たのし)” の例文
旧字:
御覧の通りわたしは年寄で、こんな一軒家に一人ぼっちで住んでいるものですから、外に何のたのしみもありませんですから、お金などを
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
わしも今日が書入日かきいれびでござりまする。この御寺に、月に二斎をたのしみにいたしております。どうぞ一番ひとつ御上人様へ御取次下されまし。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
飯「おれほかたのしみはなく釣がごく好きで、番がこむから、たまには好きな釣ぐらいはしなければならない、それをめてくれては困るな」
かかれば何事にも楽むを知らざりし心の今日たまたま人の相悦あひよろこぶを見て、又みづからよろこびつつ、たのしの影を追ふらんやうなりしは何の故ならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
月々の雑誌を二三冊とって、始めから終まで丹念に読むのがたのしみのひとつで、日曜祭日にも郊外を散歩するくらいがせきのやまだった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
むまじき事なりおとろふまじき事なりおとろへたる小生等せうせいらが骨は、人知ひとしらぬもつて、人知ひとしらぬたのしみと致候迄いたしそろまで次第しだいまるく曲りくものにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
殺された内地人の殆んど全部は僻遠へきえんの山間に在って、たのしみ少く、僅かに運動会の開催に胸とどろかせていた気の毒な人たちである。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
で、自分は其処そこ水際みずぎわうずくまって釣ったり、其処そこ堤上ていじょうに寝転がって、たまたま得た何かを雑記帳に一行二行記しつけたりして毎日たのしんだ。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然るに今日では、学問は中々たのしみどころでない、道楽どころではない、よほどうるさい、頗る苦しいもののように思われている。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
何かその中の話を問うて見るのに、ただに文学としてていないばかりではない、たのしんで読んでいるという事さえないようである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二人の兄弟はそれを拾うのをたのしみにして、まだあの実が青くて食べられない時分から、早くあかくなれ早く紅くなれと言って待って居ました。
二人の兄弟 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
(というのは前にもいった通り『其面影』の題名に関して往復数回した事があったからで、)定めし面白いものであろうとたのしみにしておる
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
わが越後のごとく年毎としごと幾丈いくぢやうの雪をなんたのしき事かあらん。雪のためちからつくざいつひやし千しんする事、しもところておもひはかるべし。
職業しやうばいではありません。職業しやうばいではとても殺生は出来ません。料理は芸の一つで、芸には工夫とそれに附物つきものたのしみといふものがありますからね。」
喜びの深きときうれいいよいよ深く、たのしみの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。かたづけようとすれば世が立たぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その阿兄さんのところへ尋ねて行く継子さんはどんなにたのしいことでせう。それに附いて行くわたくしは、どうしてもお供といふ形でございます。
酔うたる人は醒むる時の来るが如く、たのしめる者、おごれるもの、よろこべるもの、浮かるるもの早晩傷み、嘆き、悔いうれうる時の来ることをまぬかれない。
乞食には虱を取らせてれた褒美ほうびめしると云うきまりで、れは母のたのしみでしたろうが、私はきたなくて穢なくてたまらぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お登和嬢は新らしき皿を客の前に出し「大原さん、これは羊のロースですよ。羊はお珍らしゅうございましょう」と大原のよろこぶが何よりのたのしみ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それが又、Tには一寸ちょっと捨てがたい、おつなたのしみでもあったのだ。一体Tの女房というのが、なかなかどうして、Tなんかに、勿体もったいない様な美人でね。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「露の落つる音」とか「梅の月がにおふ」とかいうことをいうてたのしむ歌よみが多く候えども、これらも面白からぬ嘘に候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
わづかに太平をたのしんだ将軍は、三代義満よしみつと八代義政よしまさくらゐであるが、義満は驕奢に耽つて、財政窮乏を切り抜けるため、明と屈辱外交を結んだり
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
馬鹿な話さ、保養に来ていながら働くことを考えるのが何よりのたのしみだ。因業いんごうのようだがわしはこれだから兎に角世間並にやって行けるのだと思う。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
我は此獄室をもて金殿玉楼と思ひしつゝ、たのし娑婆しやば世界と歓呼しつゝ、五十年の生涯、誠に安逸に過ぐるなるべし。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
おのおのこれを揚げてたのしむこともするが、唯揚げるばかりでなく、凧合戦をする事が盛んであった。これは子供でなく、二十歳近くの者が先立ってやった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
そして、列車が、あの魔のカーヴに近づくにつれ、そのワクワクするようなたのしさは、いやが上にも拡大されて行った。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
人なき一室を我が世とたのしみて、又た他事もなき折こそあれ、「バタリ」響ける物音に、何事と彼方かなたを見れば、今しも便所の扉開きて現はれたる一客あり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
来ると、何時いつも文学の話ばかりで、それが小酒井さんにはたのしみであったようでした。他にそういう話をする人が名古屋に無かったからだろうと思われます。
小酒井さんのことども (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
殊に往診用の自用車というものに憧憬を持ったものである。そして毎日人力車の種々相を描く事をたのしみとした。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
比較的いたしもせきゆきの急行の窓によりかかって、独り旅の気軽さをたのしみながら、今頃は伯父が手紙を見てどんなに喜んでいるかなどと、ぼんやり考えて見た。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
山崎洋服店の裁縫師でもなく、天賞堂てんしょうどうの店員でもないわれわれが、銀座界隈の鳥瞰図ちょうかんずたのしもうとすれば、この天下堂の梯子段はしごだんあがるのが一番軽便けいべんな手段である。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一円か二円たまると、それで寄席にはいるとか氷水こおりみずを飲むとかするのをたのしみにしているそうな。一人五円くらいの費用で三週間入湯して行くことが出来るのだそうな。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
早晩予も形体は無きに至るも、一双の霊魂は永く斗満の地上にあって、其さかんなるを見てたのしまん事を祈る。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
僕は最近二年間痛切にそれを感ずるようになったが、そのことが沁々しみじみわかったのも実はお前のお蔭なんだよ。僕は毎土曜日にここへ来てお前とはなしをするのがたのしみだった。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ながめて居ると少年心こどもごころにもかなしいようなたのしいような、所謂いわゆ春愁しゅんしゅうでしょう、そんな心持こころもちになりました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この四季の里は俳名馬好ばこうと号した常に馬をたのしんだ風狂の伯楽ばくろが初めて営んだものだそうであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
親鳥が雛をはぐくむように胸に育てていた其たのしみの萌芽も、この一条の鋼索と雪の上に印された無数の足跡とに依って、未だ二葉ならざるにむざと蹂躙ふみにじられてしまった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
鼓というのが三河の万歳まんざい以外に、使う者がないようになれば、後はただタンポポの音の快さと、その花のあざやかな色とをたのしむばかりで、言わばその次にもっと面白い名前の
近年細君に死なれてからは各国で職に就いて居る子供のところへ遊んで廻るのをたのしみとして居る。此処ここから船を乗替へて南阿のトランスバアルに居る末子ばつしもとふのださうだ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
講義中でも学生に拍手させるのを何よりのたのしみに致しておった位で御座いますから……ナニ……何ですか……スクリーンの中からじゃ、手を叩いても聞えまい……?……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ダガネ、モウ少し過ぎると僕は船乗ふなのりになって、初めて航海にくんです。実にたのしみなんです。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
以て無上のたのしみとするの一事あるのみ、実に造化の作戦計画は、あたかも真綿を以て首を締むるが如き手段なりしなり、しかも予らは屈せずして、これに堪えつつありしに
ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、これらの国々の見学を終えて帰朝した時、日本の探偵界に春田君がどんな活躍をするか、それをたのしみに、どうぞお忘れなくお待ち下さい。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
残余のこの世の戦いも相見ん時をたのしみによく戦い終えしのち心うれしく逝かんのみ。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
お島がたのしみにして世話をしていた植木畠や花圃はなばたの床に、霜が段々しげくなって、吹曝ふきさらしの一軒家の軒や羽目板に、或時は寒い山颪やまおろしが、すさまじく木葉を吹きつける冬が町を見舞う頃になると
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
明治四十年頃観潮楼歌会といわれるのをなすった頃、その御馳走ごちそうをレクラム料理といいました。会の度ごとに小さなレクラム本を繰返して、今度は何にしようか、とたのしんでいられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
直接の関係はなくとも、く間接の感化かんくわをうくるものなれば、尊敬の意をうしなふまじきものなりなど、花は見ずして俯向うつむきながら庭をめぐるに、花園はなぞのひらきて、人の心をたのします園主ゑんしゆ功徳くどく
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
だれでも年をれば手はれます。そんなことより、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になることばかり私にはたのしみなんだから。お父さんがお聞きになるとしかられますよ。ね。さあ、おいで。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これを要するに、楽は衆とともにするにかず。いやしくも衆のたのしむところを度として改正せば、あに振興の道なからんや。ひとえに才あり志あり余力ある人の裁制・誘導あらんことを要するのみ。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
詩人は社会をたのしんで毫も社会に混ぜず、詩人は神に近きを尊び己に近きを佳なりとす、一切社会の批判者にして一切社会の讃美者なり、絶対的傍観の見地に立ちて始めて、真詩人の職を完うし得べし
絶対的人格:正岡先生論 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)