ぜに)” の例文
旧字:
えたにても非人にても、生計の道にありつきたるは実に図らざりしことにして、偶然に我が所得の芸能をもってぜにを得たるものなり。
らねえでどうするもんか。しげさん、おめえのあかしの仕事しごとは、ぜにのたまるかせぎじゃなくッて、色気いろけのたまるたのしみじゃねえか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
花柳くわりうに身をはたしたるものゆゑはなしもおもしろく才もありてよく用をべんずるゆゑ、をしき人にぜにがなしとて亡兄ばうけいもたはむれいはれき。
わたくしおもうには、これだけのぜにつかうのなら、かたをさええれば、ここに二つの模範的もはんてき病院びょういん維持いじすることが出来できるとおもいます。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
至って単純な無事なぜにのかからない生涯しょうがいを送っているように思われるかも知れないが、いくら猫だって相応に暑さ寒さの感じはある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、なかには帽子ぼうしなかぜにをいれてやるものもあったが、少年しょうねんが、そのまえにこぬうちに、さっさといってしまうものもありました。
街の幸福 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしも絵馬をあつめるのが道楽で、ずいぶん無駄なぜにを使ったり、無駄なひまを潰したりしているが、お前の主人は道楽が強過ぎるぜ。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そういう戦争に参加して、自称するごとくいくらか「ぜにもうけ」て、それから彼はモンフェルメイュにきて飲食店を開いたのであった。
今で云う急性肺炎じゃったろうと人は云いますが、お医者に見せるぜになぞ一文も在りませんけに、濡手拭ぬれてのごいで冷やいてやるばっかり。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ぜにでこい。ささいな賭け物では、とりを傷つけるだけでも、わりにあわねえ。銭なら、闘ってやるぜ。小冠者、銭をもってきたか』
カントの超絶てうぜつ哲学てつがく余姚よよう良知説りやうちせつだいすなはだいなりといへども臍栗へそくりぜに牽摺ひきずすのじゆつはるかに生臭なまぐさ坊主ばうず南無なむ阿弥陀仏あみだぶつおよばず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
ふだん自分のぜにでお酒を呑めない実相を露悪しているようで、いやしくないか、よせよせという内心の声も聞えて、私は途方に暮れていた。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
「冗談じゃないよ、時間切れだぜ。これでも、東京市橋梁課の渡船なんだ。お役所仕事だぜ。ぜにをとる渡しと、ちったァわけがちがうんだ」
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「ふざけやがるない、こん畜生、馬に乗りたけりゃ、助郷すけごうの駄賃馬あぜにゅう出して頼みな、こりゃ人を乗せる馬じゃねえんだ」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だが、画家ゑかきといふものは、時々ちよい/\木炭をぜににも事を欠くもので、そんな時には猿はまつたやうに墨汁すみの使ひ残しをめる。
あくる日ぜにを貰うて先ず学校へ行ったが、教場でも時々絵の事に心を奪われ、先生に何か聞かれても何を聞かれたか分らぬような事もあった。
森の絵 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まくればなお盗賊どろぼうに追い銭の愚を尽し、勝てば飯盛めしもりに祝い酒のあぶくぜにを費す、此癖このくせ止めて止まらぬ春駒はるごま足掻あがき早く、坂道を飛びおりるよりすみやか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたくしは其印象の鮮明にして、ぜにの新にを出でたるが如くなるを見て、いまさらのやうに茶山の天成の文人であつたことを思ふのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
見識けんしき迂闊うくわつ同根也どうこんなり源平げんぺい桃也もゝなり馬鹿ばかのする事なり。文明ぶんめいぜにのかゝらぬもの、腹のふくるゝものを求めてまざる事と相見あひみ申候まうしそろ。(十四日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
保雄はとキイツののこした艶書が競売に附せられた事をおもひ出して、自分達の艶書はぜにに成るには早いと独り苦笑した。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
惜しいのばかり取り残しておいた書籍ほんを売ったりしてやっといるだけのぜにを工夫してお宮の気嫌げんをとりにやって来たのだ。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
何が楽しみに轅棒かぢぼうをにぎつて、何が望みに牛馬うしうまの真似をする、ぜにを貰へたら嬉しいか、酒が呑まれたら愉快なか、考へれば何もかも悉皆しつかい厭やで
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ぜに占い、歌占い、夢占い等をかぞえきたらば、その種類はすこぶる多きも、今まず易筮えきぜいを挙げてほかを略すつもりである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
天明調はどこまでも引しめて五もすかぬやうに折目正しく着物きもの着たらんが如く、天保調はのろまがはかまを横に穿うがちて祭礼のぜに集めに廻るが如し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「こいつのイ、樽屋たるやせいさの子供だけどのイ、下駄を一足やっとくれや。あとから、おっ母さんがぜにもってくるげなで」
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
と、ぜにを撒くことをねだり、もし撒かずに行くと後から、風吹け雨降れというような悪口をしたということが、百年ばかり前の紀行に見えている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ぜにさえありゃあなんでもかでもあるそうな。甘いぜんざいでも、ようかんでも、あるとこにゃ山のようにあるそうな」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
文学ならば人聴ひとぎきい。これなら左程ぜにらぬ。私は文学を女の代りにして、文学を以って堕落を潤色じゅんしょくしていたのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「寺本さんも、こちとら見たいにぜにが無かったから何だが、あれで金でも持って居たらソラエライ事をやる人だったが」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ます「そうしてお前、そんなあぶくぜにで是までになったのに、お前は女狂いを始め、私を邪魔にして殺すとはあんまひどい」
栄二はふきげんな、怒ってでもいるような口ぶりで、自分が去年から幾たびか帳場のぜにをぬすみ、それを主婦のおよしにみつかったのだ、と告白した。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そんな事をり返している内に、僕はだんだん酒を飲むのが、妙につまらなくなって来たから、何枚かのぜにほうり出すと、匇々そうそうまた舟へ帰って来た。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのぜにを一手に引受ひきうけ海外の市場に輸出しおおいもうけんとして香港ホンコンに送りしに、陸揚りくあげの際にぜにみたる端船たんせん覆没ふくぼつしてかえって大にそんしたることあり。
そして、飛脚には、いくらかのぜにを握らせて、これで、どこかそこらで一ぱいやって休んで行くようにと追い帰した。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けんど、岩佐様さあやるぜにえで去年の麦と蕎麦粉を売りやしたで、もう口あけた米一俵しか有りましねえで……
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
時をぜになりとしてこれを換算せば、一秒を一毛に見積りて、壱人前いちにんまへ睡量ねぶりだかおよそ八時間を除きたる一日の正味十六時間は、実に金五円七拾六銭に相当す。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そしてあやしい鑛山くわうざんやら物にならぬ會社やら、さては株や米にまで手を出したが、何れも失敗で、折角のあつぜにをパツ/\とき出すやうな結果となつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
伊勢の大廟たいびょうから二見の浦、宇治橋の下で橋の上から参詣さんけい人の投げるぜにを網で受ける話や、あいの山で昔女がへらでぜにを受けとめた話などをして聞かせた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
襤褸買は安物買やすものがいぜに失ひをいふ。その意一もん惜しみの百損に同じといへども、これ畢竟ひっきょうその結果を見ての推論なるべし。人誰か完全を望まざるものあらん。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一体どっちが人間らしいかな? わしはなるほど、奴さんたちにぜにこそやらなかったが、奴さんたちと来た日にや、親子の情合いに水をさそうというのだ。
「お前とこの、子供は、まあ、中学校へやるんじゃないかいな。ぜに仰山ぎょうさんあるせになんぼでも入れたらえいわいな。ひゝゝゝ。」と、他の内儀おかみ達に皮肉られた。
電報 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「武士は食わねど高楊枝たかようじ」の心が、やがて江戸者の「宵越よいごしぜにを持たぬ」誇りとなり、更にまた「ころ」「不見転みずてん」をいやしむ凛乎りんこたる意気となったのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ぜにの入つた包などを貰ひに来るのは、丁度年越しの晩の厄払ひの乞食のやうで、下等な子供であると狐の子供に対する侮蔑は、もとより十分持つて居ました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
見物の中でぜにを入れない者があると、立ち止まって二本の前足をこのけちんぼうなお客のかくしに当てて、三度ほえて、それから前足でかくしを軽くたたいた。
「聞いた風なことホザきやがる、ぜに取り道具と大目に見て居りや、菊三郎なんて大根にのぼせ上つて、——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
だが、たうとう終ひには、壺を叩きわつたり、人だかりの中へぜにをばら撒いたりすることにも、退屈をするのは当然で、それに定期市ヤールマルカがいつまで立つてゐるものでもなし。
とある庭のある構えの内からよきかさねをひからせた物好きな男が一人、ぜにうにはあらざるふうに細い笛を吹いて、生絹の顔をみつめていた。男の顔は粉のように白かった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あるアメリカの金持ちが「私は汝にこの金を譲り渡すが、このなかにきたないぜには一文もない」
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
手っぱらいに日本の雑貨を買い入れて、こちらから通知書一つ出せば、いつでも日本から送ってよこすばかりにしてあるものの、手もとにはいささかのぜにも残ってはいなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あまりの事にしくしく泣き出すと、こりゃひもじゅうて口も利けぬな、商売品あきないものぜにを噛ませるようじゃけれど、一つ振舞ふるもうてろかいと、きたない土間に縁台えんだいを並べた、狭ッくるしい暗いすみ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)