そこ)” の例文
狸のそこねと言つてるんだよ。つまり君自身では一ぱし化けおほせた積りだらうが、世間の眼からは尻つ尾が見えるといふんだね。
此の人も色々そこなってそんをいたして居りますが、漸々よう/\金策を致しまして三千円持って仕入れに参りまして、春見屋へ来まして。
「そうかい、もうそこなったね。——だが、あの伝馬勤めの、蔵六とかいう、牢番の伜は、本町の薬問屋に奉公していた人じゃない」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人あるじや客をはじめ、奉公人の膳が各自めいめいの順でそこへ並べられた。心の好いお仙は自分より年少とししたの下婢の機嫌きげんをもそこねまいとする風である。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると鶴屋の主人あるじもついついその話につり込まれて六、七年前に大酒たいしゅで身をそこねた先代の親爺おやじから度々聞かされた話だといって
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
平次は少し機嫌をそこねております。黙ってうな垂れるお藤——自分の出過ぎた態度を後悔している様子が、いかにもいじらしい姿でした。
「そうかね」、大叔父は多少機嫌をそこねて言った。「そんならそうと勝手にするがいい。だが、わしにはその世話はできないよ」
彼の機嫌をそこねはせぬかと惴々焉ずいずいえんとしておそれるものの如くである。彼には妻がある。彼の食事の支度に忙しい婢女はしためも大勢いる。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お前はちっとも心配しんぺえするこたねえや。己たちゃ間違ったこたぁしねえよ、己たちはな。でえ一、お前は今度の仕事をやりそこねた。
綱雄さんが来たらばっつけて上げるからいい。ほんとに憎らしい父様だよ。と光代はいよいよむつかる。いやはや御機嫌ごきげんそこねてしもうた。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
少し高い所からは何処どこまでも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰りそこねた二匹のありのようにきりきりと働いた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「やはり、一種の結論でしょう、な」これは猫八には先に虎のお終いでちょッと言いそこないをしたと思えた、その取り返しのつもりであった。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
爺さんが筋向すじむこうの医者の門のわきへ来て、例のそこなった春のつづみをかんと打つと、頭の上に真白に咲いた梅の中から、一羽の小鳥が飛び出した。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
非常におびえていた花散里をいろいろと慰めてから、家司けいしを呼んでそこねた所々の修繕を命じて、それから南の町へ行った。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
由って広い世界の空気を吸いそこない、人間が大きく太り兼ねたこと、また大志大望あるものが世界を相手に競争の出来なかったこと等をおもえば
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
次郎さんの小さな時、えんの上から下に居る弟を飛び越し/\しては遊んで居ると、たまたま飛びそこねて弟を倒し、自分も倒れてしたゝか鼻血はなぢを出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
(一行あき。)僕は、僕もバイロンに化けそこねた一匹の泥狐どろぎつねであることを、教えられ、化けていることに嫌気が出て、恋の相手に絶交状を書いた。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これ丈けの人数を抱えて失業をしては大変と、只管ひたすら消極的齧附主義かじりつきしゅぎを奉じて来たので、出世をしそこねた。夫婦の一生は全く子供の為めの一生だった。
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
久野がちょっと舵を入れそこなったらどうだろう。たちまち艇は追い抜かれたかも知れない。真に危うい勝敗であった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
いつであつたか、「い男は年を取るとそこねるから、おれのやうな醜男子の方がとくだ」と、をつとの云つたことがある。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
思ふに虎になりそこなつた彼は小説家になりそこなつた批評家のやうに、義理にも面白おもしろいとは云はれたものではない。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
召使ひだつて、私の肩を持つたおかげで、若旦那さまの御機嫌をそこねるのは、氣がすゝまないし、リード夫人に至つては、全然これには眼を閉ぢてゐた。
「学校の先生なんテ、私は大嫌だいきらいサ、ぐずぐずして眼ばかりパチつかしているところは蚊をつかまそこなった疣蛙えぼがえるみたようだ」とはかつて自分をののしった言葉。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
で、多少たしょうわたくしのききそこね、おもちがいがないともかぎりませぬから、そのてん何卒なにとぞ充分じゅうぶんにおふくくださいますよう……。
御覧の通り木乃伊ミイラの出来そこねか又は、子供の作るテルテル坊主の裸体はだかぼうを見るような姿にしてしまいました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
からだもとかくそこねるぢゃ、たとへ足にはひもがあるとも、今こゝへ来て、はじめてとまった処ぢゃと、いつも気軽でゐねばならぬ、とな、斯う云うて下され。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
お銀様はせっかくお君を相手に、名所の話などをして興を催されようとしていた時に、三郎様が来てその御機嫌を、すっかりそこねてしまったようであります。
例えば襦袢の布れ一つ裁ちそこねても、まるで過って処女性を失った人のようにそれを言って悔いに悔いた。玄人出の女にしては珍らしく諦めの悪い女であった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
湖畔こはん里余りあまり、沿道えんだう十四あひだ路傍ろばうはなそこなはず、えだらず、霊地れいちりましたせつは、巻莨まきたばこ吸殻すいがらつて懐紙くわいしへ——マツチのえさしはして
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しまいには身をそこねるようなことが出来しゅったいする……と。わたしはそれに相槌を打って、まったくそうですねと云いましたが、その男はなんにも返事をしませんでした。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……都の奴等やつらと来たら、全く軽佻浮薄けいちょうふはくだ。あのような惰弱だじゃくな逸楽に時を忘れて、外ならぬうぬが所業で、このやまとの国の尊厳をきずつそこねていることに気がつかぬのじゃ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「いいから、あっちへいっていらっしゃい。」といって、おとうとを、あちらへいやろうとしました。なぜなら、昨日きのうもカステラをつくそこねて、賢二けんじくんにわらわれたからです。
北風にたこは上がる (新字新仮名) / 小川未明(著)
生まれつきのおしではなかったが、四度目の誕生日たんじょうびをむかえるすこしまえに、病気でものを言う力をうしなった。この不幸ふこうは、でも幸せとかの女のちえをそこないはしなかった。
その鼠の残りどもことごとく陸へ上り、南部秋田領まで逃げ散り、苗代なわしろを荒し竹の根を食い、或は草木の根を掘り起し、在家ざいけに入りて一夜のうちに五穀をそこなうこと際限なかりし。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかながあひだ機嫌きげんそこうた勘次かんじもとかへるのにはかれ空手からてではならぬといふことをふかねんとした。かれそれからといふものるべくコツプざけ節制せつせいしてふところあたゝめようとした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今この民子も玉の輿に乗りそこねた一人で、彼女の放浪生活もそれから始まったわけだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ときどき、その木に止まりそこなって、隣の木のところでやっと止まるようなことがある。一羽はなれて、人目さえかずにいる——道ばたで見かけるのは、この鵲ばかりである。
智馬商主に向い、貴公が遥々はるばるれて来た馬五百疋がいかほどに売れたか、我は一身を一億金に売って瓦師に報じたという。さては大変な馬成金に成りそこなったと落胆の余り気絶する。
その仕事の過労のためにいよいよ健康をそこねてゆき、その後殆どそのミュゾオに居ついたまま、僅かな詩作と、二三の翻訳をしたくらいで、遂に一九二六年十二月の末に死んで行った。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ある時ふと其感情をそこねてからと言ふものは、重右衛門大童おほわらはになつて怒つて、「何だ、この重右衛門一人、村で養つて行けぬとふのか。そんなけちくさい村だら、片端から焼払つて了へ」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そこの、ポルタに一番近く立っているアカシア街路樹に、いつか、ベニイを暗殺しそこねた同志の弾丸のあとが、今でもはっきり木肌に残っているはずです。その前から、眠そうな電車に乗ります。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それがこの前のガス爆発で、危く死にそこねてから——前に何度かあった事だが——フイと坑夫が恐ろしくなり、鉱山やまを下りてしまった。爆発のとき、彼は同じ坑内にトロッコを押して働いていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
やりそこねて、軍隊へ送り込まれるような真似をやらないように気をつけるがいい。ヨーロッパ行きならいいが、そういう場合は決って太平洋だからな。それは自分で墓穴はかあなへ旅行するようなもんだよ
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ごらんの如く、東昌府は、すっかりそこなッてしまった形だ。序戦に二度も失策をかさね、あげくに、おそろしい傑物がいた」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は少し機嫌をそこねて居ります。默つてうな垂れるお藤——自分の出過ぎた態度を後悔して居る樣子が、いかにもいぢらしい姿でした。
お蔭で赤塚氏はひどく腹をそこねた。そしてだらけきつた胃の腑を抱へて奉天へ来るには来たが、病気は捗々はか/″\しくはなほらなかつた。
「災難でもないでしょうが、気をつけないとやりそこないます。そうしてやり損なえばそれっきり取り返しがつかない事です」
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども、彼はまたぎにくい留守宅の敷居を跨いで兄や嫂と顔を合せたそもそもの日にもう詫びそこねてしまった。今更それを言出すことも出来なかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
最後のものを売りそこねた一家はどうにもこうにもならなくなった。家主は毎日のように家賃の居据いすわ催促さいそくをする。近所の小店こみせは何一つ貸売りしてくれない。
……それもこの出来そこないの世界を、新発明の火薬で爆発させるとか、蛙の卵から人間を孵化させるといったような、一端いっぱし、気の利いた研究ならまだしもの事
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)