)” の例文
またあたりは妙に森閑しいんと静まり返って再び山の墓場は木の葉の落ちる音一つ聞えるくらいの侘しい澄んだ黄昏たそがれの色に包まれめたが
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
低い人家の軒にはもう灯がつきめて、曇つたまゝに暮れて行く冬の空は、西のはづればかりが黒い瓦屋根の上に色もなく光つて居る。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
春に誇るものはことごとくほろぶ。の女は虚栄の毒を仰いでたおれた。花に相手を失った風は、いたずらにき人の部屋にかおめる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
堂とは一町ばかりあわいをおいた、この樹のもとから、桜草、すみれ、山吹、植木屋のみちを開きめて、長閑のどかに春めく蝶々かんざし、娘たちの宵出よいでの姿。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊織は京都でその年の夏を無事に勤めたが、秋風の立ちめる頃、或る日寺町通の刀剣商の店で、質流れだと云う好い古刀を見出した。
じいさんばあさん (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「螢狩だ。朝顔日記宿屋の段、以来僕は『一年ひととせ宇治の螢狩に、焦がれめたる恋人と』というところを聴くと、涙滂沱ぼうだたるものがある」
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「少年世界」は恰も我が小學へ通ひめし頃世に出でたれば、我が頭にいちはやく彫られしは小波山人の懷しき名にほかならず。
そうしてその跡を附けて往った車の若い女のことを、その姿を見もしないのに、何んとなく懐しくおもめているように見えた。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
山路は岩も隠れるまで、桂はもとより、もみじも待たで散りめる、種々のかえでや朴、橡、楢などのひろ葉で埋められてゆく。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
火箭が飛ぶ、火が油に移る、嗚呼そのハツ/\と燃えむる人生の烽火のろしの煙の香ひ! 英語が話せれば世界中何処へでも行くに不便はない。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
卓上のクロッカスの鉢植えの花は、睡むそうに首を垂れめた。本棚の上に置かれてあるバスコダガマの青銅像ブロンズの額の辺へも陰影がついた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
都の花はまだ少し早けれど、逗子あたりは若葉の山に山桜さくら咲きめて、山また山にさりもあえぬ白雲をかけし四月初めの土曜。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
少焉しばし泣きたりし女の声はやうやく鎮りて、又湿しめがちにも語りめしが、一たびじようの為に激せし声音は、おのづから始よりは高く響けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
はるか向ふに薄墨色をしてゐるやまから、夕靄ゆふもやが立ちめて、近くの森や野までが、追々薄絹に包まれて行くやうになつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そして、鶴見へ入る手前で、ようよう雲に鈍い薄あかりがさしめて、雨が上るらしく、降りも少くなって来たし、雲の脚が早く走り出した。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
車道と人道の境界さかいに垂れたる幾株の柳は、今や夢より醒めたらんように、吹くともなき風にゆらぎめて、凉しき暁の露をほろほろと、こぼせば
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帰りには極楽寺ごくらくじ坂の下で二人とも車を捨てて海岸に出た。もう日は稲村いなむらさきのほうに傾いて砂浜はやや暮れめていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
十八になつたばかりの、咲きめた櫻のやうに美しいお仙は、町内の花見の連中に加はつて、飛島山あすかやまへ行つたのです。
その年の鎌倉は、石曳いしびうた手斧ちょうなの音に暮れ、初春も手斧のひびきや石工いしくの謡から明けめた。——鎌倉へ、鎌倉へ。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瑠璃るり色の松虫草と、大原の水分を一杯に吸い込んで、ふくらんだような桔梗ききょうのつぼみからは、秋が立ちめている。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
夏のは短い。老拱等が面白そうに歌を唱い終ると、まもなく東が白みめ、そうしてまたしばらくたつと白かね色の曙の光が窓の隙間から射し込んだ。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
彼は明けめた緑色の戸外へ、何事でも困るとその場を捨てる彼の持病を出して、さっさとひとりで出ていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
こちらから押しかけあそばしますてんだ——一年ひととせ、宇治の蛍狩り——こがれめたる恋人と語ろう間さえ夏の夜の——とおいでなさる……チチンツンツン
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
星の光も見えない何となく憂鬱なゆうべだ、四隣あたりともしがポツリポツリと見えめて、人の顔などが、最早もう明白はっきりとはわからず、物の色がすべきいろくなる頃であった。
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
ようよう世心よごころの付きめて、男装せし事の恥かしく髪を延ばすに意を用いたるは翌年十七の春なりけり。この時よりぞ始めて束髪そくはつの仲間入りはしたりける。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
むせびきのこゑきこえめて斷續だんぞく言葉ことばそのことともきゝわきがたく、なかばかかげしのきばのすだれかぜおとするゆふぐれさびし。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
文麻呂 (しばらくはあきれたような顔をしていたが)そうか、……まあ、いいさ。……つまり、まだほんの「恋知りめぬ」と云ったばかりの所なんだな。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
汽車は、美奈子の心の、恋を知りめた処女の苦しみと悩みとを運びながら、グン/\東京を離れて行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
日本一の美男と美女じゃもの。これが一所いっしょにならぬ話の筋は世間にあるまい……といったような自惚うぬぼれから、柄にない無理算段をして通いめたのが運の尽き。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かかえて物干台に出るそうして冷たい夜気にれつつ独習を続け東がほのかに白みめる刻限に至って再び寝床に帰るのである春琴の母が聞いたのはそれであった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「磐が根のこごしき山に入りめて山なつかしみ出でがてぬかも」という歌があり、これは寄山歌だからこういう表現になるのだが、むしろ民謡風にらくなもので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
祈願の終つて後にこそと心を控へて伺ふに、彼方は珠数を取り出して、さや/\とばかり擦りめたり。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
みづか穿うがちてりし白き墓穴はかあなよりふみまゐらせさふらふおん別れ致してみづからを忘れりしに船は動きめしにさふらふわたくしの気附きさふらひしもまこと一二時間ののちさふらひけん。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
二月の末には梅が咲きめた。障子をあけると、竹藪たけやぶの中に花が見えて、風につれていい匂いがする。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
余は大恩ある叔父の言葉に背く訳にも行かず又今まで外に見めた女も無かったから其の約束に従い、何時でも余の定める日を以て婚礼すると云う事に成って居るが
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
とおを出たばかりの幼さで、母は死に、父はんで居る太宰府へくだって、はやくから、海の彼方あなたの作り物語りや、唐詩もろこしうたのおかしさを知りめたのが、病みつきになったのだ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
桃や桜がそろ/\咲きめましたが、小左衞門はとんと外出を致しませんで、奥にばかり引籠り、うつ/\致して居りまするので、家来の丈助も心配でございますから
不信の波の何時しかに、心のふちに立ちめて、底のにごりを揚げつらん、今日まで知らで我れ過ぎぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
まだすその短かい服を着て、ほころめぬつぼみの花といった風情ふぜいでね、赤くなって、朝焼けのようにぱっと燃え立つんですよ(もちろん、もうちゃんと言い聞かせてあるんで)
夏は人々暑さを避けんとて餘所よそうつり給へば、われ獨り留まりて大廈の中にあり。涼しき風吹きむれば人々歸り給ふ。かく我は漸く又此境遇に安んずることゝなりぬ。
誓って馴れめました仲ではござりますなれど、わたくしは家つきのひとり娘、御領主様の御恩も忘れてはなりませぬ。親共が築きましたる宿の差配もせねばなりませぬ。
そこで中宮は、あからさまに言葉に出して言われる。中宮、「無下に思ひくんじにけり。いとわろし。言ひめつることは、さてこそあらめ」。彼女、「人に随ひてこそ」。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そもそも女にめた時分、それからつい去年の五月のころ、女の家に逗留とうりゅうしていた時分に見て思っていた母親とは、まるで打って変った悪婆らしい本性を露出して来た。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あの、早春の鉛色なまりいろの空を背景にして、ふしくれだった、そしてひねくれ曲がった枝に、一輪二輪とほころめるところは、清新フレッシュな、本当になんとも言われない妙味のあるものです。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
一言ひとこと……今一言の言葉の関を、えれば先は妹背山いもせやま蘆垣あしがきの間近き人を恋いめてより、昼は終日ひねもす夜は終夜よもすがら、唯その人の面影おもかげ而已のみ常に眼前めさきにちらついて、きぬたに映る軒の月の
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これからウィイゼル迄は可成りの航程だし、其処は、折柄灯のつきめた河岸の町を望見して絵のような景色なので、一つにはそれが、エドワルド氏の愛妻の気に入ったのだろう。
海妖 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
やゝ曇りめし空にたかむらの色いよ/\深くして清く静かなる里のさまいとなつかしく
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
されど五重の塔の屋根には日向ひなた日陰ひかげといろいろにある故に、一処ひとところより解けむると思へば次第々々に此処彼処ここかしこと解けて、果てはどこもかも雫が落つるやうになりたりといふ意なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして又、「オセイ」という不可思議なる三字に、彼は果して如何なる女性を想像したであろう。ともすれば、それは世の醜さを知りめぬ、無垢むく乙女おとめの姿であったかも知れないのだが。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
カルデヤの牧人が見出した夕べの星が輝きむる時刻となると一勢に地にひれ伏して、彼女とミユーズの対面の光景、彼女に依つて告げられるところの己れの姿を想像して、戦き、怖れ、感謝して
歌へる日まで (新字旧仮名) / 牧野信一(著)