あら)” の例文
茶店の床几しょうぎ鼠色ねず羽二重はぶたえ襦袢じゅばんえりをしたあら久留米絣くるめがすりの美少年の姿が、ちらりと動く。今日は彼は茶店の卓で酒をんでいるのだ。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、そのほかの連中は、広間で細君たちと一緒に、前のほうのあらビロオドの椅子や、壁際の所に腰かけながら、踊りを見物していた。
彼の上着には腰のあたりにボタンが二つ並んでいて、胸はいたままであった。霜降の羅紗ラシャも硬くごわごわして、極めて手触てざわりあらかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこらの草は、みじかかったのですがあらくてこわくて度々たびたび足を切りそうでしたので、私たちは河原に下りて石をわたって行きました。
鳥をとるやなぎ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
狸には八文字があり、毛は軟かで爪はころころとしている。ムジナはこれに反して爪長く熊のごとく、毛はあらくして綿毛が少ない。
狸とムジナ (新字新仮名) / 柳田国男(著)
手作りのあらツぽい書棚には、ラスキンの論文集、ツルゲヱネフの小説、それから森林生活の聖老ソローの全集、コンラツドの海の文集
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
エリサベツの子ヨハネは荒野に住み、身に駱駝らくだあらき毛衣を着、いなごと野蜜を食としたというから、彼はエッセネ派に近い人と思われる。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
そして、睫毛の黒さや、小麦色のあらい皮膚。笑うと、虫のっている味噌ッ歯の見える唇もとまでが、蝦夷萩と、そっくりである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが新聞のあのあらい網目では、拡大して見ると、点ばかり見えて、とても輪郭の差などが測れるわけのものでないことが直ぐ分った。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
山林の土中に棲み、眼至って小さく、両齶に歯あり、尾甚だ短く太く、斜めにり取られたようで、その端円盾のごとく、その表面あらし。
あのあらい髪を丁寧にでつけ額を光らせ莫迦ばかに腰の低いところは大将にそっくりな若者が、あれが吉どんか、と思われるほどで
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
桐の葉は人も知る如く大きなあらい葉で、それが桐の幹にまばらについておるのであるが、その葉の落ちるときはぽくぽくともろく落ちやすい。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
楽屋にては小親の緋鹿子ひがのこのそれとは違い、黒き天鵞絨びろうど座蒲団ざぶとんに、蓮葉はすはに片膝立てながら、繻子しゅすの襟着いたるあら竪縞たてじま布子ぬのこ羽織りてつ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口吻こうふんがなんとなく尖って見え、唇の切れ目の上には鼠のようなあらひげが生えているところが鼠くさいと感じたことがあった。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
獸骨器のみぎゑがきたるは魚骨器なり。上端じやうたんの孔は糸を貫くにてきしたり。おもふに此骨器はあらき物をひ合はする時にはりとして用ゐられしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
それは、母親たちの間をうろつき、不器用なからだつきで、あらった四本の棒切れのような脚を、ぶるぶるふるわせている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
どんなって、馬飼うような人だで、それはどうせあらいものせえ。それでも気は優しい人だった。今じゃ何でもよっぽどの身上しんしょうを作ったろうえ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ロミオ このいやしいたふと御堂みだうけがしたをつみとあらば、かほあかうした二人ふたり巡禮じゅんれいこのくちびるめの接觸キッスもって、あらよごしたあとなめらかにきよめませう。
テーヴェロとアルノの間のあらき巖の中にて最後の印をクリストより受け、二年ふたとせの間これを己が身にびき 一〇六—一〇八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
人間の手にふれない土はすさんできめがあらいが、人の手にふれるごとに土はきめをこまかくするし、そしてつやをふくんで美しく練れて来るのだ。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
学ぼう、学ぼうと思いながらも、悟空の雰囲気ふんいきの持つ桁違けたちがいの大きさに、また、悟空的なるものの肌合はだあいのあらさに、恐れをなして近づけないのだ。
があ/\騷ぎ立てる鵞鳥と鋭い鷹との差——おとなしい羊と毛のあらい、鋭い眼をした見張りの犬との差と云つても甚だしすぎることはないと思ふ。
粒のあらい今のゼラチン乾板ではおそらく不成効であったであろうが、タンニン、蛋白、塩化コロジオンを使う古い方法が丁度適当であったのである。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こゝのあらたへのといふのは、やはり枕詞まくらことばです。たへは着物きものといふことで、手觸てざはりのあらいものが、あらたへなのです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
そのままもとの空洞に納めまして、頭蓋骨を冠せて、皮と髪毛をクルリとおおうて、針と糸を迅速にさばき働かせつつ、あらっぽく縫い合せてしまいました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おび一重ひとへひだり腰骨こしぼねところでだらりとむすんであつた。兩方りやうはうはしあかきれふちをとつてある。あら棒縞ぼうじま染拔そめぬきでそれはうまかざりの鉢卷はちまきもちひる布片きれであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あんなあらい感情で文学などをやる気が知れぬと思った。それに引きかえて、自分の感情のかくあざやかに新しい思潮に触れ得るのをわれとみずから感謝した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
げかかったお白粉が肌理きめあらいたるんだ頬の皮へみ着いて居るのを、鏡に映して凝視して居ると、廃頽はいたいした快感が古い葡萄酒ぶどうしゅの酔いのように魂をそそった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
栗の毬はあらい、けれども鮮かだ、純緑だ、一本一本が鍼のやうに細い。栗のは固い、けれども噛めば噛むほど滋味が出る、純白だ。栗の果は君の魂だ、君の詩だ。
垣根はほんの型ばかりにあらく結ってあるので、誰でも自由にくぐり込むことを長次郎は知っていた。
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大崎停車場は軌道の枕木を黒く焼いて拵えたあらっぽいさくで囲まれている。その柵の根には目覚むるような苜蓿クロバーの葉が青々と茂って、白い花が浮刻うきぼりのように咲いている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
明治期の美女は感じからいって、西鶴の注文よりはずっとあらっぽくザラになった(身にほくろ一つもなき)というに反して、西洋風に額にほくろを描くものさえ出来た。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すっかり着こむと、彼は見違えるほどシャンとして、気持が、そのあらい縞のズボンのように明るくなってしまった。階下にいる家内にちょっと見せてくる、と彼が言った。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
御重役でも榊原様では平生へいぜいは余りなりはしない御家風で、下役の者は内職ばかりして居るが、なれども銘仙めいせんあらい縞の小袖に華美はでやかな帯をめまして、文金の高髷たかまげ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しなやかではあるがあらい手で私の全身からだじゅうさすっている。その快い触覚が疲労と苦痛とで麻痺している私の肉体からだいたわってくれる。私の意識は次第次第に恢復するように思われた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何故及ばないかといふに、この表情美の線が甚だ以てあらいからだ。フランス製の香水の表情の線を処女のうぶ毛とすれば、その他の外国製品は、極細の絹糸ぐらゐのものだ。
丘の上に草をんでる二匹の山羊やぎの鈴の音、彼が寝ころがってるすぐそばの細い小さな木立を過ぎる風の音、そういうものが、海綿のようにあらい柔軟な彼の考えを浸していた。
あらい衣をまとあらことばを使ひ、面白くなく、いやしく、行詰つた、すさまじい、これを絵画にして象徴的に現はせば餓鬼がきの草子の中の生物のやうな、或は小説雑話にして空想的に現はせば
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼は船から這い上ると、泥の中に崩れ込んでいるあらい石垣を伝って道へ出た。彼はそこで、上衣とズボンを脱ぎ捨てて襯衣シャツ一枚になると、一番手近なお杉の家の方へ歩いていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
つたなき器具やあらき素材。売らるる場所とても狭き店舗てんぽ、または路上のむしろ。用いらるる個所も散り荒さるる室々。だが摂理は不思議である。これらのことが美しさを器のために保障する。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ちょっと見には小石のように波の作用でできたものとも考えられるが、いちばん小さいものも半インチの長さの同じあらい材料からできており、一年のうちの一つの時期にだけ作られる。
これにくらべると『黒手組曲輪達引』の序幕のほうのものは単純で且あらッぽい。
上野界隈 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
今さらのようにあのあらい肌が連想され、僕自身の身の毛もよだつと同時に、自分の心がすでに毛深い畜生になっているので、その鋭い鼻がまた別な畜生の尻をいでいたような気がした。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
また、その編目はあらく、なかの顔は透いて見えるけれど、大次郎は生死の血戦を経たあとで、蹣跚よろめきそうに弱っているのである。笠の中の相手の顔になど注意をらす余裕は、なかった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
戸より入りて見れば、新に大理石もてり成せる大いなる馬二頭地上に据ゑられ、青艸あをくさはほしいまゝに長じて趺石ふせきを掩はんと欲す。四邊あたりには既に刻める柱頭あり、あらごなししたる石塊あり。
特にここに述べたところは単にあらい点線で、われらの考えの輪廓を画いただけに過ぎず、例外とみなすべき場合はことごとく省き、親子間に現われる利他心のごときも全く略しておいたゆえ
人道の正体 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
と首をひねってタヌの様子をうかがうところ、どうやらこれは並々ならぬ災難の前兆、悪運の先駆けと思わざるを得ないというのは、あらい毛織りの服を着たタヌの胸が優しげな溜息をもらし
そして女のベッドが空なのは、女がおれのものであり、窓ぎわのあの女、あらくて重い布地の黒ずんだ着物を着た、あの豊満でしなやかであたたかい肉体が、まったくただおれのものであるからなのだ。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
あらしわのできた、短い、しかし形のいい指先で数字を指し示した。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すぐ眼の前に隣家の小さな土蔵が見え、屋根近くその白壁の一ところが剥脱はくだつしていてあら赭土あかつちを露出させた寂しい眺めが、——そういう些細ささいな部分だけが、昔ながらの面影をたたえているようであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)