“密(ひそ)” の例文
いよ/\城の運命が幾何(いくばく)もないことを悟って、八歳になる嫡男と六歳になる姫君とを、乳人(めのと)に預けて密(ひそ)かに或る方面へ落してやった。
「微行も微行、一切、人目を怖れる密(ひそ)かな途中だ。わけてここは諸国の者の出入りの繁(はげ)しい港町。はやくせい。仔細(しさい)はあとで話すから」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬼のような深山は、赤外線利用の技術を悪用して、それまでにも、人の寝室を密(ひそ)かに写真にとっては、打ち興じていたという痴漢(ちかん)です。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ことによると、戸締りをする以前(いぜん)から密(ひそ)かに這入っておって……うフフフ、そも何者がこの屋敷へひそかにはいっておるというのじゃ?
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女(かのぢよ)は喜(よろこ)びも心配(しんぱい)も、たゞそのためにのみして書(か)き入(い)れた努力(どりよく)の頁(ページ)をあらためて繰(く)つてみて密(ひそ)かに矜(ほこ)りなきを得(え)ないのであつた。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
職業柄人見知りなんかはしてゐられないし、又さういふことにかけては密(ひそ)かに自信を持つてゐた房一も、少したぢたぢとなつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
夜の中に通り拔(ぬ)け流石(さすが)晝中は人目を憚(はゞか)り密(ひそ)かに彼の盜み取し二百兩の金にて宿場(しゆくば)の飯盛(めしもり)女を揚げて日を暮し夜に入るを待て其處を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
密(ひそ)かに忠次を呼び入れて、「汝の策略は最も妙、それ故に他に洩れるのを慮って偽り怒ったのだ」と云って秘蔵の瓢箪板(ひょうたんいた)の忍び轡(ぐつわ)を与えた。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
脱ぐ沓の重なると読めるは女の密(ひそ)かに男の辺(ほと)りに寄る時ははきたる沓を脱げば、自ずから重なりて脱ぎ置かるるなりというた。
愛(あい)ちやんは彼等(かれら)の石盤(せきばん)を見越(みこ)せる程(ほど)近(ちか)くに居(ゐ)たので、全然(すつかり)それが分(わか)りました、『併(しか)しそれは何(ど)うでも關(かま)はないわ』と密(ひそ)かに然(さ)う思(おも)ひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
また一方、毒瓦斯の出ない工場にはまた色々別の危険が潜伏していて、そうして密(ひそ)かに犠牲者の油断のすきを狙って爪を研(と)いでいるであろう。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
或る日、ナポレオンは侍医を密(ひそ)かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢の消えた腹を出した。侍医は彼の傍(そば)へ、恭謙な禿頭(はげあたま)を近寄せて呟(つぶや)いた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
鳥居甲斐守は組下の目明し下っ引を追いまわして昨年暮から密(ひそ)かに大探索を続けておりまするが、まだ確かな手掛りはない様子でございます。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
年少不良の徒の歌に、私は屡(しばしば)、飛びあがる様に新しくて、強い気息を聴いて、密(ひそ)かに羨(うらや)み喜んだ事も、挙げよとなら若干の例を示す事が出来る。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ことに今日は神尾主膳から仕掛けて行って、敵を引張り出そうとする形勢が歴々(ありあり)と見えるから、能登守のために密(ひそ)かに心配する者もありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし私(わたし)は決定的(けつていてき)でなかつた。行(い)くなら一人(り)やつた方(ほう)がいゝと私(わたし)は密(ひそ)かに思(おも)つてゐた。I子(こ)を番(ばん)してついて行(い)くやうなことは私(わたし)には出来(でき)なかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
自分が曾(かつ)て知っていた、或いは本で読んだことのある、乃至(ないし)は噂に聞いたことのある誰かれの顔を——それら漸(ようや)く密(ひそ)やかに薄れ隠れようとしている
併しそれがいつも密(ひそ)かに計画して、巧みに実施せられるので、世間には只ぼんやりした流言が伝はつてゐる丈で、証拠や事実の挙げられたことは無い。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
そうでなくとも堂々と押しかけてきて一門を承知させたことになっていて、大昔の神々のごとく夜陰(やいん)密(ひそ)かに通(かよ)ってきて後に露顕したものではなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
太虚この劇の流行を聞き、丁度南昌に来れる龔芝麓と共に、密(ひそ)かに歌伶(かれい)を其の家に召し、夜半之を演ずるを観(み)る。
八宝飯 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もしいつはりと思(おも)はれなば、例(れい)の宿直(とのゐ)にとて家(いへ)を出(い)でて、試(こゝろ)みにかへり來(き)て、密(ひそ)かに伺(うかゞ)うて見(み)らるべし、と云(い)ふ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
平次殿の仰(おっしゃ)る通り、風呂場には強(したた)かに血の付いた、袷(あわせ)が一枚、盥(たらい)につけてありました。これは御厚志に酬(むく)ゆるために、密(ひそ)かに申上げる。万事御内聞に——
ところで、私は家内の育児の手際、殊にその気持ちのありどころに対しては、密(ひそ)かに深い注意を払ってきた。
盗難 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
……伊東はその朝、検視の折、武太郎の無残に切断された右大腿部(だいたいぶ)の内側に銃砲による弾痕(だんこん)を密(ひそ)かに発見して、急に口を噤(つぐ)んでしまったことを思い合わせた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
内に深く残忍の想を潜(ひそ)め、外又恐るべく悲しむべき夜叉相(やしゃそう)を浮べ、密(ひそ)やかに忍(しの)んで参ると斯う云うことじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
○今日諸侯の処しよう、これも愚考の所、在邸の節密(ひそ)かに建白致し候えども、囚奴の言、政府何ぞ信用あらん。しかし知己のために一言して併せて高論を乞う。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
大英国は羨(うらや)むべき国よなど密(ひそ)かに思ひ申し候(さふらふ)。この甲板(かふばん)へ藁蒲団(わらぶとん)敷き詰めて角力(すまふ)の催しなどもありしよしに候(さふらふ)。私の室附(づき)の山中は五人抜きの勝利を得し由(よし)に候(さふらふ)。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
けれど矢っ張り妙な恥かしさから、彼の書いた手紙には、裏の裏にやっと遣る瀬なさを密(ひそ)めたが、忙しい世の中では表てだけ読んで、ぽんと丸められて仕舞った。
舌打する (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
維新前国禁を犯して密(ひそ)かに米国に航し、同地に於て基督(キリスト)教の感化を受けたのであるから、日本武士の精神と基督(キリスト)教の信仰とを併有する一種精神上の勇者であった。
隅田のご前を前後に守り、七福神組の連中が、目立たぬ旅の装いをして、密(ひそ)かに歩いて行くのであった。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「恋をするものの密(ひそ)かな気息であり、天上の星の音楽である。」と云う言葉のようなものがありました。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そうして、そういう冷やかな態度を取らなければ満足の出来ない自分を密(ひそ)かに悲しみはしなかったか。
自己の肯定と否定と (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
この古い琴の音色(ねいろ)には幾度(いくたび)か人の胸に密(ひそ)やかな漣(さざなみ)が起った事であろう。この道具のどれかが己をそういう目に遇(あ)わせてくれたなら、どんなにか有難く思ったろうに。
密(ひそ)かに目を注けてあやしんで居たものゝ、それでも単身柳橋の酒楼に馳向うとは夢にも思わなかった。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
臣伏(ふ)して祖訓を覩(み)るに云(い)えることあり、朝(ちょう)に正臣無く、内に奸悪あらば、則(すなわ)ち親王兵を訓して命を待ち、天子密(ひそ)かに諸王に詔(みことのり)し、鎮兵を統領して之を討平せしむと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
するとそこでは平素から不逞(ふてい)の志をいだいていた壮丁(そうてい)たちが、密(ひそ)かに銃器の手入れや竹槍の用意やをしている。近藤巡査とその同僚たちとは直ちに彼らをひっ捕えた。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
伯夷叔斉(はくいしゅくせい)も太公(たいこう)も群衆に逆らった心の独立は好(よ)みすべきであるが、もし二人の兄弟が武王(ぶおう)に反対して、密(ひそ)かに出版物を播(ま)き散らしたり、あるいは隠(いん)に徒党を組んだり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
伝七郎の失踪(しっそう)は父や兄達にとってたいへんな打撃だったのだろう、あの翌朝から密(ひそ)かに手分けをして、八方へ追手を出すとともに、城下町をずいぶん捜し廻ったらしい
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
豊雄を密(ひそ)かに招きて、此の事よくしてよとて袈裟をあたふ。豊雄これを懐(ふところ)に隠して閨房(ねや)にいき、庄司今はいとま三八一たびぬ、三八二いざたまへ、出で立ちなんといふ。
私は密(ひそ)かにその日数で、その玩具がどの程度にお気に入ったかを占うバロメーターにしていた。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
自由主義を唱道してしかして密(ひそ)かに権略を事とする者あり、進歩主義を仮装してしかして陰に功利を貪る者あり、理よろしく永久平和を唱うべき者また国防論を草するあり
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
暗い町を肩を並べて歩き乍ら、稀なる往来(ゆきき)の人に遠慮を為(し)い/\、密(ひそ)めた声も時々高くなる。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私の自負が私の平生(へいぜい)に希望している内生の満足を意味するのでなくて、他人に私の微弱な自我をわざと誇張し、見せびらかそうとする痩我慢であるのを深く密(ひそ)かに愧(は)じている。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
今迄数回の通告に応諾の意を表さなかった貴女(あなた)は当然制裁を甘受せねばなりません、明夜十時三十分を期して密(ひそ)かに、戸外へ出て一丁東の四辻まで来て下さい、この命令に従うことが
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
此の節は、旦那の出らるゝ前に、密(ひそ)かに蟇口(がまぐち)の内を診察いたしおき候。買ひし物を
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
「まァ密(ひそ)かに。荒立ては万事が破滅、密かに……頼む……これ、後生じゃ、頼む」
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
泳ぎ回る者でもいるように頭の中がぐらぐらする葉子には、殺人者が凶行から目ざめて行った時のような底の知れない気味わるさが感ぜられた。葉子は密(ひそ)やかにその部屋を抜け出して戸外に出た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
殿様お泊番(とまりばん)の夜(よ)に、源次郎が密(ひそ)かにお國の許(もと)へ忍び込み、明日(みょうにち)中川にて殿様を舟から突落し殺そうとの悪計(わるだく)みを、私(わたくし)が立聞(たちぎゝ)をした所から、争いとなりましたが、此方(こちら)は悲しいかな草履取の身の上
単身越年を為(な)さんと決するや、妻(さい)これを憂(うれ)い独(ひと)り密(ひそ)かに急行、小児を郷里の父母に托して登山し来るに就きては、幾分心を労することもあるなるべし、その結果妻は十一月上旬に至り、甚(いた)く逆上し
然し、各自は密(ひそ)かにさう思つてゐたにしても、クラス全體に行き亘(わた)つてゐる群衆心理はそれを容易(たやす)く征服した。そして或る一點へ進まうとする根強い力が既に兆(きざ)してゐるのをみんなは意識してゐた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)