にく)” の例文
また、この不幸な老先輩の死を見すてるのも忍びないが、生きていよとは、なおさらすすめにくい。当然、老先生は死ぬべき人である。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いえ」と女中は言ひにくさうに一寸膝の上を見つめた。「はなはだ申し兼ねますが、乃木さんのお手紙を二本ばかし戴かれますれば……」
たゞ大地震直後だいぢしんちよくごはそれがすこぶ頻々ひんぴんおこり、しかも間々まゝきもひやほどのものもるから、氣味惡きみわるくないとはいひにくいことであるけれども。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
それはかんなか空氣くうき侵入しんにゆうしてくさやすいが、直接ちよくせつ土中どちゆううづめるとき空氣くうきにくいので、かへってよく保存ほぞんされるのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
がシカシ君のこったから今更直付じかづけににくいとでも思うなら、我輩一の力を仮しても宜しい、橋渡はしわたしをしても宜しいが、どうだお思食ぼしめし
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
作品の世界にとらえにくいと歎いているものはあながち海外でのみみられる日本人の人間としての成長の過程のあとづけばかりではなくて
「怨まれもするわけだな。押しが強くて、人附き合ひが理詰めで、義理をかさないと來て居るから、こちとらには扱ひにくいな」
「アハハ。さすがの目明良助どんもこの私の行方ばっかりは、わかりにくかったろうなあ。……ところでその用と言うのは何事かいな……」
壽阿彌が水戸家の用達ようたしであつたと云ふことは、諸書に載せてある。しかし兩者の關係は必ず此用達の名義に盡きてゐるものとも云ひにくい。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「電車のなかでは顔が見にくいが往来からだとかすれちがうときだとかは、かなり長い間見ていられるものだね」と云いました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
僕は褒めたようなけなしたような、祝うような悲しむような手紙を野口君に宛てた。書きにくくて一晩かゝったように覚えている。
首切り問答 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
然し幸ひなことに砂みちであるので、その仄白さと、踏めばサラサラと微かに音を立てるのとで、さう歩きにくい方ではない。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
庄「いや私こそ御無沙汰致しました、お母さん、少し御相談が有って来たんだがねえ、ちっと申しにくい訳だから、一寸どんな小部屋でも有りア」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それにも滅気めげね起きてまたもや彼女は走り出したが、道は辷って歩きにくく、雨に濡れた体は悪寒おかんに顫え、歩く足も次第によろめき出した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くさ邪魔じやまをして、却々なか/\にくい。それにあたらぬ。さむくてたまらぬ。蠻勇ばんゆうふるつてやうやあせおぼえたころに、玄子げんし石劒せきけん柄部へいぶした。
「御橋も達者だ。しかし、先生、どうもあんまりめかけを大切にするのでつき合いにくいよ。あいつも参木のような馬鹿者だね。」
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
鉄よりも数百年も早く、金が人間の注意を惹くやうになつた理由は、分りにくい事ではない。金は決して錆ないからなのだ。
あの老人程かじの取りにくい人はないから貴所が其所そこを巧にやってくれるなら此方こっちは又井下伯に頼んで十分の手順をする、何卒か宜しく御頼おたのみします。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さて、地獄で天女とも思いながら、年は取っても見ず知らぬ御婦人には左右そうのうはものを申しにくい。なれども、いたいけにをあやしてござる。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第一あの真に迫った脅迫状の筆蹟が、私の妄想した様に六郎氏の偽筆だったというのは、甚だ考えにくいことではないか。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
路はぬかつて歩きにくかつた。解けかかつてグシヨグシヨした雪路は、気がいてゐても、なかなかはかどらなかつたのだ。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
『左様、根治とはマア行きにくい病気ですが、……何卒。』と信吾の莨を一本取り乍ら、『撒里矢爾酸曹達さるちるさんさうだ尊母おつかさんのお体に合ひました様で……。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
光沢つやのあるほおの色は紅味勝あかみがちな髪の毛と好く調和して、一層この人を若々しく見せた。小竹には、岸本はもっと親しみにくいような人を想像していた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は私の用件を話したかったが、どうも固くなって話しにくかった。でも私はやっとのことでぎごちなく口を切った。
聞きとれにくいほど低い声で、こう相良は唸った。私はポケットから調書をとり出すと彼の耳のところで、しっかりした言調ごちょうを選んでよみ聞かせてやった。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小山君、モー一つ僕の言う事を聞いてくれ給え、西洋料理にも今のような生理の原則はあるが素人しろうとに解りにくい。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
阿父おとつさんや、阿母おつかさんに会ふ度に、今度は話さう、今度は話さうと思ひながら、私の口からは何と無く話しにくいやうで、実は今まで言はずにゐたのだけれど
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
細いのか丸いのか判別も出来にくかつた彼女の眼には巧な隈どりがほどこされて涼し気に光り、尖つたやうな頤のかたちが反つて凜としたおもむきを添へてゐた。
街角 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
お鳥は、兄のところを拔けて來る場合が見付かりにくかつたとて、四日目にやつて來た。そして直ぐ入院した。持つて來た行李までも運び込まうとしたので、義雄は
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
自分も巴里パリイ時時とき/″\その床屋へ行く。其れは髪の毛が一本でもちらばつて居ないのをらいとする此処ここでは自分で手際よく髪を持ち扱ひにくいからである。髪結かみゆひは多く男である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
もう古くなっている階段は一番人に歩かれた真ん中の所だけがすり切れていてとても歩きにく
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それから源三はいよいよ分りにくい山また山の中に入って行ったが、さすがは山里で人となっただけにどうやらこうやら「勘」を付けて上って、とうとう雁坂峠の絶頂へ出て
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
次にわれ等の教に反対する者の中で、最も取り扱いにくいのは、実にかの似而非えせひ科学者である。
暗い足許あしもとには泥土質の土塊つちくれ水溜みずたまりがあって、歩きにくかったが、奥へ奥へと進んで行くと、向側の入口らしい仄明りが見えて来た。人々はその辺で一かたまりになってうずくまった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「親父は来なかったかね」と、考えて、「そこで、ちっと云いにくいことだが、折角ここまで来たもんだから、念の為に窟の中を一応調べさして貰いたいんだが、うだろうね。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やはりあなたがたにはわかりにく興味きようみかもれませんが、わらはすみするなどのうたは、ぢっくりとちついた、そしてなんともいへないこゝろのはづんでゐるのがかんじられるものです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
あとを追う高倉祐吉は半分は無我夢中であった。暑さと歩きにくさのためにぼーッとなり、手に触れるものは何でも手あたり次第にすがりついた。ぐようにして身体を押し進めた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
けれども榎の根もとの岩蔭の自分は彼の眼には入りにくい。餘程起き出でて彼を呼ばうかとも思つたが、彼の姿を見てゐては何とも言へぬ一種の壓迫を感じてにはかに聲をも出しがたい。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
真正面から刃物で相手を刺し殺す場合に、其の右胸部を突くという事は犯人が左利でない限り、一寸やりにくい仕事です。これは決して小説ばかりでなく事実問題として重大な事です。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
「もうちつとパラソルをそちらへやつて貰ひませう。歩きにくくつてしやうがない。」
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
が、それ程までに別れにくいものなら、何故、別の女と結婚するのだろうか、千恵造の真意は補捉しがたいものがあった。結局、両手に花のつもりだろうか。賀来子が承知せぬ筈だ。——
俗臭 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そんなことをまうされると、尚更なおさら談話はなしがしにくくなってしまいます。修行未熟しゅぎょうみじゅくな、わか夫婦ふうふ幽界ゆうかいけるはじめての会合かいごう——とても他人ひとさまに吹聴ふいちょうするほど立派りっぱなものでないにきまってります。
私は先達せんだッて台湾に三月ばかり行ッていて、十日前に京都へ帰ッて、外国人に会ッて英語をしゃべるのに、平生でもそう流暢りゅうちょうにしゃべるのではないが、ことにしゃべりにくかッた、そんなもので
人格の養成 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼は決心したらしく傍目わきめも振らずにズンズンと歩き出した。彼は表門を出て坂を下りかけてみたが、先刻さっきは何の苦もなくスラスラと登って来た坂が今度は大分下りにくい。彼は二三度よろめいた。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
それでは文芸とは如何いかなるものぞと文芸の定義を下すと云うことは、又っとむずかしいことで、とてもおいそれとそんな手早く出来ることではない。かくう云う問題は答えるに些っと答えにくい。
してみると目方めかたがなければ怪物ばけものだとは一寸ちょっと云いにくくなる。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
いいにくそうに伝兵衛がいうと、お那珂なかは、畳へ手をついて、何かいうつもりなのが、そのまま、泣きじゃくって、してしまった。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな者がある筈もありません。親の口からは申しにくいことですが、伜は何處から何處までよく出來た男で、誰にでも立てられました」
近づきにくくて近づき易いと云う事が肇の大変徳な性質になって会う人毎に自分を高く保つ事が何のもなく出来る事だった。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ところが俗にも死人かつぎは三人力という位で、強直の取れたグタグタの屍体は、重量の中心がないから、ナカナカ担ぎ上げにくいものだそうな。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)