さと)” の例文
武蔵野原を北に歩んで尽くところ、北多摩の山の尾根と、秩父ちちぶ連峰のなだれが畳合たたみあっている辺に、峡谷きょうこくさとが幾つもあるそうです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家の者は驚き疑って、もう宋公が神になっているのを知らないから、走っていってさとの者にいて呼びもどそうとしたが、もう影も形もなかった。
考城隍 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
なつかしい故国も最早遠い空のかなたにのみある夢想のさとではなくて、一日々々と近づいて行こうとする実際の陸であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
板倉と撫川なずかわさとの、中を行く芳野の川の、川岸に幾許ここら所開さけるは、たがうえし梅にかあるらん、十一月しもつきの月の始を、早も咲有流さきたる
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
翁が祖父おほぢの其の祖父すらもうまれぬはるかの往古いにしへの事よ。此のさと一五二真間まま手児女てごなといふいと美しき娘子をとめありけり。
あれは横笛よこぶえとて近き頃御室おむろさとより曹司そうししに見えし者なれば、知る人なきもことわりにこそ、御身おんみは名を聞いて何にし給ふ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
り候この地はとにかく読書にも創作にも不適当なるぶるじよあじいの国にて御話にならぬ無聊ぶりょうさとに候唯この頃はルウィエといふ伊東いとうさんのお嬢さんを
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
旦暮たんぼに死するもまた瞑目めいもくすと言ふべし。雨後うご花落ちて啼鳥ていてうを聴く。神思しんしほとん無何有むかうさとにあるに似たり。即ちペンを走らせて「わが家の古玩」の一文をさうす。
わが家の古玩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「東山道、みちのくの末、信濃の国、十郡のその内に、つくまのこほり、新しのさとといふ所に、不思議の男一人はんべり、その名を物臭太郎ひぢかずと申すなり……」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朝光あさかげ雲居くもゐ立ち立ち、夕光ゆふかげうしほ満ち満つ。げにここは耶馬台やまとの国、不知火しらぬひや筑紫潟、我がさとは善しや。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その扇には、吹けば飛ぶ吹かずば飛ばぬ奥のさとの千本林を右手めてに見て、ひいろろ川に架けた腐れぬ橋を渡って会いにきてほしいというような文句の歌が書かれてあった。
東奥異聞 (新字新仮名) / 佐々木喜善(著)
こは火山の所爲にて、このさとの空氣の惡しくなれるならん。ヱズヰオの噴火は次第にさかんなり。熔巖の流は早くふもとに到りて、トルレ、デル、アヌンチヤタの方へ向へりと聞く。
むすめは、とうとうたびひとにつれられて、あちらのさとへおよめにゆくことになったのであります。
海ぼたる (新字新仮名) / 小川未明(著)
ひとりにしさとにあるひとめぐくやきみこひなする 〔巻十一・二五六〇〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
追放やらはれた為に、人間が苦痛くるしみさと、涙の谷に住むと云ふのは可いが、そんなら何故神は、人間をして更に幾多の罪悪を犯さしめる機関、即ち肉と云ふものを人間に与へたのだらう?
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
伊賀の国は柳生のさとの生れとだけで、両親ふたおやの顔も名も知らない、まったくの親なし千鳥。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この森より西南の方へ、三里あまり参りましたところに、青塚と申すさとがござる。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唯彼猿はそのむかしをわすれずして、猶亜米利加の山にめる妻のもとへふみおくりしなどいと殊勝しゅしょうに見ゆるふしもありしが、この男はおなじさとの人をもえびすの如くいいなしてあざけるぞかたはらいたき。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分は、螢の頃にさへなると、毎晩水のさとをうろついてかしてゐた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
参知政事の梁粛りょうしゅくは、若い時にこのさと※馬嶺けんばれいというところに住んでいた。
濃州郡上のさと八幡城やわたじょう三万八千八百石の城主、金森兵部少輔頼錦かなもりひょうぶしょうゆうよりかねの御嫡、同じく出雲守頼門いずものかみよりかど後に頼元よりもとが、ほんの五六人の家臣を召連めしつれて、烏帽子えぼし岳に狩を催した時、思わぬ手違いから家来共と別れ
死んでも誰にも祭られず……故郷では影膳かげぜんをすえて待ッている人もあろうに……「ふるさと今宵こよひばかりの命とも知らでや人のわれをまつらむ」……露の底の松虫もろともむなしくうらみにむせんでいる。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
千代 今日は最勝寺さまの御会式ぢやさかいに、死んだ娘と、この子の父御ててご供養くやうしておぢやつた。さと母様かかさまきつう止めるゆゑ、つい遅うなつて、只今帰るところぢや。してお前は何処からぢやえ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
ある宵われまどにあたりて横はる。ところは海のさと、秋高く天朗らかにして、よろづのかたち、よろづの物、凛乎りんことして我に迫る。あたかも我が真率ならざるを笑ふに似たり。恰も我が局促きよくそくたるを嘲るに似たり。
一夕観 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
あなたは默し さうして桃や李やの咲いてる夢幻のさと
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
*オポスのさとに光榮のその子連れんと約せしも。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
風は明るしこのさとの、 ひとはそゞろにやぶさけき。
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
沈默しゞまさと偶座むかひゐひとつのかうにふたいろ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ふるさとも、山の彼方かなたに遠い。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
追懷おもひで』のすむさとならじ。
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
隔たりて遠き/\さとにあり
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
このさとに つばくら來り
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
このさとは、いずこの国か
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
海のさとれて山國やまぐに
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
立去り美濃國みのゝくに各務郡かゞみごほり谷汲たにくみさと長洞村ながほらむらの日蓮宗にて百八十三箇寺の本寺なる常樂院の當住たうぢう天忠上人てんちうしやうにんと聞えしは藤井紋太夫がおとゝにて大膳が爲にはじつ伯父坊をぢばうなれば大膳は此長洞村へ尋ね來りしばらく此寺の食客しよくかくとなり居たりしが元より不敵の者なれば夜々よな/\往還わうくわんへ出て旅人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「あれが八そうやま宮部みやべさと、小谷から横山まで三里のあいだを、鹿垣ししがきさくをもって遮断しゃだんすれば、敵の出ずる道はもう一方しかありません」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あけの日二八八大倭やまとさとにいきて、翁が二八九めぐみかへし、かつ二九〇美濃絹みのぎぬ三疋みむら二九一筑紫綿つくしわた二屯ふたつみおくり来り、なほ此の妖災もののけ二九二身禊みそぎし給へとつつしみて願ふ。
わが呱々の声を揚げた礫川の僻地は、わたくしの身に取っては何かにつけてなつかしい追憶のさとである。
巷の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大野郡、久具野くぐのさとが位山のあるところで、この郷は南は美濃の国境へおよそ十六里、北は越中えっちゅうの国境へ十八里、東は信濃の国境へ十一里、西は美濃の国境へ十里あまり。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それでこのさとの人々は、それらの人々を接待することを、習慣としているほどであって、それらの人々には慣れきってい、それらの人々の修行の大小や、人物の高下を見抜くことにも
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの、最初に婿入りの引出物として、伊賀の暴れん坊が柳生のさとから持ってきたあれも、果たして本当のこけ猿? もしあれが真のこけ猿の茶壺でないとすれば、本物はまだ柳生家にあるのか?——
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
水のさとはれた位の土地であるから、實に川の多い村であツた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
西八條の屋方やかたに花見のうたげありし時、人のすゝめにもだし難く、舞ひ終る一曲の春鶯囀に、かずならぬ身のはしなくも人に知らるゝ身となりては、御室おむろさとに靜けき春秋はるあきたのしみし身のこゝろまどはるゝ事のみ多かり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
神母テチスも亦さなり、我このさとに命終へん。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
沈黙しじまさと偶座むかひゐは一つのこうにふた色の
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
追懷おもひで」のすむさとならじ。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
川島のさとはおろか、阿波の要所、探り廻らぬところはない。まだ誰に話したこともないが、徳島城の殿中にまで、わしの足跡がしるしてある。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此の後もあたをもて報い給はば、君が御身のみにあらじ、此のさとの人々をもすべて苦しきめ見せなん。
青塚と申すさとへいで、そこの郷長さとおさ佐原嘉門、このじんの屋敷へおいでくだされ。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アカイア軍を*イーリオスさとに導き率ゐたる
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)