しの)” の例文
僥倖さいわいに、白昼の出水だったから、男女に死人はない。二階家はそのままで、辛うじてしのいだが、平屋はほとんど濁流の瀬に洗われた。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はたけえ、牧場ぼくじょうえてはしってくうち、あたりは暴風雨あらしになってて、子家鴨こあひるちからでは、しのいでけそうもない様子ようすになりました。
わが生ける間は我しきりに人をしのがんことをねがひ、心これにのみむかへるが故に、げにかくゆづるあたはざりしなるべし 八五—八七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そのあたりを打見ますと、樵夫きこりの小屋か但しは僧侶が坐禅でもいたしたのか、家の形をなして、ようや雨露うろしのぐぐらいの小屋があります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
きものは暑さ寒ささえしのげばよいという実用面だけを強調する議論と同じでありまして、畢竟、無理解から起こる暴論でありましょう。
料理する心 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
益〻このありがたさは痛切であって、恐らく私が年をとり生活の波浪をしのぐこと深ければ深いほど、いやまさる感謝と思われます。
もしそんな金があったら、仮令たとえそれが十銭であったにしろ、芋でも買って餓をしのぎ、玉島を殺す事は明日の問題にしたに違いないのだ。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
お蘭に取って、この言葉は一時しのぎの気休めであり、また四郎への励ましに使ったものに過ぎないけれども、四郎は永く忘れなかった。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は少量の携帯食糧にうえしのいだが、襲い来った山上の寒気に我慢が出来なかった。仕方なく落下傘を少しずつやぶっては燃料にした。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
虎は少時しばらくの間は僕と田鶴子さんの手を幾度か往復した。こんな簡単な玩具も相応退屈しのぎになった。僕達は何時の間にか大船に着いた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
屋根のくぼみなどに、雨水がたまるからだ。僕等は、それによって、かつやすことができ、雨水を呑んで、わずかに飢えをしのぐのだった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
そこで一時のしのぎにと云って、伯父の出してくれた金の大部分は漢籍にしてしまった。それを持って国へ引込んで読むというのである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だから、意識のあるうちは、当然手足をどこかで支えてしのいでいたろうから、その間は重心が下腹部辺りにあるとみて差支えない。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それをぼつぼつと摘まんで食べたのは、客などのきたときのただのなぐさみであって、うえしのぐというのは始めからの目的でなかった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
お葉は折柄おりからの雨をしのぐ為に、有合ありあう獣の皮を頭から引被ひっかぶって、口には日頃信ずる御祖師様おそしさまの題目を唱えながら、跫音あしおとぬすんで忍び出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「今日よりはお獄舎ひとやへ、夜の灯も、火桶ひおけ(火鉢)も差し上げますゆえ、昼や御寝ぎょしの座までも、充分おしのぎよいように、お用いください」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しか比較的ひかくてき※去くわこの三ねんわたくしためにはしのやすかつたよ、イヤ、其間そのあひだには隨分ずゐぶん諸君しよくんには想像さうざう出來できないほど面白おもしろこと澤山たくさんあつた。
さし當つての急場のしのぎに財布さいふを差出して、金切聲かなきりごゑにも、ヒステリイにも、嘆願にも、抗議にも、痙攣けいれんにも一切とり合ひませんでした。
友達はそれをしちに入れて一時をしのいだ。都合がついて、質を受出うけだしてかへしにた時は、肝心の短銃ピストルの主はもう死ぬ気がなくなつて居た。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
浅二郎は多度津へ来て、藩政の一般にざっと眼を通しただけで、とても急場をしのぐ策など建てられる筈がないという事を知った。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
無理に三杉さんの御次男を迎へたら、三日經たないうちに、お孃さんは自害じがいをするに違ひない。急場のしのぎが付いたら又何んとかならう。
「やい、つかせてやれ、開いちゃ悪いぜ、まきり直して乗り落すようにしねえとしのぎがよくねえや、そのつもりでやってくれ、いいかい」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「亀と兎の競争の話」はこの物語に出た諸話の中もっとも名高い物で根気く辛抱して励めば非常の困難をもしのいで事業を成就し得る事を
どうやらしのぎをつけてゐたので、彼女の働きがなかつたら、母親なぞがいくら威張つてもどうにもなりはしなかつたではないか。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ことに、裸馬らばを駆る技術に至ってははるかに陵をしのいでいるので、李陵はただしゃだけを教えることにした。左賢王さけんおうは、熱心な弟子となった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
今や彼らの手もとには、この冬をしのぐべき糧食の貯えもなくなっていた。どんなによい地味であっても、冬にみのらせることは出来ない!
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ことに冬の寒い時に酒を飲むのは非常の害があるので一時は寒気をしのぐようでもそのあとが一層寒気を感じてこごえたり病気を起したりします。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ただ雨をしのぐだけのもので、漆喰もなく煙突もなく、四壁は荒けずりの風雨にさらされた板で、大きな隙間さえあり夜は風通しが良かった。
玉木さんは煙草をむことさえ不本意だが、退屈しのぎに少しはやるという顔付で、短い雁首がんくび煙管きせるで一服吸付けながら答えた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
恵那峡の幽邃ゆうすいはともすると日本ラインの豪宕ごうとうしのぐ。ここまでのぼって来なければ木曾川の綜合美は解せられない。すばらしい、すばらしい。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
あるひは一一二がつ椎柴しひしばをおほひて雨露をしのぎ、つひとらはれて此の嶋にはぶられしまで、皆義朝よしともかだましき計策たばかりくるしめられしなり。
夜寒をしのぐために借著をした、それが茶縮緬だったというのであろう。借著はして見たが、何となく身にそぐわぬような感じが現れている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
それは丸太まるたんで出来できた、やっと雨露うろしのぐだけの、きわめてざっとした破屋あばらやで、ひろさはたたみならば二十じょうけるくらいでございましょう。
庫裡くりの、上りがまちに、腰を下ろして、いずれ、悪徒しれものらしいかごかきを相手に、これも寒さしのぎの、冷酒をかぶっていた、がに股の吉が——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
見るさえまばゆかった雲のみねは風にくずされて夕方の空が青みわたると、真夏とはいいながらお日様のかたむくに連れてさすがにしのぎよくなる。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
鰹節かつおぶしや生米をかじって露命をつなぎ、岩窟いわやや樹の下で、雨露をしのいでいた幾日と云う長い間、彼等は一言も不平をこぼさなかった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それほどひとの反感を買うたちでもないのだが。また稽古には身を入れる方だったが、他をしのごうという気性は本来イエにはないものだったし。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
例へば雪みぞれのひさしを打つ時なぞ田村屋好たむらやごのみの唐桟とうざん褞袍どてらからくも身の悪寒おかんしのぎつつ消えかかりたる炭火すみび吹起し孤燈ことうもとに煎薬煮立つれば
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そもそも、鶴は凡禽ぼんきん凡鳥ならず。一挙に千里の雲をしのいで日の下に鳴き、常に百尺の松梢しょうしょうに住んで世のちりをうけぬ。泥中にせんしてしかも瑞々ずいずい
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……叔父は先年ある事業に関係して祖先の遺産を失ってからは、後に残った書画骨董類を売喰いしてしのいでいるのであった。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
家屋の目的は雨露うろしのぐので、人をふせぐのでないと云ふのが先生の哲学だ、戸締なき家と云ふことが、先生の共産主義の立派な証拠ぢやないか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
貪りて谷へ轉げ落ちしにあらずや此谷に落たるを救ひ上げんには三人の帶を繋ぐとも屆くまじ如何いかゞはせんと谷底を覗き見ながら雨をしのぎてのぼ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
途中で寒さしのぎに一パイ飲んで、夕方になって、やっと自宅うちへ帰りついた文作は着のみ着のまま、物も云わずに、蒲団を冠って寝てしまった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
緩るい船脚を続けながら支那船サンパンしのいで行き過ぎたが、ほんの五、六間行き過ぎた時一つの不思議が行われた。と云うのはそれは他でもない。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
艇長の責任がある窪田くぼたは困った。敵手の農科はことにメンバアがそろっていて、一カ月も前から法工医の三科をさえしのぐというような勢いである。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
之が一等支出めりが立た無くて好いのだが、只此風に、こたえる。煎餅屋の招牌かんばんの蔭だと、大分しのげる。少し早目に出掛けよう。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
天下の衆生をして悉く愛山生の如き平民論者ならしめば、山東家の小説はすべての他の小説をしのぐことを得べきこと必せり。
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
或は倒れてゐるのもあれば、長い間の風雨を平気でしのいで来たらしいのもある。中にはその墓石の表面に仏像が刻まれてあるものなどもあつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
本多子爵によれば、体格も西洋人をしのぐばかりで、少年時代から何をするのでも、精力抜群を以て知られてゐたと云ふ。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
晩飯と、どこの軒下でもいい、一夜の寒さをしのぐ場所を求めたいと思うと、俄に気が焦ってきた。思いきって、そこの小学校の校長先生を訪れた。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)