かに)” の例文
「困つた事を言ふのネ、あ、さう/\かに……、蟹を食べた事があつて? あの赤アいつめのある、そうれ横に、ちよこ/\とふ……」
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
電光がすばやく射し込んで、ゆかにおろされてかにのかたちになっている自分の背嚢はいのうをくっきりらしまっ黒なかげさえ おとして行きました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
蝙蝠こうもりかにには馴れていたが、その物音はそんな小動物の立てたものではなかった。もっとずっと大きな生物が蠢いている気配なのだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時間じかんがなかつたんだもの』とつてグリフォンは、『でも、わたし古典學こてんがく先生せんせいところきました。先生せんせい年老としとつたかにでした、まつたく』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
夕涼ゆふすゞみにはあしあかかにで、ひかたこあらはる。撫子なでしこはまだはやし。山百合やまゆりめつ。月見草つきみさうつゆながらおほくは別莊べつさうかこはれたり。
松翠深く蒼浪遥けき逗子より (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そこでかには、じぶんの子どもたちをみなとこやにしました。子どもばかりか、まごもひこも、うまれてくるかにはみなとこやにしました。
蟹のしょうばい (新字新仮名) / 新美南吉(著)
つまらんな、無意義むいぎだ………もう何もも放擲つて了はうかしら!穴籠あなごもりしてゐると謂や、かにだつてもう少し氣のいた穴籠をしてゐるぜ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
月夜のかにとやみ夜の蟹をわざわざもってきたような正が下士官志望は思いがけなかったのだが、彼にとっては大いにわけがあった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その紳士はこうした悪戯いたずらを好まないとみえて、看護婦の胸に描かれたかにの絵を見るなり、ぎょっとしたような顔をしてわきを向きました。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
宣城せんじょう郡、当塗とうとの民に劉成りゅうせい李暉りきの二人があった。かれらは大きい船に魚やかにのたぐいを積んで、えつの地方へ売りに出ていた。
翌日、川崎の捜索かたがた、かにの後を追って、本船が移動することになった。「人間の五、六匹何んでもないけれども、川崎がいたまし」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
嶺太郎が、彼女と菊子とが寝そべつてゐる前へ、真つ赤なかにを投げてよこした。二人は、大袈裟に悲鳴をあげて、飛びのいた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
彼の片頬かたほほには見るも恐ろしいかにのような形をした黒痣くろあざがアリアリと浮きでていた。これこそうわさに名の高い兇賊きょうぞく痣蟹仙斎あざがにせんさいであると知られた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『いえ、あのおさるさんがかににぶつけたのも、きつとわたしのやうなしぶかきで、自分じぶんつてべたといふのはおまへさんのやうなあまかきですよ。』
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
だんだん身動きもできなくなるのではあるまいかと不安でならなくなり、親爪をもぎ取られたかにのようになって行く自分のみじめさを知った。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
ちょうど田植たうやすみの時分じぶんで、むらでは方々ほうぼうで、にぎやかなもちつきのおとがしていました。山のおさると川のかにが、途中とちゅう出会であって相談そうだんをしました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
てんでに地べたの上に身を投げ出すと、両手の爪をかにのように曲げて、すさまじい号泣ごうきゅうをつづけながら、地の上をかきむしる。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「どっかへフッ飛んじゃったい。船長おやじ晩香坡バンクーバからさけかにを積んで桑港シスコから布哇ハワイへ廻わって帰るんだってニコニコしてるぜ」
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
案内人なくては到底、入り難き山径である。そこで、土地の人が外出する時には、必ずなめくじを二三匹と、かにを煙草入の間に忍ばせて行く。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ガアドの先きにあるにぎやかな小路の小料理屋へ入って、海岸の町らしい新鮮なかにや貝の料理を食べることもたびたびあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ベコニアはすっかり枯れて茎だけが折れた杉箸すぎばしのようになり、かにシャボの花も葉もうだったようにベトベトに白くなってはちにへばりついている。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
海辺のかに時化しけの襲来を予知するそうであるが、事実とすれば、庄司千蔵にも蟹的予知力が有ったに違いない、彼の受けた印象は誤らなかった。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「僕は、なにしろ、かに缶詰かんづめで失敗したから、何にもない。洋服が一着あるのだけれど、移転ひっこしの金が足りなかったから、しちに入れてしまった。」
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
去れど今ルーファスの口から愈七日の後と聞いた時はさすがの覚悟もかにの泡の、あしの根をめぐらぬ淡き命の如くにいずくへか消え失せてしまった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はその気持から、夫人が好きだといった、季節外れのかにを解したり、一口蕎麦そばを松江風にねたりして、献立に加えた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
借りのある茶屋の前は、からだをななめにしてかにのように歩いて通り抜け、まだいちども行った事の無い薄汚い茶屋の台所口からぬっとはいり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
風が東南風いなさとみえて、寒色かんしょくの海の青さもさまでには覚えない。ざこ場の小屋にも人影がなく、海草や貝がらや、かにの甲羅などがに乾いていた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かにの握り飯を奪ったさるはとうとう蟹にかたきを取られた。蟹はうすはち、卵と共に、怨敵おんてきの猿を殺したのである。——その話はいまさらしないでもい。
猿蟹合戦 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おばさんがそれを持って畳を動いているのを見ると、酔っているせいか知らないがかにがはっているように見えた。あの徳利には四合位入るだろう。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
総角あげまき十文字じゅうもんじひしかにうろこ、それにも真行草しんぎょうそうの三通りずつ有った。流儀々々の細説は、写本に成って家に伝わっていた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
挿入の絵は公設市場にかにが並べてあるのではない。忠臣蔵四段目、福助の判官が切腹を終ったすぐあとの、静寂なる場面の印象を描いたものである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
はなしは余程おもしろいが、此談が真実ならば、かにでは無いが家康は眼が高くて、秀吉は猿のように鼻が低くなる訳だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
鴎外は漢字に訳してかに屋と書いたこともある。わたしが後年いったころにはこれに類する家はビクトリア・ルイゼ広場にあって比丘びくと略称されていた。
カフェー (新字新仮名) / 勝本清一郎(著)
「もう少し複雑な味をした半熟卵があったら旨かろうな。中にかにえび蝦蛄しゃこなんかが入っていたらさぞ旨かろうな」
自分の実の子(もっとも彼はかに妖精ようせいゆえ、一度に無数の子供を卵からかえすのだが)を二、三人、むしゃむしゃべてしまったのを見て、仰天ぎょうてんした。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
薩摩でガネグサというのも形がかにに似ているというのではなくて、むしろコガネグサの訛りかと思われる。大和の吉野郡にはダンジリ花という村がある。
店で茶をすすりながら、老夫婦にお信さんと雑談をしていると、水色のかにが敷居の上をゴソゴソって行く。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おばさんに手をひかれて明石町あかしちょう河岸かしをあるいてかにを取って遊んだことは一生忘れません。わたくしの一番幸福な思出は二ツとも水の流れているところです。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秋の沙魚はぜ釣に、沙魚船を呼ぶはまだしも、突船つきぶねけた船の、かれいこちかにも択ぶ処なく、鯉釣に出でゝうなぎを買ひ、小鱸せいご釣に手長蝦てながえびを買ひて帰るをも、敢てしたりし。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
脚をもがれた蚊のように、はさみを取られたかににも似て、私たちはこれから徒手空拳、この幾万とも数知れぬ負傷者の前に立たされる。まったくの原始医学だ。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
朝晩魚があたらしかつたり、庭先の砂地にかにが出てゐたり、隣家となりの井戸端に海水着が沢山干されてあつたりしてゐると、やはり避暑地の晴々とした安楽を感じる。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
かにのことならガネマサが本当だ。カニのなまりだもの、ガネさ。ガネマサどんの横這い這いさ。我輩に綽名を
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
マンのさしあげた小籠に、十匹ほどのかにが入っている。針金で縁をつくった丸い網に、イワシの頭を入れ、ラムネの空ビンをオモリにして沈めると、蟹がかかる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「これじゃとうてい筆蹟をうかがえようもない。まるでかにみたいなゴソニック文字だ」といったん法水は失望したようにつぶやいたが、その口の下から、両眼を輝かせて
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かには今度はその隣りにある別の樹に登りました。けれどもやはりよい実がありません。どうしたものだろうと、なおさがしているうち、ふと下の方で人の声がします。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
それからおなかがすいてなりませんでしたから、岩の上をあちらこちらと食べものをさがして歩きました。が、ひる頃までかかって、やっとかにを二ひきっただけです。
海からきた卵 (新字新仮名) / 塚原健二郎(著)
入り代りに来た、頬の赤い、団子鼻の下女の寝床に、深夜私はかにのやうにつて忍び込んだが、他に男があるからと言つて、言ひ寄つた私に見事肘鉄砲ひぢでつぱうを喰はした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
海岸の穴に棲んでいる小さなかには吃驚する程早く走る。最初に小石の上を駈け廻っているのを見た時、私は彼等をすすの大きな薄片か、はりえにしだだろうと思った。
支那では余り希有けうな事でないらしく、おどけ半分に異史氏が評して馬万宝善く人を用ゆる者というべし。児童かにを面白がるがはさみおそろしい。因って鉗を断ちて飼う。
かにはさみをペン置きにするとか、西洋人の気に入りそうな悪どいものだが、そんなものを沢山拵えた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)