くちばし)” の例文
それはであった。長いくちばしの上の方の黄ろい古怪な形をした水禽は、境内の左側になった池にでも棲んでいるのか人に恐れなかった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それと同時に、林の中はにはかにばさばさ羽の音がしたり、くちばしのカチカチ鳴る音、低くごろごろつぶやく音などで、一杯になりました。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
と、息切れのするまぶたさっと、気を込めた手に力が入つて、鸚鵡の胸をしたと思ふ、くちばしもがいてけて、カツキとんだ小指の一節ひとふし
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
どうして、苦しがっているものがあるのだろう?——それから、傷口をくちばしで押えながら、どうしてもじっと立っていられないものが?
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
人々が不思議がって見ているうちに、二羽が尾とくちばしと触れるようにあとさきに続いて、さっと落して来て、桜の下の井の中にはいった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
くちばしで掻き乱したものか細かい胸毛が立つて居り、泊り木に巻きついてゐる繊細かぼそい足先には有りつ丈けの力が傷々いた/\しく示されてゐる。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
『瑞陽』のお鶴がくちばしをもって自ら心の臓をついたものに相違ありません。……いやさ、傷口に嘴などをおあわせになる必要はない。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「驚いた老人としよりだ。酒も強いが、何ていう芸人だろう。してみると、俺などは、極道ごくどうにかけると、まだまだくちばしが青いのかも知れねえ」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ児雀がくちばしの練習のように、時々覚束おぼつかなく拾いに来るだけである。それをまた親鳥が周りに来て、世話を焼くことは人間以上である。
雉も鋭いくちばしに鬼の子供を突き殺した。猿も——猿は我々人間と親類同志の間がらだけに、鬼の娘を絞殺しめころす前に、必ず凌辱りょうじょくほしいままにした。……
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
流れる血は生きているうちからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋いっぴき下りている。つばさをすくめて黒いくちばしをとがらせて人を見る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雄雀尋ね往って新妻を救いくわえて巣へ還るさ老妻見て哄笑し、夫雀怒って婆様黙れと言うと新妻夫のくちばしを外れ川に落ちて死んだ。
所々でこぼこして上の方に醜いしわの寄ってる変な額が出てきた。鼻はくちばしのようにとがった。肉食獣のような獰猛どうもう狡獪こうかいな顔つきが現われた。
それでも狡獪かうくわいすゞめためもみのまだかたまらないであま液汁しるごと状態じやうたいをなしてうちからちひさなくちばしんでしたゝかに籾殼もみがらこぼされた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
くちばしで羽を抜き、翩々へんぺんとして白蓮の墜落するに似ているのを見て、犬が吠え人が集ったので、翼をつらねて天に沖し去り、遂に其所在を失った
マル及ムレについて (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
掃溜はきだめへたかって腐敗物をめたくちばしで出来たての食物を舐めますからその気味の悪い事、つまり有毒細菌を運搬して歩くのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
いま、このあたらしくはいって仲間なかま歓迎かんげいするしるしに、立派りっぱ白鳥達はくちょうたちがみんなって、めいめいのくちばしでそのくびでているではありませんか。
彼は秋になると、鋭いくちばしをもったもずがやって来て、自分たちを生捕りにして、樹の枝にはりつけにするのを何よりも恐れていました。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
手近にあったアルコールの数滴を机の上に垂らしてその上に玉虫の口をおっつけると、虫は活溌にそのくちばしを動かしてアルコールを飲み込んだ。
しぎくちばしのように長い鼻とがくっついているさまは、まるで風見のとりが、彼の細い首のうえにとまって、風の吹く方向を告げているようだった。
その中に魔衆の一人として、長いくちばしを突き出した八戒が、熊手くまでをふりあげて、強くないくせに威張った顔をして立っていた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし其喇嘛が成長して政治へくちばしを入れるようになると夫れを邪魔にして追い退ける。そして同じような痣を持った幼年の喇嘛を立てるのだ。
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「要らざるお切匙せっかいだ! わしが娘に言いつけることに君は何の権利があってくちばしをいれる! 黙って見ておればそれでよろしい」
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
鷲のくちばしのやうな鼻をした四十前後の男だつた。詰襟の麻の洋服を着て、胸のあたりに太い金の鎖を、仰々しくきらめかしてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「あんたと此処ここで会うてる以上は、姉ちゃんにも来てもらう」いいなさって、私との交際には絶対にくちばし入れんといてほしい
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そうでなくてさえも、品右衛門爺さんに先を越されて、やむなく口をつぐんでいた一座の甲乙が、この時一時にくちばしを揃えて
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょんと廊下の欄干らんかんにとまって、くちばしで羽をかいつくろい、翼をひろげて危げに飛び立ち、いましも斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
妖女が馬腹をくぐる時の文句に「周囲の山々は矗々すくすくくちばしを揃え、頭をもたげて、この月下の光景を、おぼろ朧ろとのぞき込んだ」
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
動物のように前後も知らずねむりむさぼった寝姿でもない。竜子は綺麗きれいな鳥が綺麗な翼にくちばしを埋めて、静に夜の明けるのを待っている形を思い浮べた。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『その種子たねは、私たちがそれを金翅かなひわにやると、金翅は中の核を取り出さうとして、殻をくちばしで突き破るあの粒の事でせう。』
顔を茂りに隠して、手には大きな虎鋏とらばさみ、その怪鳥のくちばしとも見える刃が下を向いて、越前守の頭の上を狙って居るのでした。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そは我見かつ聞きしに、くちばし物言ひ、その聲の中にはわれらとわれらのとのこゝろなるわれとわがと響きたればなり 一〇—一二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あるいは鼻の頭からやさしい長い触覚を出して、ソロリソロリと動かしながら、リンリンと人を哀れがらせ、くちばしと鼻を兼帯にして阿呆あほう阿呆と鳴き渡り
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
閃光が半ば沈みかけた帆檣ほばしら浮彫うきぼりにし、その上には黒い大きな鵜が翼に飛沫を浴びつゝとまつてゐる。そのくちばしには寶石をちりばめた腕環を啣へてゐる。
短い柱から肋骨ろっこつのように左右相対に細長い水盤が重なって出ている。上は短かく次々と少しずつ長くなって、最後の盤はペリカンのくちばしのように長い。
噴水物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
くちばしおよびのど辺などに爪牙にかけられしきずを受け得て、その景状はすべて夢中にありし事柄とごうも異なることこれなし。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
貪婪どんらんくちばしを突き立てて四面を一渡り円舞し、急に首を丸め爪で嘴をとぎながら扇子のように拡げた翼をとじて直下の姿勢をとった。矢のように早い。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
その模糊もことした中から、の音が流れて来て、くちばしすねの赤い水鳥が、ぱっと波紋をのこして飛びたつ——都鳥である。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
くちばしのあひだから、真紅な血が、するどい一筋の糸を引いてゐた。それが羽毛のむざんに抜け落ちた鳥膚をつたはつて、ぽたりぽたりと床へ落ちてゐた。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
その中にたった二つの黒い点、オニエギンとレンスキイが、真黒な二羽のからすのように、不吉なくちばしを向き合せていた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
が、惡戯いたづら氣分きぶんになつて、をつとかなかつた。そして、なほもはちからだにつつきかかると、すぐくちばし松葉まつばみついた。不思議ふしぎにあたりがしづかだつた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
顔のまん中には、蜻蛉とんぼの眼玉のようにたいへん大きな眼があった。そしてその下に、黄いろいくちばしがつきでていた。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
慶長の頃に至ってはこの儒者と僧侶が銘々の職業を離れて政治にくちばしれるようになっていたのであります。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
きげんのいいロオラが、大きな籠の中をグロテスクな足とくちばしとでいまわり、籠の天井にぶらさがったまま
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
まだまだ前途悠遠の、序開きといふ段で、がつくりとなる程なら、最初から政治なんぞに、くちばしは出せないさ。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
今、ちょうが来て高雄蕊低花柱こうゆうずいていかちゅうの花に止まったとする。すなわちその長いくちばしをさっそく花に差し込んで、花底かていみつを吸う。その時そのくちばし高雄蕊こうゆうずいの花粉をつける。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
LO! 国際的涜神とくしん語がまた僕のくちばしゆがめた。なぜって君、夜の港は一めんのインク——青・黒ブルウ・ブラック—— だろう。そこにぴちぴちねてるのはいわしの散歩隊だろう。
彼女は藤色の衣をまとい、首からは翡翠ひすい勾玉まがたまをかけ垂し、その頭には瑪瑙めのうをつらねた玉鬘たまかずらをかけて、両肱りょうひじには磨かれたたかくちばしで造られた一対のくしろを付けていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その役者たちは、幾日も熱心に物干ものほしに下りたとんびを見て研究したのだそうです。やがて高時の側へ来て、しきりにくちばしを動かすのは、舞を教えようというのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
三羽さんば四羽しは憤怒ふんぬ皷翼はゞたきともごと氣球きゝゆう飛掛とびかかる、あつといふに、氣球きゝゆうたちまそのするどくちばし突破つきやぶられた。