喜悦よろこび)” の例文
……暗夜に露地を歩く者は、家の雨戸の隙間から、一筋洩れる灯火の光、そういうわずかな光明ひかりにさえ、うんと喜悦よろこびを感ずるものだ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それ純なるをさなき魂は、たゞ己を樂しますものに好みてむかふ(喜悦よろこびの源なる造主つくりぬしよりいづるがゆゑに)ほか何事をも知らず 八五—
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しかし、小八の耳にはそんな物は何も入らなかった。彼は懐しい女房の姿に接することができると云う喜悦よろこびと好奇心で一ぱいになっていた。
立山の亡者宿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこにある電話の口も把手ハンドルも、電話帳も、その狭い室にさし込んで来るの光線も何も彼もすべて喜悦よろこびに輝いてゐるやうにかれには思へた。
時子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
スウィーデンボルクまさに死せんとするや友人彼の心中の様を問う、彼こたえていわく「幼時老母の家をわんとするの喜悦よろこびあり」
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
『あゝ、ゆめではありますまいか、これゆめでなかつたら、どんなにうれしいんでせう。』と、とゞかねたる喜悦よろこびなみだをソツと紅絹くれない手巾ハンカチーフ押拭おしぬぐふ。
「違った、違った。」と、人々は喜悦よろこびの声を揚げた。七兵衛は嬉しさに又泣き出した。人々は消えかかった松明たいまつが再び明るくなったように感じた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三吉を前に置いて、橋本親子はこんな言葉をかわした。ようやくお種は帰郷の日が近づいたことを知った。その喜悦よろこびを持って、復たお雪の方へ行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれまた野茨のいばらかぶうつつて、其處そこしげつた茅萱ちがやいてほのほが一でうはしらてると、喜悦よろこび驚愕おどろきとの錯雜さくざつしたこゑはなつて痛快つうくわいさけびながら
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おくりける時に寶田村の上臺憑司親子四人の者は傳吉が村中むらぢうに居ざるを喜悦よろこびおごり増長して傳吉が人に預けし田地を書入にして金をこしらへ其上村の持山もちやま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
急ぎ礼にゆかんとて、ちとばかりの豆滓きらずを携へ、朱目がもとに行きて、全快の由申聞もうしきこえ、言葉を尽して喜悦よろこびべつ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
こうして一緒に茶を飲むなどということの、近来めったになかった母親の顔には、包みきれぬ喜悦よろこびの色があった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一日ひとひ一日と限りなき喜悦よろこびに満ちた世界に近づいて行くのだと、未来を待った少年の若々しい心も、時の進行すすみにつれていつかしら、何気なく過ぎて来た帰らぬ昨日きのう
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
おどろきと喜悦よろこび、つぎにこわい表情が文次の顔にどもえを巻いた。手早く金を袂へ返して、何思ったか走り出そうとしたが、よっぽどあわを食っていたものと見える。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
静子の生涯に忘るべからざる盆の十四日の日は、朗々ほがらほがらと明けた。風なく、雲なく、うららかな静かな日で、一年中の愉楽たのしみを盆の三日に尽す村人の喜悦よろこびは此上もなかつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
貪狼巨門たんらうきよもん等北斗の七星を祭りて願ふ永久安護、順に柱の仮轄かりくさびを三ツづゝ打つて脇司わきつかさに打ち緊めさする十兵衞は、幾干いくその苦心も此所まで運べば垢穢きたなきかほにも光の出るほど喜悦よろこびに気の勇み立ち
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
まごかほを見玉はゞさぞかしよろこび給ふらん。さればに候、父翁とつさまはいつぞやきたられしが母人かさまはいまだ赤子ねんねを見給はざるゆゑことさらの喜悦よろこびならん。おそくならば一宿とまりてもよからんか、おまへ宿とまり給へ。
もどれ、おろかななみだめ、もといづみもどりをれ。悲歎かなしみさゝぐるみつぎ間違まちがへて喜悦よろこび献上まゐらせをる。チッバルトがころしたでもあらうわがつま生存いきながらへて、わがつまころしたでもあらうチッバルトがんだのぢゃ。
ハッと思うと同時に、父の眼顔めがおに、私を見附けたという喜悦よろこびの表情の動くのを見ました。父は、口をいて、何かを叫び、両手を上へ揚げて、一心不乱に私の方へ突進して来ようと焦燥あせっている有様。
待構まちかまえたる夫の喜悦よろこびたとうる方なし
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
喜悦よろこびつちどよみ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
尊きマッカベオの名とともに、我はいま一の光の𢌞めぐりつゝ進み出づるを見たり、しかして喜悦よろこびはかの獨樂こまの糸なりき 四〇—四二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼がかつてこの世に存せし時彼に会して余の労苦を語り終日の疲労つかれを忘れんと、業務もその苦と辛とを失い、喜悦よろこびをもって家に急ぎしごとく
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
父親の乱心が癒ったことと、恋人の頼母が、今日あたり帰って来るだろうという期待とで、彼女の心は喜悦よろこび希望のぞみとに燃えているのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わたくし武村兵曹たけむらへいそうとは今迄いまゝで喜悦よろこび何處どこへやら、驚愕おどろき憂慮うれひとのために、まつた顏色がんしよくうしなつた。今一息いまひといきといふ間際まぎわになつて、この異變ゐへん何事なにごとであらう。
ファラリイスの血を分けた当歳が三十四頭という呼声に成りました。殿下の御喜悦よろこび何程どんなでしたろう。到頭野辺山が原へ行啓を仰せ出されたのです
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
机のそばの火鉢の前で、兼ねて逢ひたいと思つた作家と相対して坐つた時、私は言ふに言はれない喜悦よろこびを感じた。
紅葉山人訪問記 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
喜悦よろこびいさみて下りけり依て瀬川せがはが評判江戸中鳴渡なりわたり諸方よりもらはんと云者數多あまたあれ共當人たうにんは是を承引うけひかず今迄の難澁なんじふとても世に云苦勞性くらうしやうなるべし遁世して父と夫のあと
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
素直な満足と喜悦よろこびやわらぎ浸ることができずに、暗い日蔭へ入っていくような不安を感じていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
貪狼巨門たんろうきょもん等北斗の七星を祭りて願う永久安護、順に柱の仮轄かりくさびを三ッずつ打って脇司わきつかさに打ちめさする十兵衛は、幾干いくその苦心もここまで運べば垢穢きたなきかおにも光の出るほど喜悦よろこびに気の勇み立ち
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その朝は殊に其数が多かつた。平生へいぜいの三倍も四倍も……遅刻がち成績できの悪い児の顔さへ其中に交つてゐた。健は直ぐ、其等の心々に溢れてゐる進級の喜悦よろこびを想うた。そして、何がなく心が曇つた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
金眸も常に念頭こころけゐて、後日の憂ひを気遣ひし、彼の黄金丸を失ひし事なれば、その喜悦よろこびに心ゆるみて、常よりは酒を過ごし、いと興づきて見えけるに。聴水も黒衣も、ここ先途せんど機嫌きげんを取り。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
其折そのをり喜悦よろこびいま悲痛かなしみ千萬倍せんまんばいであらうぞよ。
抱還いだきかへれば、待構まちかまへたるをつと喜悦よろこびたと
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わが未だ地獄に降りて苦しみをうけざりしさきには、我をつゝ喜悦よろこびもとなる至上の善、世にてと呼ばれ 一三三—一三五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
かれは限りなき喜悦よろこびの色を其穏かな顔に呈して、頻りに自分の顔を見て居たが、不図ふとかたはらに立つて居る其家の家童かどうらしい十四五の少年を呼び近づけて、それに
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
『おゝ、松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさよ、濱島武文君はまじまたけぶみくんよ、春枝夫人はるえふじんよ、貴方等あなたがた喜悦よろこびにまで、少年せうねん無事ぶじです、無事ぶじです※。』
何故だろう? 蜘蛛が、自分の張った網へ、蝶が引っかかろうとするのを、網の片隅に蹲居うずくまりながら、ムズムズするような残忍な喜悦よろこびをもって、じっと眺めている。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生め、ふやせ、小泉の家と共に栄えよ——この喜悦よろこびは実が胸に満ち溢れた。彼は時の経つのを待兼ねた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大きな厄難やくなんから首尾よくのがれた喜悦よろこびもあったり、産れた男の子が、人並みすぐれて醜いというほどでもなかったので、何がなし一人前の女になったような心持もしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
思ひ付ひとり心のうち喜悦よろこびつゝ彼の畔倉重四郎は今藤澤宿にて大津屋おほつやと云ふ旅籠屋はたごや入夫にふふなり改名して段右衞門と申す由をきゝし事あればまづ彼の方へゆきて金を無心むしんする時は舊惡きうあく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかして我の汝を愛するによりて汝より受くる喜悦よろこびと感謝とを以て汝の快楽とせよ。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
目をわが主にむけたるに、主は喜悦よろこび休徴しるしをもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五—八七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
山に凭り渓に架した伊香保の人家が、蜃気楼のやうに向ふに見えた時には、私は思はず喜悦よろこびの声を挙げた。
草津から伊香保まで (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
霜焼が痛いと言って泣いた時分からの捨吉のことをよく知っているお婆さんは彼が平素いつもに似ず晴々とした喜悦よろこびの色の動いた顔付で夏期学校の方から帰って来たのを見た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
秘密な喜悦よろこびが、恐怖に襲われているお島たちの暗い心のうえに拡がって来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずしてむのほかなき程に大いなる喜悦よろこび滿てり 二二—二四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「ファラリイス」の血を分けた当歳が三十四頭という呼声になりました。殿下の御喜悦よろこび何程どんなでございましたろう——とうとう野辺山が原へ行啓を仰出おおせいだされましたのです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
混雑また混雑、群衆また群衆、行く人送る人の心は皆そらになって、天井に響く物音が更に旅客の胸に反響した。悲哀かなしみ喜悦よろこびと好奇心とが停車場の到る処に巴渦うずを巻いていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
『懴悔録』の広告を見つけた時の喜悦よろこびから、飯山の雑誌屋で一冊を買取つて、其を抱いて内容なかみを想像し乍ら下宿へ帰つた時の心地こゝろもち、読み耽つて心に深い感動を受けたこと
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)