刺身さしみ)” の例文
このふうは今でも正式の饗宴きょうえんには伝わっている。決してほこりだらけの刺身さしみ蒲鉾かまぼこを、むしゃむしゃ食うばかりが肴ではなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
日本人が常に刺身さしみを愛し、常食するゆえんは、自然の味、天然の味、すなわち加工の味以上に尊重するところである、と私は思っている。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
A いよ/\馬鹿ばかだなア此奴こいつは。およそ、洒落しやれ皮肉ひにく諷刺ふうしるゐ説明せつめいしてなんになる。刺身さしみにワサビをけてやうなもんぢやないか。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
むしろあくどい刺戟しげきに富んだ、なまなましい色彩ばかりである。彼はその晩も膳の前に、一掴ひとつかみの海髪うごを枕にしためじの刺身さしみを見守っていた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
魚も野菜も慥かにうまいし、料理のしかたもあっさりと凝っている。だがおれは、鯛の刺身さしみよりいわし秋刀魚さんまの塩焼のほうが恋しくなった。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これがむかし本陣ほんぢんだと叔父をぢつただゞつぴろ中土間なかどまおくけた小座敷こざしきで、おひらについた長芋ながいも厚切あつぎりも、大鮪おほまぐろ刺身さしみあたらしさもおぼえてる。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
刺身さしみきらいな者は医師よりいかに刺身さしみの消化よきこと、滋養分じようぶんの多きことを説かれても、何とかけちをつけて毒でもあるかのごとくけなす。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
所謂詩的な表現だなどいっているが、その詩的とはどんなものであるか、彼等に解せられた詩的とは恐らく刺身さしみのツマにすぎぬものであろう。
童話に対する所見 (新字新仮名) / 小川未明(著)
少くも刺身さしみに対する山葵わさびくらいの役をするのではなかろうか。みどりの湖の岸に建っている白い塔の中に、金髪の王女が百年の眠りを眠っている。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
マグロの刺身さしみ。イカの刺身。支那しなそば。ウナギ。よせなべ。牛の串焼くしやき。にぎりずしの盛合せ。海老えびサラダ。イチゴミルク。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
ホヽいやだよ此人このひとは、しゞみかひごとべてさ……あれさお刺身さしみをおかつこみでないよ。梅「へえ……あゝ心持こゝろもちになつた。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
... お刺身さしみにして梅干酢うめぼしずで出すつもりです」妻君「梅干酢とは」お登和「梅干の肉を裏漉うらごしにしてってを交ぜたのです。 ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
刺身さしみの一と皿位は独り占めにベロリと平らげてなお飽足らずに、首を伸ばして主人がはしはさんで口まで持って行こうとするのをやにわに横取りをする。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
一口の饅頭も食べずにしまったあの無欲さに比べて、いねはここ半年来、刺身さしみよりほか食欲が起らないのであった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
十一屋では膳部も質素なものであるが、江戸にもお別れだという客の好みとあって、その晩にかぎり刺身さしみもついた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「でも、町内のお醫者の石原全龍樣が、最初石見銀山の毒死に違ひないといひながら、御檢屍のときは、お刺身さしみかお酢の物の中毒だらうといつたさうで」
枕元にやんわりと坐ると、長火鉢で加減をみてきたかゆなべたい刺身さしみをのせてきた盆を、一まず横の方へ置いて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その金田君がまぐろ刺身さしみを食って自分で自分の禿頭はげあたまをぴちゃぴちゃたたく事や、それから顔が低いばかりでなく背が低いので、無暗に高い帽子と高い下駄を穿く事や
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
師匠の家でも或る日鰹の刺身さしみがお総菜に出るという塩梅あんばい、大漁のお蔭にて久しぶり我々は有難くそれを頂戴ちょうだいしたことであったが、今申す如く、発育盛りの年輩ですから
人々はさかんにお膳をあらした、チビ公はだまってお膳を見るとたいの焼きざかなにきんとん、かまぼこ、まぐろの刺身さしみは赤く輝き、ものは暖かに湯気をたてている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
夕食にまぐろ刺身さしみがつく。十年ぶりに海魚うみざかなの刺身を食う、と片山さんが嘆息する。汽車の御馳走だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ふゆゆきおろしは遠慮ゑんりよなくをきるさむさ、うをといひては甲府かうふまで五みちりにやりて、やう/\𩻩まぐろ刺身さしみくちくらゐ、あなたは御存ごぞんじなけれどお親父とつさんにきい見給みたま
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「姉さん。すっかり腹を減らしてしまったよ。いそいで食事をこしらえてくれないか。ええと、献立はエビのフライに、お刺身さしみに、卵焼きに、お椀にライスカレーに、それから……」
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そうか、それでは」と桂は女中に向かって二三品命じたが、その名は符牒ふちょうのようで僕には解らなかった。しばらくすると、刺身さしみ煮肴にざかな煮〆にしめ、汁などが出て飯をった茶碗に香物こうのもの
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
蚊のいない夏は山葵わさびのつかないたい刺身さしみのようなものかもしれない。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この家の主人あるじわざわざ長崎に買ひたる刺身さしみを吾に食はしむ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
初がつおに舌鼓したつづみを打ったのは、煮たのでも、焼いたのでもない。それは刺身さしみと決まっている。この刺身、皮付きと皮をぐ手法とがある。
いなせな縞の初鰹 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
四つめには「塩物ばかりではのどかわく、刺身さしみを」といいだす。乞食こじきのごとき者でさえも、その欲望を満たそうとすれば、どこまで行っても満足せぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
切ってお刺身さしみのように薄く切って酢味噌で食べれば茄子のお刺身ですし、一度油で揚げてそれからまた煮汁だし唐辛とうがらし
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
里見弴さとみとん君などは皮造りの刺身さしみにしたらば、きつと、うまいのに違ひない。菊池きくち君も、あの鼻などを椎茸しひたけ一緒いつしよてくへば、あぶらぎつてゐて、うまいだらう。
食物として (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「でも、町内のお医者の石原全竜様が、さいしょ石見銀山の毒死に違いないといいながら、御検屍のときは、お刺身さしみかお酢の物の中毒だろうといったそうで」
刺身さしみツていやあ一寸試いつすんだめしだ、なますにすりやぶつ/\ぎりか、あのまた目口めくちのついた天窓あたまほねつながつてにくまとひついてのこなんてものは、といやかほをするからね。あゝ
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おれも真似をしてしるを飲んでみたがまずいもんだ。口取くちとり蒲鉾かまぼこはついてるが、どす黒くて竹輪の出来損できそこないである。刺身さしみも並んでるが、厚くってまぐろの切り身を生で食うと同じ事だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半時間はんじかん以上いじやうたねば人車じんしやないといて茶屋ちやゝあが今度こんどおほぴらで一ぽんめいじて空腹くうふく刺身さしみすこしばかりれてたが、惡酒わるざけなるがゆゑのみならず元來ぐわんらい以上いじやうねつある病人びやうにん甘味うまからうはずがない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
(野中)(その襖の外の節子に平目ひらめを手渡しながら)たったいま、浜からあがった平目だ。刺身さしみにしてくれ。奥田先生と今夜は、ここで宴会だ。いいかい、刺身をすぐに、どっさり持って来てくれ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この残りの刺身さしみの幾片かのイメージがこの詩人の午後の半日の精神生活の上に投げた影はわれわれがその文字の表面から軽々に読過するほどに希薄なものではなく、卑近なものでもなかったであろう。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
B ぼく折々をり/\刺身さしみふよ。中々なか/\うまいものだ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
この夕べたひ刺身さしみとナイルうなぎ食はしむ日本にほんふね
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
飯は茶碗に半分目、もしくはそれ以下に盛って、まぐろの刺身さしみ三切れを一枚ずつ平たく並べて載せる。それに醤油しょうゆを適当にかけて加減する。
鮪の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
彼の理想というが、これは彼の理想でなくしてその実の理想である。腹がいっぱいになり刺身さしみが食いたいというのは、腹の理想でなく、したの理想である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
第三十三 鯛の胡麻汁ごまじる飯 と申すのは鯛の肉を普通の刺身さしみよりも少し厚い位に切っておきます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
盆踊りに笛のないのは、刺身さしみ山葵わさびがないやうなもので、誰でも氣がつかずには居ません。
煮たのが、心持こころもちが悪けりゃ、刺身さしみにして食べないかッていうとね、身震みぶるいをするんだぜ。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうよいのまわった牧野は、初めの不快も忘れたように、刺身さしみなぞを犬に投げてやった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこへ行くと日本の献立こんだては、吸物すいものでも、口取でも、刺身さしみでも物奇麗ものぎれいに出来る。会席膳かいせきぜんを前へ置いて、一箸ひとはしも着けずに、眺めたまま帰っても、目の保養から云えば、御茶屋へ上がった甲斐かいは充分ある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
茶漬けの中でも、もっとも美味うまいもののひとつに、はもの茶漬けがある。これは刺身さしみでやるたい茶漬けと拮抗きっこうする美味さだ。
鱧・穴子・鰻の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「しみつ垂れだから、一人で呑むんだつて、酒の肴のぜいは言はない、——尤も一代に何千兩といふ身上を拵へる人間は、蟲のせゐで刺身さしみ蒲鉾かまぼこは自腹を切つちや食はないんですね」
たのが、心持こゝろもちわるけりや、刺身さしみにしてべないかツていふとね、身震みぶるひをするんだぜ。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると微醺びくんを帯びた父は彼の芸術的感興をも物質的欲望と解釈したのであろう。象牙ぞうげはしをとり上げたと思うと、わざと彼の鼻の上へ醤油のにおいのする刺身さしみを出した。彼は勿論一口に食った。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
茄子なす刺身さしみ 秋 第二百十一 野菜の煮物
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)