“難波津”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
なにわづ57.1%
なにわのつ14.3%
なにはづ7.1%
なにわず7.1%
なにわつ7.1%
ナニハヅ7.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
澪標の語は『延喜式』に難波津(なにわづ)の頭(ほとり)、海中に澪標を立つとあるのが初めで『万葉』には水咫衝石の字を宛(あ)つと『和訓栞(わくんのしおり)』に言ってある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこで王は文答師という名匠をはるばる日本へよこすことになった。文答師は難波津(なにわのつ)に着いて、この旨(むね)を奏上したが容易にゆるされない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
難波津(なにはづ)に蕨村(けつそん)居士といふものありて、教育時論に一篇の文(一元論と二元論)を載せ、われにおなじやうなる詰問をなしていはく。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
侍従はともかくも難波津(なにわず)へ逃げ下ろうと言った。采女は伯耆(ほうき)の大山(だいせん)の霊験者のもとへひとまず落ち着こうと言った。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
玉造(たまつくり)の一角。——ここも変らない新開地的な色彩の中に、難波津(なにわつ)のむかしのまま、こんもりと青葉の樹立(こだち)に抱えられた一宇(いちう)の堂(どう)と風雅(ふうが)な人の住居(すまい)の址(あと)がある。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ともあれ此上は、難波津(ナニハヅ)へ。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)