欄干らんかん)” の例文
時には赤い裏のきたない布団が、二階の欄干らんかんにほしてあった。一緒に行った姉にいても、汚い家だといって教えてはくれなかった。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
入口のふすまをあけてえんへ出ると、欄干らんかんが四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭をへだてて、表二階の一間ひとまがある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
橋の欄干らんかんかかって、私はただ涙ながらに時の経つのを待っていた。大時計の上には澄み渡った空に星が二つ三つきらめいていた。
欄干らんかんの赤い扱帯こそは、かつて恋仲だった頃のお絹が、万事上首尾という意味を、川を隔てて染五郎に言い送る合図だったのです。
二階の一間の欄干らんかんだけには日が当るけれど、下座敷したざしきは茶の間も共に、外から這入はいると人の顔さえちょっとは見分かぬほどの薄暗さ。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、その中でも目についたのは、欄干らんかんそとの見物の間に、芸者らしい女がまじっている。色の蒼白い、目のうるんだ、どこか妙な憂鬱な、——
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かツ眞黄色まつきいろひからしたが、ギヤツといて、ひたりと欄干らんかんした刎返はねかへる、とはしつたつてつぶてはしつた宿やどなかかくれたのである。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昼間の雑沓ざっとうに引きかえて橋の上にはほとんど人影がなく、鉄の欄干らんかんが長々と見えていた。時々自動車が橋を揺すって通り過ぎた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
米友ではとても人の上から覗き込むことはできないから、人の腰の下からもぐるようにして見ると、橋の欄干らんかんへ板札が結び付けてあります。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吹針ふきばりの蚕婆は、ちょうどその時、三重の塔のいただきへのぼって、しゅ欄干らんかんから向こうをみると、今しも、竹童ののった大鷲おおわし
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
發言者は進み出て欄干らんかんにもたれた。彼は、一言々々を明瞭に、おだやかに、確固たる調子で、しかし大聲ではなく續けて云つた——
ばう谿間たにあひの崖に臨むで建てかけた新建しんたちで、崖の中程からによつきりときあがつて、欄干らんかんの前でぱつと両手をひろげたやうなかへでの古木がある。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
縁側の欄干らんかん手拭てぬぐいを、こうひろげて掛けるね。それから、君のうしろにそっと立って、君の眺めているその同じものを従順おとなしく眺めている。
雌に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はその握り飯を食い、木の葉の着物をつけ、橋の欄干らんかんにつかまって立ち上がりました。もうこれから泥坊なんかはよそうと決心しました。
泥坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
と言って、天井の板の柾目まさめを仰いだり、裏小路に向く欄干らんかんに手をかけて、直ぐ向い側の小学校の夏季休暇で生徒のいない窓を眺めたりした。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
欄干らんかんもやはり木で拵えてある、そういう具合にして三町幅の川を向うへ渡れるようになって居るですがこの川の名はツァンチュといいます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
水上にさし出したる桟敷さじきなどの上に居るか、または水に臨む高楼こうろう欄干らんかんにもたれて居るか、または三条か四条辺の橋の欄干にもたれて居るか
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼は欄干らんかんの方へ飛びのいて(なぜ歩道でなく、車道になっている橋のまんなかを歩いていたのか、それはまるでわからない)
彼は久し振りに新温泉のなかに入ってみる楽しさを想像しながら、橋の欄干らんかんから身を起して、またブラブラ歩いていった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
欄干らんかんからこちらの庭を見下した露子さんの視線と、座敷の障子を一パイに開いたまま勉強していた三太郎君の視線とが
(新字新仮名) / 夢野久作(著)
といいながら、欄干らんかん片足かたあしをかけて一のをつがえて、一ぱいにきしぼって、ってはなしました。はまさしくむかでのみけんにたりました。
田原藤太 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
かれは、ひとり、はし欄干らんかんにもたれて、みずながれをながらかんがえていました。もうあきで、あちらの木立こだちは、いろづいて、かぜに、っていました。
銀のつえ (新字新仮名) / 小川未明(著)
かすり単衣ひとえ一枚に、二日分の握飯を腰へゆわえつけた田舎青年は、このデッキの欄干らんかんにツカまって…………うたったものだが。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
……その風かをる橋のうへ、ゆきつ、もどりつ、人波ひとなみのなかに交つて見てゐると、撫子なでしこの花、薔薇ばらはな欄干らんかんに溢れ、人道じんだうのそとまで、瀧と溢れ出る。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
その銀貨一つを子供に喜ばせかたがた預けておいたら、子供のことだから、それを橋の欄干らんかんに置き棄てて遊んでる間に他の子供に取られてしまった。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
馬鹿広い幅の、青銅いろの欄干らんかんをもったその橋のうえをそういってもとき/″\しか人は通らない。白い服を着た巡査がただ退屈そうに立っている。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
夕方二階の欄干らんかんから海を見下ろして居ると、海岸に連つた家々の屋根の上を汽船の檣だけが通つて居る所であつた。
海郷風物記 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
この舞台を正面に見る池の中央には欄干らんかんのついた華やかな壇があって、大きい弥陀を中央に三十七尊が控えている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そっと片手でかばうように押えて、残った片手で、橋の欄干らんかんをコツコツとたたながら、行くでもなく止まるでもなく、ふわふわと、たこのようにゆれていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
私たちは川風に吹かれながら橋の欄干らんかんにもたれて、かねふちの方からきた蒸気船が小松島の発着所に着いてまた言問ことといの方へ向かって動き出すまで見ていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
二人は陸橋のところまで来て、白い石の欄干らんかんもたれて暫くそこへ立つてゐた。橋の下を轟々ぐわうぐわうと電車が走つて行く。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
温泉宿をんせんやど欄干らんかんつてそとながめてひとしさうな顏付かほつきをしてる、軒先のきさき小供こどもしよつむすめ病人びやうにんのやうで小供こどもはめそ/\といてる。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その欄干らんかんの両側には黒い影が並んで、涼しい風を楽んでいるものや、人の顔をのぞくものや、胴魔声どうまごえに歌うものや、手を引かれて断り言う女連なぞが有った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ホテルの庭の南に向いた岡の端は、石を欄干らんかんにした見晴し台になっていて、そこにはささやかなる泉があった。
ある日、そんな風にやっとの努力で渡って行った轍の音をききながら、ほっとして欄干らんかんをはなれようとすると、一人ひとりの男が寄ってきた。貧乏びんぼうたらしく薄汚い。
馬地獄 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
かれは二階の欄干らんかんにひたと身体からだを添えて顔をかくしている手塚の姿を見た、はっと思ったがすぐ思い返した、いまここで彰義隊に知らしたら大さわぎになる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
父と子とはその鉄橋の中ほどで立ちどまると、下手しもて向きの白い欄干らんかんに寄り添って行った。隆太郎りゅうたろうは一所懸命に爪立ち爪立ちした。あごが欄干の上に届かないのだ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
青年は、そう言いながら欄干らんかんを離れた。青年の態度は、平生の通りだった。優しいけれども、冷静だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
白い大理石の欄干らんかんの四隅には大きな花鉢ヴェースが乗っかって、それに菓物くだものやら花がいっぱい盛り上げてあった。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、その時案内の車夫は、橋の欄干らんかんから川上の方をゆびさして、旅客のつえをとどめさせる。かつて私の母も橋の中央にくるまを止めて、頑是がんぜない私をひざの上にきながら
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その白いいわになったところの入口に、〔プリオシン海岸かいがん〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札ひょうさつが立って、向こうのなぎさには、ところどころ、ほそてつ欄干らんかんえられ
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
杉を磨いた丸柱の前にかたまって、移庁論の影弁慶が、南部だとか北部だとか、鮭の鑑定でもないことを云って居るのがあれば、その後をめぐえん欄干らんかんもたれかゝって
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
川には欄干らんかんのついた大きな板橋がかかっており、そのむこうにはこんもりと繁った杉林があった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
お島は死場所でも捜しあるいている宿なし女のように、橋のたもとをぶらぶらしていたが、時々欄干らんかんにもたれて、争闘につかれた体に気息いきをいれながら、ぼんやりたたずんでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
プールの外囲そとがこひ欄干らんかんをくぐり出て、藤棚ふぢだなの下で着物を着かゝると、突然、ワツといふ叫び声と、パチパチと手をたたく音とが、プールの内と外とから、一度にあがりました。
プールと犬 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
佐原屋の二階の、おもて欄干らんかんに腰かけていた武林唯七が、感心したような大きな声を上げた。
口笛を吹く武士 (新字新仮名) / 林不忘(著)
秀夫はもたれるともなしに新京橋の小さなとろとろする鉄の欄干らんかんに凭れて、周囲まわりの電燈のうつった水の上に眼をやった。おもどろんだ水は電燈の燈を大事に抱えて動かなかった。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
張が起きてかわやへゆくと、夜は三更を過ぎて、世間に人の声は絶えていたが、月は大きく明るいので、張は欄干らんかんによって暫くその月光を仰いでいると、たちまち水中に声あって
五六十歩往って小さな石橋いしばしを渡り、東に折れて百歩余往ってまた大きな方の田川に架した欄干らんかん無しの石橋を渡り、やがて二つに分岐ぶんきして、直な方は人家の木立の間を村にかく
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
すると三枝が立って私の傍に来て、欄干らんかんって墨田川を見卸みおろしつつ、私に話し掛けた。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)