よこた)” の例文
造花の威厳を讃せざる、天人間によこたはれる契点を山なりとすれば、山の天職たるけだし重く、人またこれを閑却するを許さざるなり。
山を讃する文 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
装飾のない室の外は葭簀よしず日避ひよけをした外縁ヴエランダになつてゐて、広々した海湾の景色は寝台の上によこたはりながら一目ひとめ見晴みはらすことが出来る。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
つるつる坊主の蒼白そうはくの顔に、小さなしまの絹の着物を着せられて、ぐったりよこたわっている姿は文楽か何かの陰惨な人形のようであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
結婚を生死の間によこたわる一大要件と見傚みなして、あるゆる他の出来事を、これに従属させる考えの嫂から云わせると、不可思議になる。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女の衰えた身体からだは、正太の祝言を済ました頃から、臥床とこの上によこたわり勝で、とかく頭脳あたまの具合が悪かったり、手足が痛んだりした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一瞬ののち、蜂は紅い庚申薔薇の底に、嘴を伸ばしたままよこたわっていた。翅も脚もことごとく、においの高い花粉にまぶされながら、…………
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
よ、かしらなきむくろ金鎧きんがい一縮いつしゆくしてほこよこたへ、片手かたてげつゝうままたがり、砂煙すなけむりはらつてトツ/\とぢんかへる。陣中ぢんちうあにおどろかざらんや。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
秋もう末——十月下旬の短い日が、何時しかトツプリと暮れて了つて、霜も降るべく鋼鉄色はがねいろに冴えた空には白々と天の河がよこたはつた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
(一)村尾某は東丘村ひがしおかむら(東西に長くよこたわる右足湖の東の地を云う。湖口は東丘村が湖にのぞむところを云う)から、右足湖を越えて
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
承託を受けると男は忽然こつぜん欣喜雀躍きんきじゃくやくとして、弱い灯を受けつつ車体をよこたえて客待ちして居る陰気な一台の円タクを指先で呼び寄せました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
そしてやがて「最後の檉柳タマリスク残骸ざんがいが塩野原によこたわるのを後にすると、最早もはや死の世界ではない。全然生を知らぬ世界」となって来た。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
書生の指さすドアの外を見ると、小牛の様なシグマが、全身あけに染まって、悲しいうなり声を立てながら、グッタリとよこたわっていた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
れを縁台えんだいのようによこたえて、彼の女は上に腰を掛けたり踏み歩いたりしたが、黒ん坊の体は折れもしなければ曲りもしない。………
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
海も珍しくいでいた。入江を越えた向うには伊豆が豊かによこたわり、炭焼らしい煙が二三ヶ所にも其処の山から立昇っているのが見えた。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
杉村は頭を、山本は足を、二人で持ち上げ死体を赤い友禅の蒲団の上によこたえた。それはいかにも醜い顔の二十五六の男であった。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
すると、ヤエ子は眠ったようによこたえてある形が見なれて居るので、始めの一瞥で彼女の小さい顔が、白布で包んであるのが分らなかった。
さら取直とりなをして、暗黒々あんこく/\岩窟内がんくつないてらると、奧壁おくかべちかくにあたつてる、る、ひとほねらしいもの泥土でいどまりながらよこたはつてえる。
両国橋は鉄橋になつてにじのやうな新興文化の気をよこたへてゐる。本所ほんじよ地先の隅田川百本杭は抜き去られて、きれいな石垣になつた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
たとえば我々が能く動物の種々の機関および動作の本によこたわれる根本的意義を理会するのは、自分の情意を以て直にこれを直覚するので
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
封建武士の心胆は、その腰間ようかんよこたう双刀の外に出でず。この時にして徳川幕府の万歳ならざらしめんと欲するも、もとよりあたわざる所なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「この岩の上です。角川の阿父おとっさんの屍体がよこたわっていたのは……。」と、巡査が指さして教えた。忠一は粛然として首肯うなずいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おつぎはそれからまたいて與吉よきち死骸しがいごとよこたはつて卯平うへいとをた。おつぎは萬能まんのういて與吉よきち火傷やけどした頭部とうぶをそつといだいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
僕は電燈を消して、妻のそばへ身をよこたえたけれど、なかなか眠れない。妻のすやすやとやすんでいる平和な寝息が聞えていました。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
赤や金色や灰色の淡い筋がはじめて地平線をはてから涯までかくした時、彼等は川上によこたわっている町や村かの大きな黒影を見た。
船頭達を、警察と医者と子供の実家へ走らせた後、女は岩の上によこたわる無残な二つの死体を弔い顔に、こう話しはじめました。
呪の金剛石 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
中川の澪は洲崎の沖の方に東より来りてよこたはれるなるが、本澪、上総澪、台場附近と共にこれらの澪筋もまた釣魚の場所たり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
おゆうが帰って来たとき、お島は自分の寝床へ帰って、おもての様子に気を配りながら、まんじりともせず疲れた体をよこたえていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かれは仕様がないので、舞台の上に身をよこたえ、死んだふりなどして見せた。せっぱつまった道化である。これが廃人としての唯一のつとめか。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日本の巡査も交番を撤廃してう云ふ具合に使用したいものである。支那商店の軒頭けんとうからは色色いろいろの革命街上がいじやうへ長い竿をよこたへて掲げて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
南万丁目みなみまんちょうめ屋根換やねがえの手伝てつだママにやられた。なかなかひどかった。屋根の上にのぼっていたら南の方に学校が長々とよこたわっているように見えた。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これ岩櫃山いわひつやまというて正平しょうへい年間吾妻太郎行盛あがつまたろうゆきもりの城跡、巨巌重畳きょがんじゅうじょう、断崖聳立しょうりつ、山中に古戦場あり、今日に及んでなお白骨のよこたわるものありという。
私達は鎧戸を半分とざして、ホームズはソファの上によこたわりながら、その朝郵送された一通の手紙をくり返し読んでいた。
入院患者 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
すでに体温を失つた、ひとつの単なる肉塊が、足もとによこたはつてゐるのであつた。しかもなほ、その毒々しさが、目に堪えがたい不愉快だつた。
この関野氏が、ある時支那の西域せいゐきで発掘せられた木乃伊の鑑定を頼まれた事があつた。棺のなかには白絹しらきぬで叮嚀に巻かれた屍体がよこたはつてゐた。
この心を知らずや、と情極じようきはまりて彼のもだなげくが手に取る如き隣には、貫一が内俯うつぷしかしら擦付すりつけて、巻莨まきたばこの消えしをささげたるままによこたはれるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
れいの石がちやんとしたよこたはつて居たので其まゝみ、石をだい濡鼠ぬれねずみのやうになつてにぐるがごとうちかへつて來た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
多分風をひいたのだろう。明日あすになればなおってしまうと、彼は昨日あたりまで平気で床の中によこたわっていたが、今日はなかなか苦しそうに見えた。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
中には白く骨の如くになって立ち枯れしたものもある。あるいは枯れて倒れて草の中に縦横によこたわっているものもある。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
新田青年は再び寝台ベッドよこたわり、静かな気持で事件を考え直してみた。——幾ら考えても、然しそれは謎のまた謎である。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大工が何時間働こうと汽車がいくら走ろうと、玄米が何銭であろうと、私の知った事ではないという心が、早速、私の腹の底へよこたわるのであった。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
さすがのみやこも冬枯れて見るものさびしく寒きが中にの東山を見れば、これも春の頃のなまめきたる様子を捨ててただひつそりと寒さうによこたはる処
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
現世の昏迷こんめいに身を投じ、救いも解決もなく、ただ不安に身をよこたえられたその捨身しゃしん故にこそ菩薩として仰がるるのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
笑と酒は人と人との間によこたはる邪魔を直ぐさま追拂つて、めいめいの話聲も高くなり、話題の少ないのをまぎらす女達の笑聲は絶間がなくなつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
喜太郎は、勝彦をんで捨てるように非難しながら、座敷の真中に、生死もわからずよこたわり続けている勝平の方へ行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『嬉遊笑覧』に、『萩原随筆』に蛇の怖るる歌とて「あくまたち我たつみちによこたへば、やまなしひめにありと伝へん」
私の意識はやうやく家族の身上に移つて行つた。不安と驚愕きやうがくとが次第に私の心を領するやうになつて来る。私は眠薬を服してベットの上に身をよこたへた。
日本大地震 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
殺されてつめた血汐ちしおのなかによこたわったことは事実であった。けれども慈悲深い死の翼あるその矢のために、駒鳥は正直な鳥の、常に行くべきところへ行った。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
真に恋する同志には、たといどんな障碍物がその間によこたわってろうとも、かのラジオの電波が通うように、その心臓の搏動の波は互に通い合うと思う。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そうなった前途には恐ろしい危険がよこたわっていはすまいか。一体世間の人はこんな問題をどう考えているだろう。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼女にはわずかにその輪廓りんかくだけしか想像されずにゐた長い争闘によつてきずついた青年がそこによこたはつてゐた。彼女はあわれむやうに青年の姿を改めて見直した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)