ただち)” の例文
されどこの歌を以てただちに「歌にあらず」(厳格なる意味の)とはなさず。ただしこの歌が幾分か歌ならざる方に近づきをるは論をたず。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
近藤はただちに何ごとをか言い出さんと身構をした時、給使きゅうじの一人がつかつかと近藤のそばに来てその耳に附いて何ごとをかささやいた。すると
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
実に採りてただちに木灰と熱湯とを以てアク出して喰するにも、或は其儘酢味噌或は醤油酢にて喰し、或は煮て喰する時は、最も味多し。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
しかしその心持は小半が年に似ず当世風に似ず薗八の三味線も大分その流儀になっている事を知るに及んでただちに取消されてしまった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
太祖崩じて、抔土ほうど未だかわかず、ただちに其意を破り、諸王を削奪せんとするは、れ理において欠け情に於て薄きものにあらずして何ぞや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分はただちかごの中に鳥を入れて、春の日影のかたむくまで眺めていた。そうしてこの鳥はどんな心持で自分を見ているだろうかと考えた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日本人は昨夜蒸気車に乗り車中安眠するを得ず大に疲れたるに、此処ここに着して暫時も休息せしめず車よりりてただちに又船に乗らしむ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
貪欲界どんよくかいの雲はりて歩々ほほに厚くまもり、離恨天りこんてんの雨は随所ただちそそぐ、一飛いつぴ一躍出でては人の肉をくらひ、半生半死りては我とはらわたつんざく。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
よつかくの如き獅子身中の虫を退治せんが為めに本組合ただちに彼を除名することの決議をして貰ひたい——緊急動議の要旨はれである
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
人々は疲労困憊こんぱいその極に達してしまって、今そこを歩いていたかと思うとただちにバッタリとたおれてその貴い生命を落すと云う事は
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
「必ずお眼に掛けましょう。が、いまただちにと云う訳には参りません。私の方からお招きに上るまで、待って下さい。必ずお眼に掛けます」
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
我々が、最初の観察の対象に置くのに便宜な形は、片哥及び旋頭歌であるが、此がただちに日本の歌の原形だ、と云ふ事は出来ない。
(そうだ、勝山さん煽いでお上げ、)とお夏がただちに命を奉ぜぬのを、歌詠うたよみの大人は寛仁大度、柔かに教えるがごとく仰せられる。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしその復讐のために堂島を探して銀座に出るなどと話したら、ただちに足止めを食うに決まっている——加奈江も明子も口に出さなかった。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これは皇子が、生死の問題に直面しつつ経験せられた現実をただちにあらわしているのが、やがて普通の覉旅とは違ったこととなったのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
エデイソンは結婚すると、ただちに花嫁を連れて新婚旅行に立つたが、二週間ばかし静かな田舎を歩き廻つてつと都へ帰つて来た事があつた。
砂糖屋でいた頃も、八百屋やおや肴屋さかなやにお前と呼ぶことを遠慮したが、当時はまだそのことば紆曲うきょくにしてただちに相手をして呼ぶことを避けていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
灰色の池は全面沸々ふつふつとしてすさまじい音を立てている。一歩踏みあやまれば、全身はただち麋爛びらんし尽くすであろうことを思うと身の毛もよだつ。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
予は——自ら憎み、自ら憐める予は、悦んで卿等の憎悪と憐憫とを蒙る可し。さらば予は筆をいて、予が馬車を命じ、ただちに新富座に赴かん。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
信は智慧をはらんで、犠牲者の悲痛を反逆者の魂の執著の一念のうちに示して見せると共に、その悲痛の自覚をただちに歓喜の生に代えるのである。
而してかつて実在の論に述べたように意識現象が唯一の実在であるとすれば、我々の人格とはただちに宇宙統一力の発動である。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
俺はただちに飛行機で広東に行き重要な三国会議に列する。再び広東が赤い火繩によって燃えあがるとき君は俺が健在であることを思い出してくれ!
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
鵙の声はただちに秋晴の天を連想させる。しきりに啼き立てる鵙の鋭声と、竿にかけて干す洗濯物と相俟あいまって、明るい秋の日和ひよりを十分に現している。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
この二つの異った思想に於て、読者はただち希臘ギリシャ哲学の二つの範疇、即ちプラトンとアリストテレスを聯想れんそうするであろう。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「労農ロシア軍は、北満及び朝鮮の国境に於て日本守備隊へ発砲した。吾が守備隊は、ただちに応戦し、敵を撃退中である」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
が、またただち自分じぶんうことをものい、そのうことがわかるものはいとでもかんがなおしたかのように燥立いらだって、あたまりながらまたあるす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一、如何なるにわか作りの感情、お座なりの意志、間に合わせの信念でもただちに本心一パイに充実させ得るように心掛ける事
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこでベリーのマヂストレートはただちにヴァッヘルを送らして自ら之を訊問したが、彼はついにヴァッヘルをして恐るべき犯罪を自白せしめたのである。
ソクラテスの容貌は、性来とはいいながら、すこぶる滑稽なもので、常に物笑いの種となっていた。特に、衆人稠座ちょうざの中に出ると、ただちつらの批評をされる。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そうした際のことですから、私はただちに先夜の曲者を聯想れんそうしました。もしあの男の正体を明かにすることが出来たなら、すべての疑問は氷解する訳です。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
前田利家はこの戦以前に信長の怒りにふれている事があったので、その償いをするのは此時と計り、ただちに敵の首を一つ得て見参けんざんに容れたが信長は許さない。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
したがって飛騨と云えばただちに山を聯想れんそうするまでに、一国到る処に山を見ざるは無い。この物語の中心となっている町も村も、殆ど三方はつるぎの如き山々にかこまれていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
掛引かけひきみょうを得たるものなれども、政府にてはかかるたくらみと知るや知らずや、財政窮迫きゅうはく折柄おりから、この申出もうしいでに逢うてあたかわたりにふねおもいをなし、ただちにこれを承諾しょうだくしたるに
右にうずくまるのがライオン岩、深厳しんげんとして赭黒しゃこくである。と、舟はただちに遊仙ヶ岡の碧潭へきたんにさしかかる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
不敵の男なればただちつつを差し向けて打ち放せしにたまに応じて倒れたり。そこにけつけて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪はまたそのたけよりも長かりき。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「これにて可し」とて、其の内最も大なるを一本買ひ取りしが、魚籃びくちいさくして、もとより入るべきやうも無かりければ、えら通して露はに之をげ、ただちに帰り途に就けり。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
かう云つてしまへば世の中に悪人はまるでないことになる。けれども俺は此弁明をただちに認容することは出来ない。人間に自由があると云ふことは空中の鳥の様な自由でない。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
ただちに眼に入るのは石州で見なれない黄色をした土焼どやきである、それは雲州でも名高い布志名ふじなの窯である、ここが世にいう「出雲焼」の重な製産地である、歴史は古いと思える
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その夜ただちに筆を執って、事の顛末、日時、車体番号等を明記して女車掌大西冬子の糾弾状を、青バス株式会社女車掌監督係長宛に発送した。もっともこれは長文だから三銭奮発した。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
無病の人をして清潔なる寐床ねどこの上に置きしかして彼は危険なる病に罹れる患者なれば今は病床の上にありとかたわらより絶えず彼に告ぐれば無病健全なる人もただちに真正の病人となると
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
男女の各匪は暇の時は百姓や紡績などしているが、一度命令一下すればただちに匪となる。
されど心の眼さときものは肉にらずしてただちに愛の隠るる所を知るなり。聖処女の肉によらずして救主すくいぬしはらみ給いしごとく、なんじら心の眼さときものは聖霊によりて諸善のはらたるべし。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わざわざ仏蘭西船をえらんで海を渡って来て、神戸を離れるからただちに外国人の中に入って見ようとした程の彼は、巴里に来た最初の間なるべく同胞の在留者から離れていようとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分は平ヶ岳を断念してただち岩代いわしろ檜枝岐ひのえまたへ行くことに決心した、その年の十月に大林区の役人が平ヶ岳へ調査に来ることになっていた、その時の人夫を今年から予約しておくから
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
或る物は手にてただちにぎりしなるべく、或る物にはつかくくり付けしならん。使用しようの目的は樹木じゆもくたたり、木材を扣き割り、木質ぼくしつけづり取り、じうたふし、てききづつくる等に在りしと思はる。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
自分の希望はただちに子爵の厚意に依て満足せしめられることが出来たのである、しかしその約束の条件として、自分はこの採集の紀行を書くことを引受けたことを第一に白状せねばならぬ
利尻山とその植物 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
去り東京に上り来たるが当時築地に支那人の開ける博奕宿あり金起は日頃たしなめる道とてただちに其宿に入込みしも運悪くして僅に残れる金子きんすさえ忽ち失い尽したれば如何に相談せしか金起は妾を
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
と、これに間髪を容れず、ホームズはその時手に虎のように躍りかかって、彼を打ち伏せに投げつけた。しかし投げられた彼はただちに起き上って、ホームズの咽喉を、死に物狂いで締めて来た。
ただちに人の肉声に乗って、無形の儘で人心にきたせまるのだとか言って、分明な事を不分明にして其処に深い意味を認めていたから、今お糸さんの歌うのを聴いても、何だか其様そんなように思われて
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
官兵衛孝高よしたか事、旧主小寺政職おでらまさもとを説破。ただちにまた伊丹へも入城。摂津守村重せっつのかみむらしげと対面の上、御意ぎょいの儀、きっと談じ遂げ申すべく、決死おもむきおり候えば、紛事ふんじ一決期して御待ち被遊あそばさるべく。——云々。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)