猶予ためら)” の例文
旧字:猶豫
早くと思うに、木戸番の男、鼻低う唇厚きが、わが顔を見てニタニタと笑いいたれば、何をか思うと、その心はかり兼ねて猶予ためらいぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いやでござりますともさすがに言いかねて猶予ためらう光代、進まぬ色を辰弥は見て取りて、なお口軽に、私も一人でのそのそ歩いてはすぐに飽きてしまってつまらんので
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
はなからその気であったらしい、お嬢さんはかまちへ掛けるのを猶予ためらわなかった。帯の錦はたかい、が、膝もすんなりと、着流しの肩が細い。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
果しなく猶予ためらっているのを見て、大方、それまでに話した様子で、後で呪詛のろわれるのを恐れるために、立て得ないんだと思ったらしい。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言いかけてちょっと猶予ためらって、聞く人の顔の色をうかがったのは、こういって客がこのことについて注意をするや否やを見ようとしたので。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
為様しやうがないねえ、)といひながら、かなぐるやうにして、細帯ほそおびきかけた、片端かたはしつちかうとするのを、掻取かいとつて一寸ちよいと猶予ためらふ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
上口あがりぐちの処で、くるくる廻っていた飼犬は、呼ばれて猶予ためらわずと飛込み、いきなり梓のたもとに前足を掛けて、ひょいとその膝に乗ってかしこまった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくを猶予ためらうて立つと、風が誘って、時々さらさらさらさらと、そこらの鳴るのが、虫の声の交らぬだけ、余計に響く。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(しょうがないねえ、)といいながら、かなぐるようにして、その細帯を解きかけた、片端かたはしが土へ引こうとするのを、掻取かいとってちょいと猶予ためらう。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どこだ、何というか、うむ、はやく言わんか。」とき立てられて、トむねをついて猶予ためらって、悪いことをしたと思った。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(ただ一口試みられよ、さわやかな涼しいかんばしい酒の味がする、)と云うに因って、客僧、御身おんみはなおさら猶予ためらう、手が出ぬわ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(じゃむこう)といえる飼犬は、この用をすべくらされたれば、猶予ためらう色無くこうべめぐらし、うなずくごとくに尾をりて、見返りもせで馳走はせ去りぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
加茂川の邸へはじめての客と見える、くだんの五ツ紋の青年わかものは、立停たちどまって前後あとさきみまわして猶予ためらっていたのであるが、今牛乳屋ちちやに教えられたので振向いて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はあ、あのむすめなら見世物に出すかも知れねえ、大方そうだろう。」「似寄の者さ。」と言懸けて少し猶予ためらい「あのの、うち阿魔あまに犬の皮をの。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
 (公子、うなずき、無言にてつかつかと寄り、猶予ためらわずつるぎを抜き、さっと目にかざし、と引いてななめに構う。おもてを見合す。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恐怖おそれと、恥羞はじに震う身は、人膚ひとはだあたたかさ、唇の燃ゆるさえ、清く涼しい月の前の母君の有様に、なつかしさが劣らずなって、振切りもせず、また猶予ためらう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瞬間、松崎は猶予ためらったが、棄ておかれぬのは、続いて、編笠した烏と古女房が、と幕を揚げて追込んだ事である。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぐる/\といそいでまはつて取着とつついてつてのぼる。と矢間やざまつきあかかつた。魔界まかいいろであらうとおもふ。が、猶予ためらひまもなくたゞちに三階目さんがいめのぼる……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お縫は出窓の処に立っている弥吉には目もくれず、くびすを返すと何かせわしらしく入ろうとしたが、格子も障子も突抜けにあけッ放し。思わず猶予ためらって振返った。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
峰の松を目的めじるしに、此方こなたの道の分れ口、一むらすすき立枯れて、荒野あれのの草のうもれ井に、朦朧もうろうとしてたたずむごとき、ふたつの影ありと見えたるにも、猶予ためらわずと寄った。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
猶予ためらいながら、笹ッ葉の竹棹たけざおを、素直まっすぐいた下に、びんのほつれに手を当てて、おくれをいた若い妓の姿は、ねがいの糸を掛けたさまに、七夕らしく美しい。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お兼は抱着くがごとくにして、山腹の土に手をかけながら、体を横たえ、顔をななめにして差覗さしのぞいて猶予ためらった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先刻さっきから電燈でんきで照らしたほど、室内の見当はよく着けていたので、猶予ためらいもせず、ズシンと身体からだごとひらきの引手に持ってくと、もとより錠を下ろしたのではない。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれもこれも一瞬時、得三はまなこ血走り、髪逆立ちて駈込つ、猶予ためらう色無く柱にれる被を被りし人形に、きりつけつきつけ、狂気のごとく、愉快、愉快。と叫びける。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
抽斗の縁に手を掛けて、猶予ためらいながら、伸上るようにしてこわいもののように差覗さしのぞこうとして目をふさいだ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行馴れている門口かどぐち猶予ためらわず立向うと、まだ早いのに、この雨のせいか、もう閉っておりましたが、小宮山は馴れている、この門と並んで、看護婦会がありまする
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
改札口を出たまでで、人に聞かぬと、東西を心得ぬ、立淀たちよどんで猶予ためらう処へ、あらわれたのが大坊主で
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
看護員は傾聴して、深くそのことばを味いつつ、黙然もくねんとして身動きだもせず、やや猶予ためらいてものいわざりき。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(烏のかしらを頂きたる、咽喉のどの黒き布をあけて、わかき女のおもてあらわし、酒を飲まんとして猶予ためらう。)あれ、ここは私には口だけれど、烏にするとちょうど咽喉だ。可厭いやだよ。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玄関も廊下も晴がましい旅籠はたごまで送り返すのを猶予ためらって、ただ一夜——今日また直ぐ逢う——それさえ名残惜なごりおしそうに、元気なひとに似ず、半纏はんてんの袖を、懐手ふところでねながら
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、此のまゝにしても生命いのちはあるまい。う処置しようと猶予ためらふうちに、一打ひとうあおつて又飛んだ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
看護員は傾聴して、深くそのことばを味ひつつ、黙然として身動きだもせず、やや猶予ためらひてものいはざりき。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
年紀としは若し、お前様まえさんわし真赤まっかになった、手に汲んだ川の水を飲みかねて猶予ためらっているとね。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年紀としわかし、お前様まへさんわし真赤まツかになつた、んだかはみづみかねて猶予ためらつてるとね。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
猶予ためらわず、すらりと立つ、もすそが宙に蹴出けだしからんで、かかとが腰にあがると同時に、ふっと他愛なく軽々と、風を泳いで下りるが早いか、裾がまだ地に着かぬさきに、ひっさげたやいばの下に
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫人、従容しょうようとして座に返る。図書、手探りつつもとの切穴をさぐる。(間)その切穴に没す。しばらくして舞台なる以前の階子の口より出づ。猶予ためらわず夫人に近づき、手をつく。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
となお猶予ためらいぬ。むすめ来て帰れと言わず、座蒲団このままにして、いかで、われかるべき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
カラアの純白まっしろな、髪をきちんと分けた紳士が、職人体の半纏着を引捉ひっとらえて、出せ、出せ、とわめいているからには、その間の消息一目して瞭然りょうぜんたりで、車掌もちっとも猶予ためらわず
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここで百姓に別れてその川の石の上を行こうとしたがふと猶予ためらったのは売薬の身の上で。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わが猶予ためらいたるを見て、木戸番は声を懸けぬ。日ごとにきたれば顔を見識みしれるなりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細雨こさめにじむだのをると——猶予ためらはず其方そちらいて、一度いちどはすつて折曲をれまがつてつらなく。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此処こゝ百姓ひやくしやうわかれてかはいしうへゆかうとしたが猶予ためらつたのは売薬ばいやくうへで。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それが猶予ためらったので、かえってはたからいきり出した。あっちこっち耳ッこすりをして
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この方が私よりまだ元気がい。が、私が猶予ためらったのは、駒下駄に、未練なものか。自分のなんざいつの昔くなしている。——実はどちらへ踏出して可いか、方角が分らんのです。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狼藉者の一隊はさすがに警官をはばかりて、大坂を下りんとする交番の此方こなた猶予ためらいぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すぐに、手拭を帯に挟んで——岸からすぐに俯向くには、手を差伸さしのばしても、ながれは低い。石段が出来ている。苔も草も露を引いて皆青い。それを下りさまに、ふと猶予ためらったように見えた。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しながら、ふと猶予ためらつたのは、ひとつ、自分じぶんほかに、やはらかく持添もちそへてるやうだつたからである。——いやひとそでのしのばるゝ友染いうぜんふくろさへ、汽車きしやなかあづけてたのに——
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と手を引張ひっぱると、猶予ためらいながら、とぼとぼと畳に空足からあしを踏んで、板のへ出た。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここに見えなければいよいよ菊枝が居ないのにきまるのだと思うから、気がさしたと覚しく、猶予ためらって、腰を据えて、筋のしまって来る真顔は淋しく、お縫は大事を取る塩梅あんばいそっと押開けると
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ええ」と看護婦の一人は、目をみはりて猶予ためらえり。一同斉しく愕然がくぜんとして、医学士の面をみまもるとき、他の一人の看護婦は少しく震えながら、消毒したるメスを取りてこれを高峰に渡したり。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)