苔蒸こけむ)” の例文
そこに預けて置いた弓の道具を取出して、私は学士と一緒に苔蒸こけむした石段を下りた。静かな矢場には、学校の仲間以外の顔も見えた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
真の夜泣松は、汽車から来る客たちのこの町へ入る本道に、古い石橋の際に土をあわれにって、石地蔵が、苔蒸こけむし、且つ砕けて十三体。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
に横たわっておる熔岩はことごと苔蒸こけむし、羊歯しだが生え、天南星てんなんせいが大きな葉をひろげて、陰森幽邃いんしんゆうすいな別天地を形作られる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
訪客に異様な眼をみはらした小さな板碑いたびや五輪の塔が苔蒸こけむしてる小さな笹藪ささやぶも、小庭を前にした椿岳旧棲の四畳半の画房も皆焦土となってしまった。
しん/\と生ひ茂つた杉木立に圍まれて、苔蒸こけむせる石甃いしだゝみの兩側秋草の生ひ亂れた社前數十歩の庭には、ホカ/\と心地よい秋の日影が落ちて居た。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
お墓はまだ新しいので、何となく落付きがない。併しこれから二年、三年、五年、十年とたつと、生垣も茂り、石段も苔蒸こけむして、お墓らしくなるであろう。
枝を分けて覗いて見ると、その中心に古井戸らしく、苔蒸こけむした石の井桁いげたがある。今は使用していないけれど、この淋しい孤島には立派過ぎる程の井戸である。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さる旗本の古屋敷で、往来から見ても塀の上に蒼黒あおぐろい樹木の茂りが家を隠していた。かなり広い庭も、大木が造る影にすっかり苔蒸こけむして日中も夜のようだった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
泉水の末を引きて𥻘々ちよろちよろみづひくきに落せるみぎはなる胡麻竹ごまたけ一叢ひとむら茂れるに隠顕みえかくれして苔蒸こけむす石組の小高きに四阿あづまやの立てるを、やうやう辿り着きて貴婦人はなやましげに憩へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
午後ひるすぎ庭に出て植込うえこみの間を歩くと、差込さしこむ日の光は梅やかえでなぞのかさなり合った木の葉をば一枚々々照すばかりか、苔蒸こけむす土の上にそれらの影をば模様のように描いています。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
八七山院人とどまらねば、八八楼門ろうもん八九荊棘うばらおひかかり、九〇経閣きやうかく九一むなしく苔蒸こけむしぬ。
その藁屋根わらやねの古い寺の、木ぶかい墓地へゆく小径こみちのかたわらに、一体の小さな苔蒸こけむした石仏が、笹むらのなかに何かしおらしい姿で、ちらちらと木洩れ日に光って見えている。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それがほとんどひとかたまりの大きな岩の苔蒸こけむしたもので、川のおもてから一丈程ぬきんでいるのであるが、ひとすじの細い/\清水が、何処からか出て来て、その崖の下をめぐって
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
苔蒸こけむした井筒いづつあふれる水を素焼すやきかめへ落していたが、ほかの女たちはもう水をえたのか、皆甕を頭に載せて、しっきりなく飛びつばくらの中を、家々へ帰ろうとする所であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして褐色かつしよくの草原に深く溝をつくつてゐる凹地について進んで行つた。私はその深い茂みに膝を沒してわたつて行つた。曲り角について𢌞ると、隱れた隅に苔蒸こけむして黒ずんだ花崗岩を見出した。
そのなつかしい名を刻んだ苔蒸こけむす石は依然として、寂寞せきばくたるところに立ッているが、その下にねぶるかの人の声は、またこの世では聞かれない,しかしかくいう白頭のおきなが同じく石の下に眠るのも
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
御前おまえ川上、わしゃ川下で……」とせりを洗う門口かどぐちに、まゆをかくす手拭てぬぐいの重きを脱げば、「大文字だいもんじ」が見える。「松虫まつむし」も「鈴虫すずむし」も幾代いくよの春を苔蒸こけむして、うぐいすの鳴くべきやぶに、墓ばかりは残っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半ば丘につてゐるこのH村では、その城主の館の址と、五百年も前からあつたといふ寺と、その寺に残つてゐる苔蒸こけむした墓と、この三つが、長い「時」の力の中にわづかに滅びずに残つているもので
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
下は滑らかに苔蒸こけむして、足跡もよくは見えず、三之助の死骸の引つ掛つてゐる忍び返しと相對するのは、二階の窓の格子で、その中が娘のお艶の部屋になつてゐるのは、何にかの暗示がありさうです。
苔蒸こけむした石棺に腰をかけ」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこここにはすぎ木立こだちの間を通して、恵那山麓えなさんろくの位置にある村の眺望ちょうぼうを賞するものがある。苔蒸こけむした墓と墓の間を歩き回るものがある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このあざみ谷は旧噴火口の跡なので道の両側には無数の熔岩が、大小錯落さくらくとして横たわっているが、霧が深いのと、年代を経ているので、ことごと苔蒸こけむ
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
坊主は、欄干にまが苔蒸こけむした井桁いげたに、破法衣やれごろもの腰を掛けて、けるが如く爛々らんらんとしてまなこの輝く青銅の竜のわだかまれる、つのの枝に、ひじを安らかにみつゝ言つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
屍骸は今でもあの男の家の跡に埋まつて居ります。尤も小さなしるしの石は、その後何十年かの雨風あめかぜさらされて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸こけむしてゐるにちがひございません。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
途中で文平と一緒になつて、二人して苔蒸こけむした石の階段を上ると、咲残る秋草のみちの突当つたところに本堂、左は鐘楼、右が蔵裏であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
坊主は、欄干にまが苔蒸こけむした井桁いげたに、破法衣やれごろもの腰を掛けて、けるがごとく爛々としてまなこの輝く青銅の竜のわだかまれる、つのの枝に、ひじを安らかに笑みつつ言った。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絶頂の苔蒸こけむして、雅味がみんだ妙見の小さな石の祠のあるあたりには、つつじの株最も多く、現在では蛍袋ほたるふくろおびただしく花をつけており、しもつけもまだのこんの花を見せている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
屍骸は今でもあの男の家の跡に埋まつて居ります。尤も小さなしるしの石は、その後何十年かの雨風あめかぜさらされて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸こけむしてゐるにちがひございません。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
松林の多い裏山つづきに樹木をあしらった昔の人の意匠がそこにある。硬質な岩の間に躑躅つつじかえでなぞを配置した苔蒸こけむした築山つきやまがそこにある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ふなばたからいて、恰もいわお苔蒸こけむしたかのよう、与吉の家をしっかりとゆわえて放しそうにもしないが、大川おおかわからしおがさして来れば、岸に茂った柳の枝が水にくぐ
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あちこちに集まる猫はこの苔蒸こけむしてひっそりとした坪庭の内を彼らが戯れの場所と化した。一方の草の茂みに隠れて、寄り添う二匹の見慣れない猫もあった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山續やまつゞきに石段いしだんたかく、木下闇こしたやみ苔蒸こけむしたるをかうへ御堂みだうあり、觀世音くわんぜおんおはします、てら觀藏院くわんざうゐんといふ。
逗子だより (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
木小屋の前の空地あきち、池をおおう葡萄棚ぶどうだな、玉すだれや雪の下なぞの葉をたれる苔蒸こけむした石垣いしがきから、熟したくりの落ちる西の木戸の外の稲荷のほこらのあたりへかけて
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白い、しずかな、曇った日に、山吹も色が浅い、小流こながれに、苔蒸こけむした石の橋がかかって、その奥に大きくはありませんが深く神寂かんさびたやしろがあって、大木の杉がすらすらと杉なりに並んでいます。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠い先祖の建立したという寺には岸本の家についた古い苔蒸こけむした墓石が昔を語り顔に並んでいた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しろい、しづかな、くもつたに、山吹やまぶきいろあさい、小流こながれに、苔蒸こけむしたいしはしかゝつて、おくおほきくはありませんがふか神寂かんさびたやしろがあつて、大木たいぼくすぎがすら/\とすぎなりにならんでます。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
三吉が庭に出て見る頃は、お種はほうきを手にして、苔蒸こけむした石の間をセッセと掃いていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
滝は、ひでりにしかく骨なりといえども、いわおには苔蒸こけむし、壺は森をかついであおい。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
古く苔蒸こけむした先祖の墓石は中央の位置に高く立っていた。何百年の雨にうたれ風にもまれて来たその石のおもてには、万福寺殿昌屋常久禅定門の文字が読まれる。青山道斎がそこに眠っていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この水草みづくさはまたとしひさしく、ふねそこふなばたからいて、あたかいはほ苔蒸こけむしたかのやう、與吉よきちいへをしつかりとゆはへてはなしさうにもしないが、大川おほかはからしほがさしてれば、きししげつたやなぎえだみづくゞ
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
浜辺は煮えてにぎやかに、町は寂しい樹蔭こかげの細道、たらたらざかを下りて来た、前途ゆくては石垣から折曲る、しばらくここにくぼんだ処、ちょうどその寺の苔蒸こけむした青黒い段の下、小溝こみぞがあって、しぼまぬ月草
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨露うろに朽ちて、卒堵婆そとばは絶えてあらざれど、傾きたるまま苔蒸こけむすままに、共有地の墓いまなお残りて、松の蔭の処々に数多く、春夏冬は人もこそわね、盂蘭盆うらぼんにはさすがにもうで来る縁者もあるを
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滝は、ひでりしかく骨なりといえども、いわおには苔蒸こけむし、つぼは森をかついであおい。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いま辻町は、蒼然そうぜんとして苔蒸こけむした一基の石碑を片手で抱いて——いや、抱くなどというのははばかろう——霜より冷くっても、千五百石の女﨟じょうろうの、石のむくろともいうべきものに手を添えているのである。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)