つぼみ)” の例文
『鶯邨画譜』の方に枝垂しだざくらの画があつてその木の枝をわずかに二、三本画いたばかりで枝全体にはことごとく小さな薄赤いつぼみが附いて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そうして、だんだんと指の間が離れてゆくのが、朝夕目立ってゆくうちに、このアマリリスのつぼみが、ふっくらとふくらんでまいりました。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
枝さきに一ぱいにつぼみをつけてゐる中に、半開から八分咲きの輪も混つてゐた。その花は媚びた唇のやうな紫がかつた赤い色をしてゐた。
小町の芍薬 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
障子しやうじを細目に開けて見ると、江戸中の櫻のつぼみが一夜の中にふくらんで、いらかの波の上に黄金色の陽炎かげろふが立ち舞ふやうな美しい朝でした。
場末の旅籠はたご屋などで、食膳の漬け菜の中から、菜の花のつぼみが交って出ることがあるが、偶然だけに、どんなにか私を悦ばすことだろう。
菜の花 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
其処へ何も知らない乳母は、年の若い女房たちと、銚子てうし高坏たかつきを運んで来た。古い池に枝垂しだれた桜も、つぼみを持つた事を話しながら。……
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
又、まんまるにふくらんだ白いつぼみが、内に燃える発動はつどうがくのかげに制御せいぎょしながら、自分の爆発する時期を待っているのもいいものです。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
枝端したんに一花ずつ開き、直径はおよそ一二センチメートル内外もあろう。花下かかに五へん緑萼りょくがくがあるが、つぼみの時にはまるく閉じている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
屍体の右手は、つぼみのように固く、指を折り曲げていた。折井刑事はウンウン云いながら、それを小指の方から、一本一本外していった。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かごなかには、青々あを/\としたふきつぼみが一ぱいはひつてました。そのおばあさんは、まるでお伽話とぎばなしなかにでもさうなおばあさんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
菅野すがのに移り住んでわたくしは早くも二度目の春に逢おうとしている。わたくしは今心待ちに梅のつぼみほころびるのを待っているのだ。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やがて枝々の先きが柔かくふくれて来て、すーツと新芽が延び出した。そしてその根元のところへ小さな淡褐色たんかつしよくつぼみが幾つも群がつて現はれた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずからつぼみが破れて花弁が外に向うのを云い
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
流石さすがに物堅き重二郎も木竹きたけでは有りませんから、心嬉しく、おいさの顔を見ますと、つぼみの花の今なかひらかんとする処へつゆを含んだ風情ふぜい
「使い古されているのは、歌のほうの話でしょう。梅は年々新しいつぼみを持つ、うぐいすは年ごとに新しく生まれますよ、奥さん」
梅にうぐいす (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
巴紋ともえもんの旗は高くひるがえらず、春は来るとも李華はとこしえにそのつぼみを封じるようである。固有の文化は日に日に遠く、生れ故郷から消え去ってゆく。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
桜もつぼみがふくらんだとはいえ三月末の陽気は日暮の近づいた今、肌のしまる寒さであった。実枝は羽織も着ず、四股しこをふんだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
この北の海にも春らしい紫色の濛靄もやが沖に立ちこめ、日和山の桜のこずえにもつぼみらしいものが芽を吹き、頂上に登ると草餅くさもちを売る茶店もあって
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
北国ほっこくの暗い空も、一皮むけたように明るくなった。春雨がシトシトと降る時節となった。海棠かいどうの花はつやっぽくほころび、八重桜のつぼみも柔かに朱を差す。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
波打つ八畳蚊帳の下に、泣くとも叫ぶともつかない声も圧し伏せられて、つぼみの花は、狂児のあやしいたわむれにかき散らされた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お君はチラホラと咲いている梅の木の花やつぼみを、米友に向って指し示すのを、米友は見向きもせずに、お君のおもてをじっと見つめていましたが
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
午食前ひるめしまえに、夫妻鶴子ピンを連れて田圃に摘草つみくさに出た。田のくろの猫柳が絹毛きぬげかつぎを脱いできいろい花になった。路傍みちばた草木瓜くさぼけつぼみあけにふくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ときはもうつぼみはどうしてものいふこといてうがかないので、あついさうして乾燥かんさうはげしいがそれをにくんでこは下葉したばをがさ/\にらした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
十年も遠のいていると、全然忘れていて、習った言葉はつぼみのままで開いてくれない。修治さんはフランス語を、と仰言る。
乳緑の葉っぱ、茎、枝、みな水々しく、そして毛ばだっている。咲きかけの折り目のついた紅いつぼみがそれらの頂辺てっぺんにある。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
こんな光でもしかし、彼の赤いつぼみを養ふには役立つた。さうして三十分ほど照してゐたがもう当らなくなつてしまつた。
のんしやらん記録 (新字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
私はふと空いっぱいの灰色はがねに大きな床屋のだんだら棒、あのオランダ伝来のねぎつぼみの形をした店飾りを見る。これも随分たよりないことだ。
秋田街道 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
いまもまだほかの梅はつぼみがかたいのに、ここではもうこずえのあちらこちら、やわらかくほころびかかっているのがみえた。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飯島では、まだ百日紅さるすべりの花が咲いているというのに、北鎌倉の山曲やまたわではすすきの穂がなびき、日陰になるところで、山茶花さざんかつぼみがふくらみかけている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
闇に燃え出した火の色は、天鵞絨びろうどの上へ芍薬しゃくやくつぼみを、ポッツリ一輪置いたようであった。パチパチと音を立てるのは、屋根板の燃える音であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其間そのあいだも彼は山椿の枝を放さなかった。紅いつぼみくに砕けてしまったが、恋しき女の魂魄たましいが宿れるもののように、彼はの枯枝を大事に抱えていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それでも小砂利を敷いたつぼの広い中に、縞笹しまざさがきれいらしく、すいすいとが伸びて、その真青まっさおな蔭に、昼見る蛍の朱の映るのは紅羅がんびの花のつぼみです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は毎日ひそかに桜の森へでかけてつぼみのふくらみをはかっていました。あと三日、彼は出発を急ぐ女に言いました。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
姉をおせいと言ッて、その頃はまだ十二のつぼみおとといさみと言ッて、これもまた袖で鼻汁はな湾泊盛わんぱくざかり(これは当今は某校に入舎していて宅には居らぬので)
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
挙動そぶり言語ことばが変って来まする。これをシコタマ掴んだお医者に。せてしまえばこっちのものだよ。静養させるは表面うわべの口実。花のつぼみが開かぬまんまに。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かし山木、君もナカ/\ひどい男ぢやぞ、どうぢや、ぽん子は相変らず奇麗きれいぢやろナ、今をつぼみの花の見頃と云ふ所を
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あやめの数は二人の男の通う同じ日取りの同じ数をかぞえていて、株のわかれめにさやほどのつぼみの用意を見せ、緑は葉並を走ってすくすく伸び上っていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
おそいつぼみもあった。蕾は、むすめの乳首のようだ。お高は、そのまきのような梅の木にも、そんなえる力があるのかと何だか恥ずかしいような気がした。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やがて麦の根元ねもとばみ、菖蒲あやめつぼみは出で、かしの花は散り、にわやなぎの花は咲いた。かいこはすでに三眠さんみんを過ぎた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
花やつぼみをつけた自然の蔓薔薇つるばら垣根かきねからなる部屋で、隣席が葉にさえぎられて見えず、どの客も中央の楽団から演奏されて来る音楽だけをたのしむ風になっていた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これに反して誤った傾向に生徒を導くような事があっては生徒の科学的の研究心はつぼみのままで無惨にもぎ取られるような事になりはしないかと恐れるのである。
物理学実験の教授について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
どこへ行っても野薔薇のばらがまだ小さなかたい白いつぼみをつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼の空想の魔杖の一振りに、真白な百合ゆりのような大きな花がみるみるつぼみの弱々しさから日輪のようにかがやかしく開いた。清逸は香りの高いしべの中に顔を埋めてみた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その腕環を信じてはいけません。もう少し我慢なさい。きっと自由の身になれます。どうぞあなたの薔薇のつぼみのような口をあいて、あなたの居どころを教えてください
山にかこまれているだけに気温が高く、谷合いの道には紅梅の花のつぼみがふくらみかけていた。月のうつくしい晩である。黒い影が竹藪の中のほそい道をのぼってきた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
さぐることも發見みいだすことも出來でき有樣ありさま——それがためにならぬのはれてあれど——可憐いたいけなつぼみそのうるはしい花瓣はなびらが、かぜにもひらかず、日光にもまだ照映てりはえぬうちに
東京とうきようでは一月いちがつ中旬ちゆうじゆんつぼみひらはじめ、二月にがついたつて滿開まんかいし、三月さんがつ上旬じようじゆんまではなひらきつゞけてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
一つ試してみようじゃないか、というわけで舟を蓮の花の側に止めさせて、今にも開きそうなつぼみを三人で見つめた。その蕾はいっこう動かないが、近辺で何か音がする。
巨椋池の蓮 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
まだすその短かい服を着て、ほころめぬつぼみの花といった風情ふぜいでね、赤くなって、朝焼けのようにぱっと燃え立つんですよ(もちろん、もうちゃんと言い聞かせてあるんで)
丸、四角、扇形などさまざまの形をしたちいさい曲げ物に、紅、淡紅、白と、主に梅、桃、李などの花やつぼみたくみに按配して入れたもので、木曾の宿では大抵売りに来ました。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)