こと)” の例文
「それだからこの息子は可愛かわいいよ」。片腹痛いことまで云ッてやがて下女が持込む岡持のふたを取ッて見るよりまた意地の汚いことをいう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
毎朝まいあさ、このまどのところへ、べにすずめがきます。あれにことづけしてもらえば、おかあさんは、だれかきっとわたしむかえによこしてくれます。
春近き日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
始は査官ことを尽して説きさとしけれど、一向に聞入れねば、止むことを得ずして、他の査官をやとひ来りつ、遂に警察署へ送り入れぬ。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
だがあなたのように滅法に熱してしまって大声を出されては、私は一ことも口を出せませんよ。私の知りたいのはこういうことなんです。
娘奴めやつこは二ことと問ひかけなかつた。一晩のさすらひでやつれて居ても、服装から見てすぐ、どうした身分の人か位の判断はついたのである。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
『ふン……後の加勢が来るあいだ、世囈い言を聞いていたほうが、其っに取っては、無難ではないか。——今度はお小夜に一こと云おう』
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は一とこと一と言に頬ずりをしてから、ようようリリーを下に置いて、忘れていた窓の戸締まりをし、座布団ざぶとんで寝床をこしらえてやり
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
病人はそののちこともものを言わない。もう口の周囲まわりに見えていた微笑ほほえみの影も消えた。今は真面目まじめな、陰気な顔をしてくうを見詰めている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
なお、近くにある、但馬皇女の、「ことしげき里に住まずは今朝鳴きし雁にたぐひて行かましものを」(同・一五一五)という御歌がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
浜野知三郎さんのことに拠るに、「北条子譲墓碣銘」は山陽の作つた最後の金石文であらうと云ふことである。霞亭の家は養子退たいが襲いだ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
現世げんせ生活せいかつにいくらか未練みれんのこっている、つまらぬ女性達じょせいたちことをいつまで申上もうしあげてたところで、そう興味きょうみもございますまいから……。
私にしがみついて、懐へ顔をかくして、いやいやをしたもんだから、ついぞ荒いことをいったこともない旦那が、何と思ったか血相を変えて
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すみやかに去れといふ。真女子まなご涙を流して、まことにさこそおぼさんはことわりなれど、二三三せふことをもしばし聞かせ給へ。
人なみ/\の心より、思へばなれはこの我を、憎きものとぞうらむらん、われも斯くこそ思ひしが、のりの庭にてなれにあひし、人のことの葉きゝけるに
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
姫君は東の室に引き込んで横になっていたが、宰相の君が宮のお言葉を持ってそのほうへはいって行く時に源氏はことづてた。
源氏物語:25 蛍 (新字新仮名) / 紫式部(著)
田代 いや、しかし、僕が、はじめてお前さんの家へ行つた時、劉君のことづけだけを伝へて、それで満足すれば、なんのことはなかつたんだ。
昨今横浜異聞(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「これは歌の御本ね。『古今集』の序に、やまと歌は人の心を種として、よろづのことの葉とぞなれりける、とあったもの。」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
夫は僕の方で云うことだ、君こそ心を失ッたのだろう、僕が発見した敵の灸所は今まで詮策したうちで第一等の手掛じゃ無いか
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
間さん、私想ふのですね、究竟つまりかう云ふ女が貴方に腐れ付いてゐればこそ、どんなに申しても私のことは取上げては下さらんので御座いませう。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それがすむまで、ただのひとっことでも、おまえの口からもれたら、せっかくのしごとがそっくりふいになってしまうのさ。
四十歳よそじにもあまりぬる人の色めきたるかた、おのずから忍びてあらんは如何いかがはせん。ことに打ち出でて男女のこと、人の上を
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
成経が、それに堪えかねて、二ことこと言葉を返すと、俊寛はすぐかっとなって、成経につかみかかろうとして、基康の手の者に、取りひしがれた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「云うぞ、ほんとのことを云うぞ」酔いつぶれている老人が、また(同じことを)どなり、こんどはふらふらと顔をあげた。
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「天皇をたすけて天の下を定めたまふ。つねつかへまつりたまふ際に於いて、すなはこと政事に及びて、たすけ補ふ所多し」と記してある。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
田舎言葉ゐなかことばには古言こげんのまゝをいひつたへてむかしをしのぶもあれど、こと清濁せいだくをとりちがへて物の名などのかはれるも多し。
さうして無口な子が時時ときどきこと交りに一つより知らぬ讃美歌の「夕日は隠れてみちは遥けし。我主わがしゆよ、今宵こよいも共にいまして、寂しきこの身をはぐくみ給へ。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
然れどもこともちて白す事は、それゐやなしと思ひて、すなはちその妹の禮物ゐやじろとして、押木の玉縵たまかづらを持たしめて、獻りき。
其歌と云ったら、意味のある様なないようなものだが、如何にも美しい声で節面白う歌うので、聞く者は皆含笑ほほえむ。また如何にも奇妙なことをいう。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
が、こと二タ言話して見ると極めて世事慣せじなれていて、物ごし態度も沈着払おちつきはらっていて二つも三つも年長としうえのように思えた。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「川さん、ファザアならファザアだと、なぜひとこといってくれなかったんです。たいへんなことになるところだったわ」
復活祭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そうなると恐ろしいもので、物を云うにも思い切ったことは云えなくなる、はずかしくなる、極りが悪くなる、皆例の卵の作用から起ることであろう。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
この母の前へ出ると自分のさいなどはみじめな者。妻の一こといううちに母は三言五言みこといつこという。妻はもじもじしながらいう。母は号令でもするように言う。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其文そのふみびらけばたゞ一トこと美尾みをにたるもの御座候ござさふらふ行衞ゆくゑをおもとくださるまじく、此金これまちちゝをとのねがひに御座候ござさふらふ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
米国へ持込んだら屹度きつと三万円には売れるだらうといつた、その一こと標準めやすに、大負けに負けて一万円といふのださうな。
煩悩六根の為めに妨げられたる其方そちの心では、わがことはえ分るまいが、古き法類ぢや、少時しばしわがいふことを聞かれよ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
心たふとくやさしき人は他人の願ひ、言語または擧動によりて外部にあらはるればことせてその願ひをいなまず、直ちにこれを己が願ひとひとしうす
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
わたしはこの地上に三十年ばかり生きているが、先輩から価値のある助言、いや真剣さをもっているだけの助言さえ、まだひとことも聞いたことがない。
お宅が芝居のおけいこばになっているから見に来てくれるようにとおことづてのあったおり、わたくしは何ともいえぬ和気藹々わきあいあいとしたものを感じました。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
奥様は今までが今までで、言うに言われぬ弱味が御有なさるのですから、御心配のあまり、私までも御疑いなさるようなことを二度も三度も仰いました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ヂュリ おまへ言葉ことばはまだ百こととはかなんだが、そのこゑには記憶おぼえがある。ロミオどのではいか、モンタギューの?
我がどちやことにこそね、今さらの連れにもあらねば、ただ二人ほつりほつりと、日の暮はほつりほつりと、また家路さしくだるのみなり。下るのみなり。
彼は上官の命令を守るについて不服はなかったけれど、ことでもよいから、出動方面を教えてもらいたかった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ことは簡なれども、事情の大方はすいせられつ。さて何とか救済の道もがなと千々ちぢに心をくだきけれども、その術なし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
同巻十一の「山吹やまぶきのにほへる妹が唐棣花色はねずいろの、赤裳あかものすがたいめに見えつつ」、同巻十二の「唐棣花色はねずいろの移ろひ易きこころあれば、年をぞ来経きふことは絶えずて」
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
何でもない、當然の容子で、爐格子を磨けとか、または大理石のを綺麗にしろとか、または壁紙を貼つた壁のよごれを取れとか、ほんの、ひとこと云つて
知たるかと時に取ては氣轉きてんの問條此方は聞も及ばざれど名高き奉行はこといつはりあらじとおもひしかば如何にもおほせの通りにて心得ゐるよし答へけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これただ二、三の例証に過ぎませんが、人生の各局部に於て陰に陽に女子が国家の富強に及ぼす映響の莫大なるは、今更こと新しくぶる必要はありません。
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ことにもこれをいわずして、家内、目を以てするの家風を養成すること最も必要にして、この一策は取りも直さず内行防禦の胸壁とも称すべきものなり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「皆の衆……その皆の衆というのは山窩の連中に云うたことじゃろう……表の群集の中に怪しい者は居らんじゃったか。様子を見届けに来たような者は……」
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おそれながら御前ごぜんさまはお大名だいみやう御身おみりながら、お月さまとおほせられましては、小児せうに童子わらべことにて、歌俳諧うたはいかいにでも月は月で事はますやうぞんじます。
昔の大名の心意気 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)