朽木くちき)” の例文
ひぢへ一つ、頬へ一つ、ひるむところを、飛込んだ平次は、猛烈に體當りを一つくれると、淺井朝丸の身體は朽木くちきの如く庭へ落ちます。
ぱうは、大巌おほいはおびたゞしくかさなつて、陰惨冥々いんさんめい/\たる樹立こだちしげみは、露呈あらはに、いし天井てんじやううねよそほふ——こゝの椅子いすは、横倒よこたふれの朽木くちきであつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたくしは朽木くちき三助と云ふ人の書牘しよどくを得た。朽木氏は備後国深安郡ふかやすごほり加茂村粟根あはねの人で、書は今年丁巳一月十三日の裁する所であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
不破小四郎を取り囲んで、朽木くちき三四郎、加島欽哉きんや、山崎内膳ないぜん、桃ノ井紋哉もんや、四人の若武士ざむらいが話しながら、こっちへ歩いて来るのであった。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは去年の春、彼の所へ弟子入りをしたいと云つて手紙をよこした、相州さうしう朽木くちき上新田かみしんでんとかの長島政兵衛ながしままさべゑと云ふ男である。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
朽木くちきの根から、滴々てきてきと落ちている清水にのどをうるおそうとして、ふと、こけや木の葉に埋もれている道しるべの石をみると
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あゝ斯かる身は枯れても折れても野末のづゑ朽木くちきもとより物の數ならず。只〻金枝玉葉きんしぎよくえふの御身として、定めなき世の波風なみかぜたゞよひ給ふこと、御痛はしう存じ候
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
実に北海道の夏は、日中は最も炎熱甚しく、依て此厚着にて労働するが為めには実につかるる事多し。且つ畑のかたわらにて朽木くちきを集めて焼て小虫を散ずるとせり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
その材料は土地ごとに甚だ区々まちまちで、がますすきの穂の枯れたものも使えば、或いは朽木くちきの腐りかけた部分を取ってきて、少し火にがして貯えて置く者もあったが
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
古ぼけた朽木くちきのような潜戸の間から出たおせいの顔は、額縁にはめられた肖像画のように美しかった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
躯じゅうの力がなくなっていたから、朽木くちきの折れるような倒れかたで、床板を叩く額の音が大きく聞え、彼はそのままのびて、いまにも死にそうに、絶え絶えにあえいだ。
三日間というものを、私は働かされましたよ。考えてもみて下さい、女に限りいいつけられる雑用を美女の傍近くで三日間相勤めたんですからね。身は朽木くちきにあらずです。
人心がえ、屋台骨が傾いておりますから、気勢に於て、すでに西南に圧倒されて、あとは朽木くちきを押すばかりとなっているとは申しますが、関東だからと申しましたとて
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あんまりせてすくんでるので、よく見ますと、胸のところが、大きくはれ上つてゐます。調べてみると、そこに、朽木くちきとげがさゝつて、まはりがぶよぶよにうんでゐます。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
「そして、そんな朽木くちきつぼみ忍冬すゐかつらにその朽目を若々しさで蔽へと命ずる何の權利があらう?」
しかし蒲鉾かまぼこの種が山芋やまいもであるごとく、観音かんのんの像が一寸八分の朽木くちきであるごとく、鴨南蛮かもなんばんの材料が烏であるごとく、下宿屋の牛鍋ぎゅうなべが馬肉であるごとくインスピレーションも実は逆上である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが、ゆるい勾配こうばいをもって、また一つ先の小山のほうへ、渡り板をさしかけたように、坂になっているのだった。ところどころに、朽木くちきが横倒しに置かれて、足がかりの段になっていた。
あの顔 (新字新仮名) / 林不忘(著)
息子は、今度は朽木くちきのようなものをかかえ上げて、電灯の下で振り廻しながら
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
比良ひらの山裏に朽木くちきがあります。昔から盆や片口や椀などに特色のある漆器を出しました。今は細々と仕事を続けているに過ぎませんが、昔の力を取戻したら再び名物となるでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
知死期ちしごのうめきが洩れて、やがて、上半身がうしろにのけぞったと思うと、腰がくだけて、ドタリと横ざまに朽木くちきのように仆れたが、それと間髪をいれず、今一人の、生きのこりが、われにもなく
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ふとこそ、れし夕庭ゆふには朽木くちきえだ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
ほのかなる朽木くちきかを
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
朽木くちきを出でて日にさや
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
名もしらぬ朽木くちき
信姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
ひじへ一つ、頬へ一つ、ひるむところを、飛込んだ平次は、猛烈に体当りを一つくれると、浅井朝丸の身体は朽木くちきのごとく庭へ落ちます。
丁度ちやうどわたしみぎはに、朽木くちきのやうにつて、ぬましづんで、裂目さけめ燕子花かきつばたかげし、やぶれたそこ中空なかぞらくも往來ゆききする小舟こぶねかたちえました。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
道ばたの朽木くちき柳に腰をかけ、一行が近づいて来ると、俄に、脱いでいた市女笠いちめがさをかぶッて、その顔容かんばせを隠していた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして隔意なく彼と一しょに、朽木くちきの幹へ腰を下して、思いのほか打融うちとけた世間話などをし始めた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
手を放すと、肥満した女のむくろが、朽木くちきのように、自分の足もとに倒れたことを知りました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
依て土人に手をひかれて歩するに、深さ膝を過ぎ、泥水中に朽木くちきを踏みて既に危く倒れんと欲するあり。或はおおいなる流材ありて、此れをまたがりて越えるあり。或は畑の溝にて深き所ありて股を浸すあり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
「それではいっそ野宿と決めて、朽木くちきほらでも探がしましょうか」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
朽木くちきの棚にすゑられて
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
驚破すわといふ時、綿わたすじ射切いきつたら、胸に不及およばず咽喉のんど不及およばずたまえて媼はただ一個いっこ朽木くちきの像にならうも知れぬ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
朽木くちきのような細い体は、とたんに、黒髪を重そうにして、仰向けに、倒れた。——ろうより白い死の顔は——その唇は、鬼灯ほおずきをつぶしたような血のかたまりを含んでいた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の論告の前に、主人孫右衞門は、床の上へ、ヘタヘタと崩折くづをれました。これが起き出して、窓から曲者を引入れたとは思へないほどの、朽木くちきのやうな哀れな姿です。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
山の朽木くちき焦色こげいろ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
をりから来合きあはせた権七ごんしちせると、いろへ、くちとがらせ、ひからせてながめたが、つらからすにもらず、……あし朽木くちきにもらず、そではねにもらぬ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山番の者がそれをつくろいにこないうちに、かれはその朽木くちきを引き入れて、草むらの中に隠しておいた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この燃え立つ朽木くちきのやうな、執念しふねんだけで生きてゐる老人を相手に、ヒタヒタと詰め寄るのです。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
ともりきれた灯皿の燈芯のように、精神力が枯渇こかつを告げると、肉体はそのままでも——刃や他の何の力を加えないでもバタと朽木くちきのようにたおれて終ってしまいそうであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縁前ゑんまへのついそのもりに、朽木くちきついば啄木鳥けらつゝきの、あをげら、あかげらを二ながら、さむいから浴衣ゆかた襲着かさねぎで、朝酒あさざけを。——当時たうじ炎威えんゐ猛勢もうせいにして、九十三度半どはんといふ、真中まなかだんじたが
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、いったとき、半兵衛の胸は、朽木くちきの折れるように、前へ曲った。それを支えるべく、細い手を、畳へ落したが、手にも、すでにその力さえなく、がばと、むしろの上へ顔をつ伏せてしまった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ともこゝろがうにして、小夜さよほたるひかりあかるく、うめ切株きりかぶなめらかなる青苔せいたいつゆてらして、えて、背戸せどやぶにさら/\とものの歩行ある氣勢けはひするをもおそれねど、われあめなやみしとき朽木くちきゆる
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)