ちぢ)” の例文
それでどんなあらえびすでも、虎狼とらおおかみのような猛獣もうじゅうでも、田村麻呂たむらまろ一目ひとめにらまれると、たちまち一縮ひとちぢみにちぢみあがるというほどでした。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
いや、飛び越えようとしたばかりではない。彼は足をちぢめながら、明礬色みょうばんいろの水の上へ踊り上ったと思う内に、難なくそこを飛び越えた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それにしても風船はただちぢまるだけである。不幸にして余の皮は血液のほかに大きな長い骨をたくさんに包んでいた。その骨が——
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思うと、今度はどんどんちぢみはじめて、あれよあれよといううちに、元のゴム毬位の大きさになり、やがてぱっと消えてしまいました。
新学期行進曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『猿沢佐介の背中には、きっと一つのあざがある。しかもそいつのまんなかに、ちぢれて黒い毛が三つ、生えているのに相違ない』
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
神経性の痙攣けいれんが下唇の端をぴくぴくと引っらせ、くしゃくしゃになったちぢが、まるでたてがみのようにひたいに垂れかかっている。
茶店の前を過ぎて水族館の裏手の藤棚ふじだなの処まで往くと、傍を通っている人もないので、山西は距離をちぢめて往って声をかけた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
墨屋敷——あの焼けた自分のやしきを、どうしてこの人間が知っているのであろうか? お千絵はいよいよ身がちぢむようになって
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰かに彼を紹介すると、彼は顔をそむけ、手をうしろから差し伸べ、だんだんちぢこまり、あしをくねらせ、そして、壁をひっかく。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
首のない屍骸は、切り口のまっ赤な肉がちぢれ、白い脂肪を見せて、ドクドク血を吹いている。二、三度、四肢てあし痙攣けいれんした。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
爺さんの寿命を日々にちにち夜々ややちぢめつゝあるものは、斯展望台である。余は爺さんに目礼して、展望台の立つ隣の畑に往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ところが旦那、あっしはね、何の因果か熱湯好きで、五体がちぢみ上るような湯から出ると、そそりの一節も、唄わねえじゃいられねえんで——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
青年歴史家が帰ってからしばらくして、ふと、ナブ・アヘ・エリバは、薄くなったちぢれっ毛の頭をおさえて考えんだ。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おお寒い寒い! 皆さん手に息を吹っかけて、家ん中へはいってオンドルの上にちぢこまる。へへん、笑いごっちゃあねえ。蛇だって寒いから、穴籠あなごもりだ。
蓄音器ちくおんきは新内、端唄はうたなど粋向きなのを掛け、女給はすべて日本髪か地味なハイカラのばかりで、下手へたに洋装した女や髪のちぢれた女などは置かなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
イワン、デミトリチは昨日きのうおな位置いちに、両手りょうてかしらかかえて、両足りょうあしちぢめたまま、よこっていて、かおえぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この病人の兄は例のちぢかまったような手をんで、「遠方から御苦労様」という眼付をして、弟の妻に挨拶あいさつした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
からからに乾いて巻きちぢれた、けやきの落葉やえのきの落葉や杉の枯葉も交った、ごみくたの類が、家のめぐり庭の隅々の、ここにもかしこにも一団ずつたむろをなしている。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
相手の人にお世辞せじを述べるか、あるいはみだりに自分を卑下ひげして、なさずともよいお辞儀じぎをなし、みずから五しゃくすん体躯からだを四尺三尺にちぢめ、それでも不足すれば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あわただしい、始終追いつめられて、ちぢこまった生活ばかりして来たという感じが道子を不満にした。
快走 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なお、参考のために書き添えておくが、現在の東京で中年以下の婦人の断髪は時々見かける。しかし前髪を切ってちぢらした式は、在京中、只一人しか見受けなかった。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
たとえわたくし生命いのちちぢめましても若様わかさまかしていただきます。小供こども時分じぶんから信心しんじんしてわたくしでございます、今度こんどばかりは是非ぜひわたくしねがいをおくださいませ……。
身体からだうるしのように黒く、眼ばかり光って、唇がこしらえたように厚く、唇の色が塗ったようにあかい、頭の毛は散切ざんぎりちぢれている、腰の周囲まわりには更紗さらさのようなきれを巻いている
赤い毛布のかげを立つてゆく芝居の死人などに一種の奇妙な恐怖を懷いた三四歳の頃から私の異國趣味乃至異常な氣分に憧がるる心は蕨の花のやうに特殊なちぢれ方をした。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
光一は微笑している、師範学校側では野淵のぶちという上級生と矢島というのが人々に肩をつかれていた。黙々塾もくもくじゅくではみながチビ公をめざした。チビ公は頭をちぢめてひっこんだ。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
心配はしゃアナ。心配てえものは智慧袋ちえぶくろちぢみ目のしわだとヨ、何にもなりゃあしねえわ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。そのはぐるぐるにちぢの下にはもう美しいみどりいろの大きなほうが赤い毛をいて真珠しんじゅのようなもちらっと見えたのでした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ペンペはすこくびちぢめた。二千メートルのくもなかだ。ペンペはいきをはづませてゐる。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
たださへ狭くなつたところへ、こゝで又、奥行を一間二尺も切りちぢめられちやあ仕様しようがないが、それもまあ世間一統いっとうのことですから、わたしのうちばかりが苦情を云つても始まらないと
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
夜の冷気は犇々ひしひしと身に迫って来た。お婆さんは、両足をちぢめて、小さくなって見たが、やはりぞくぞくするばかりであった。だが、寝床の中で震えながらも三十分間ばかり我慢して見た。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
風早學士は、覺えず首をちぢめて、我に返ツた。慌てて後へ引返さうとして、勢込むできびすかへす……かと思ふと、何物かにおどかされたやうに、ちよツと飛上ツて、慌てて傍へ飛退とびのき、そして振返ツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そのあとで、この二人ふたりのものは、どんなにかなしみ、なげいたでありましょう。自分じぶんたちのいのちちぢめても、どうか子供こどもたすけたいと、こころなかかみねんじたのも、いまは、なんのやくにもたちませんでした。
星の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
にわかに体がちぢまったのは、根元へうずくまったからであろう。しばらくの間は身動きもしない。何かを思い詰めているらしい。ただ肩ばかりが顫えている。いぜんとして泣いているからであろう。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ちぢれたばかりならいが、乾いて、茶色になって、燃えるわ。
頭髪までも赤くちぢらしたいと願ったほどの心酔ぶりだった。
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
遠いせいか写真のようにちぢまっているのを眺めた。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「明日中にせいぜいちぢめるそうです」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
蝉取りの妙味はじっと忍んで行っておしいくんが一生懸命に尻尾しっぽを延ばしたりちぢましたりしているところを、わっと前足でおさえる時にある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ鮨屋すしや鰻屋うなぎやを兼ねた「お」の字亭のおかみの話によれば、色の浅黒い、髪の毛のちぢれた、小がらな女だったと言うことです。
温泉だより (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの化物の身体は、自由にちぢみをするということ、そして透明だということ、——これがあの化物の皮膚の一部なのです
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
旭川平原をずっとちぢめた様な天塩川の盆地ぼんちに、一握ひとにぎりの人家を落した新開町。停車場前から、大通りをかぎの手に折れて、木羽葺が何百か並んで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
尺蠖しゃっかくちぢむは伸びんがため。いまようやく軍もととのいましたゆえ、六度征旗をすすめて中原へ出ようと思います。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにつづいては小体こがらな、元気げんきな、頤鬚あごひげとがった、かみくろいネグルじんのようにちぢれた、すこしも落着おちつかぬ老人ろうじん
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
瀕死ひんしの猫は、脚で、狂おしく虚空こくうを掻き、丸くちぢまるかと思うと、長々とり返り、しかも、声は立てない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その背中のまんなかあたりに、小さな茶色のあざがある。直径は一センチメートル位かしら。そこにちぢれた毛が三本生えている。抱くと私の指がそれに触れる。その感触。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
教師が教場に出てもこころざしを遠きにけ、役人が執務するに、俗務のために没却ぼっきゃくされない、すなわち一ごんちぢめると、吾人ごじんが人格としてまったく世をはなれた思想をいだくと同時に
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
足が砂へつくやいなや、まるで雪のけるように、ちぢまってひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅のしるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そら、あの髪の綺麗にちぢれた人ね。あれと来ると云ったわ。
そのたびはねちぢめて残念ざんねんさうにかほをしかめるのだつた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
愚かや乗れるその車輪しやりんふるへつつちぢまりてゆく。
緑の種子 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)