる光は、ゆる暇なきを、重たき温気おんきに封じ込められて、限りなき大夢を半空にく。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われは飛ぶが如くに、里といふ里を走り過ぎて、早く海に到らんことを願へり、風吹く海に、下なるそらの我を載すること上なる天の我を覆ふが如くなる處に。
朝の内、淡雲そらを蔽ひたりしが、九時ごろよりは、如何にも春らしき快晴、日は小斎の障子一杯に射して、眩しき程明るく、暖かさは丁度四五月ごろの陽気なり。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
みん万暦ばんれきはじめ閩中みんちゆう連江といふ所の人蛤をわりて玉をたれども不識みしらずこれをる、たまかまの中にあり跳躍をどりあがりしてさだまらず、火光くわくわうそらもゆ里人さとびと火事くわじならんとおどろき来りてこれを救ふ。
そらの大きさ、風の強さ、草の高さ、いずれも恐ろしいほどにいかめしくて、人家はどこかすこしも見えず、時々ははるか対方むこうの方をせて行く馬の影がちらつくばかり
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
無言で彼女を眺めながら、ラエーフスキイは心の中で詫びを言い、もしそらが空っぽなのではなく本当に神がいますのなら、神はきっと彼女を守って下さるだろうと考えた。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
筑波の頭からくういて湖に落込むいなずまぴかりぴかりと二筋三すじ、雷が鳴る、真黒の雲見る見る湖のそらに散って、波吹き立つる冷たい風一陣、戸口の蘆のそよと言い切らぬ内に
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
金泥きんでいそらにながしていろどつた眞夏まなつのその壯麗そうれいなる夕照ゆうせふたいしてこころゆくまで、銀鈴ぎんれいこゑりしぼつてうたひつづけた獨唱ソロ名手めいしゅそらとりはねをとどめてそのみゝかたむけた、ああ
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「此処のそらの色、此処の水の色、あなたを子供にしてくれた。気に入りましたか?」
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
母様のは菫のように青く、星の様に輝いて居た。そらの光が輝いて居ったから。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
或日、そら長閑のどかに晴れ渡り、ころもを返す風寒からず、秋蝉のつばさあたゝ小春こはるの空に、瀧口そゞろに心浮かれ、常には行かぬかつら鳥羽とばわたり巡錫して、嵯峨とは都を隔てて南北みなみきた深草ふかくさほとりに來にける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それに次いでダニーロの眼には(茲で彼は、夢を見てゐるのではないかと、そつと自分の口髭に触つてみた)もはやその部屋の中が、そらではなくて、今度は我が家の寝室になつて見えだした。
「知らないでどうするものか。見よ東海のそらあけて——僕、日本人だもの」
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
乾坤けんこんの白きに漂ひて華麗はなやかに差出でたる日影は、みなぎるばかりに暖き光をきて終日ひねもす輝きければ、七分の雪はその日に解けて、はや翌日は往来ゆきき妨碍さまたげもあらず、処々ところどころ泥濘ぬかるみは打続く快晴のそらさらされて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
星はそらの戸を開けてしんみりとして夕暮の曲のを奏でてゐる。
愛は、力は土より (新字旧仮名) / 中沢臨川(著)
そらの御殿からは、天人がうたふ、長閑のどかたのしい唄が聞えて来ました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
その魚が空を蔽へば、日も曇つて、そらの森に赤児が泣く。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
そして、さあ、と小声で云いながらそらを見上げた。
(新字新仮名) / 久坂葉子(著)
仰天天碧如海 そらを仰げばそら碧うして海の如く
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
ひびき、はた又關門をうつ音、高くそらに入る。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
という不思議なささやきがそらから聞えました。
たずねびと (新字新仮名) / 太宰治(著)
あることはみんなそらの書に記されて
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
そらと人とのなかを過ぐ。
秋の小曲 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
そらのはてより地のはてに
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
ああ聖きかな、そらの上
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
目にうつるそらのひらめき
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
秋のそら殊に未だけず
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
落つるそらくもめて
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
そらといふらしさかづき
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
あゝ そらを射む
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
そらの海をゆく
天の海 (新字新仮名) / 今野大力(著)
直ぐに其の音を打消す他の響が伝はる。これは不来方城はんの鐘楼から、幾百年来同じ鯨音おと陸奥みちのくそらに響かせて居る巨鐘の声である。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
今日の晴雨をつまびらかに考ふるなるべしと思へば、そらのさま悪しゝ、舟出し難しなど云はれんには如何せんと、傍観わきみする身の今さら胸轟かる。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それの革鞄のかぎを棄てた事です。わたくしは、この、この窓からはるかたつみそらに雪を銀線のごとく刺繍ぬいとりした、あの、遠山の頂を望んで投げたのです。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一一〇五更ごかうそら明けゆくころ一一一うつつなき心にもすずろに寒かりければ、一一二ふすまかづかんとさぐる手に、何物にや籟々さやさやと音するに目さめぬ。
するとそら穹窿きゅうりゅうのようなものが出来あがる。一つの大きな月と、それを取り巻いている沢山たくさんの小さな星たちと。ところがこの月は成功しない。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)