最早もはや)” の例文
むしろ努めた感じで之丈けの事を云つたモニカの調子は、最早もはや心に思ふ半分も云ひ現はし得ぬ、羞ぢらい深い娘の口調ではなかつた。
むろん此等これらの人達は、すでに地上とはきれいに絶縁してしまい、彼等の墓石の上に、哀悼の涙をそそぐものなどは、最早もはやただの一人もない。
仲介者はカイアヹエ君に手紙を送り「貴下が不名誉なりとせらるる所は我等の最早もはや立入るべからざる所にそろ」と云つてその任を辞した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
最早もはや、最後かと思う時に、鎮守のやしろが目の前にあることに心着いたのであります。同時に峰のとがったような真白まっしろな杉の大木を見ました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてやがて「最後の檉柳タマリスク残骸ざんがいが塩野原によこたわるのを後にすると、最早もはや死の世界ではない。全然生を知らぬ世界」となって来た。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
たとい、これを彼等「江戸ッ子」が息を吹き返しつつある一時の現象と見ても、最早もはや非常な立ちおくれになっていることはたしかである。
そしてアレヨアレヨと云ううちに、視界の外に出てしまった。おどろいてテレヴィジョン装置のレンズを向け直したが、最早もはや駄目だった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへると最早もはや寒帶林かんたいりんをはりにちかづいたことがわかります。すなはち落葉松林からまつばやしはゞはごくせまくなつてをり、ちひさくなつてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
あゝ、海賊船かいぞくせんか、海賊船かいぞくせんか、しもあのふね世界せかい名高なだか印度洋インドやう海賊船かいぞくせんならば、そのふねにらまれたるわが弦月丸げんげつまる運命うんめい最早もはや是迄これまでである。
取出し見れば最早もはやかほ劔難けんなんさうあらはれたれば然ば明日は病氣といつはり供を除き捕手とりての向はぬ内に切腹せつぷくすべしと覺悟かくごを極め大膳のもと使つかひ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さるにても人の妻となりてより幾年をか經給へたまひし。女主人。最早もはや十とせあまりになりぬ。かしこなる娘たちに問ひ試み給へかしといふ。
これはいけない。これは最早もはやたすからない。しかし、今日こんにちまでの経過は、こうはやく迫って来べきでないが、何か、どうかしたのではないか。
勝手な自分の生活を持っている夫に対しては、最早もはや、自分だけがその責任を負っていなければならない筈が無いと思ったからだ。
接吻を盗む女の話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
最早もはや一分も猶予ゆうよが出来ぬ仕儀しぎとなったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、首を低く押し出してあーあとだいなる欠伸をした。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
最早もはやあかねさえせた空に、いつしかI岬アイみさきも溶け込み、サンマー・ハウスのを写すように、澄んだ夜空には、淡く銀河の瀬がかかる——。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それが緒についてから日暮里にっぽりに間借をして家を持ち、間もなく神田五軒町に一戸を構えて父となった。余は最早もはや放浪の児ではなくなった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
お前はクリスチャンか、とある人に聞かれたら捨吉は最早もはや以前に浅見先生の教会で洗礼を受けた時分の同じ自分だとは答えられなかった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これはけぬ河内かはちへ越さうとして、身も心も疲れ果て、最早もはや一歩も進むことの出来なくなつた平八郎父子ふしと瀬田、渡辺とである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
桜町さくらまち殿との最早もはや寝処しんじより給ひしころか。さらずは燈火ともしびのもとに書物をやひらき給ふ。らずは机の上に紙をべて、静かに筆をや動かし給ふ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さて始めのほどは泊港に関する一切の事務は安里うっちに一任しておいたが、最早もはや間に合わなくなったのである。『中山世譜ちゅうざんせいふ』〔『球陽』〕に
浦添考 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
変って居るのは唯々ただ何時いつもの通り夜になると不動様を拝むことだけで、僕等ぼくらもこれは最早もはや見慣れて居るからしいて気にもかゝりませんでした。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そういう文壇というものが、作家生活と文学を生新にする力を欠いていることを疑うものは最早もはや一人もないであろうと思う。
文学の大衆化論について (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
愈々いよいよ苗場登山の目的で友人の松本君と法師温泉に着いたのは六月の初めであった。雪は最早もはや消えて新緑の世界となっていた。
三国山と苗場山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
と一々講釈の長きに時間かかりて食事は容易に済みそうもなし。大原は御馳走に気を奪われて最早もはや七時を過ぎしをも知らず。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
素性すじょう看破みやぶられ、数日にわたる執拗な追跡に、最早もはや逃亡の気力も失せたので、博士に手柄を立てさせるよりは、自ら一命を絶つ決心をしたのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
従ってそのいい難い一週間が終わって、最早もはやそれ以上とどまることの不可能になった時、氏がどんなにその別れをはかないものに思ったことか!
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
然るに修理亮等は最早もはや救援の軍も近いであろうと云うので、忽ち鉄砲をもって挑戦した。盛政怒って攻め立て矢叫やたけびの声は余呉の湖に反響した。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
みぎとほり、津浪つなみ事實上じじつじようおいみなとなみである。われ/\は學術的がくじゆつてきにもこの名前なまへもちひてゐる。じつ津浪つなみなるは、最早もはや國際語こくさいごとなつたかんがある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ここまで進んで来ると、東京附近や信州などのツクシンボが、二つの方言の複合であることは、最早もはや討論を要せぬと思う。
最早もはや海王星を見付けねばならぬ程度にまで進んでおったから、二星学者をして各々独立して同時に同一の推測をなし、同一の発見をなさしめて
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
すでに水も艸木くさきも、虫も土も空も太陽も、皆我々蛙の為にある。森羅万象しんらばんしやうことごとく我々の為にあると云ふ事実は、最早もはや何等なんらうたがひをもれる余地がない。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また葬式一切いっさいの費用に関しても、最早もはや自分の衣類道具も片なくなっているさいでもあるし、如何どんな事をするかも知れない
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
『おしろもとうとうちてしまった……最早もはや良人おっともこのひとではない……にくッくきてき……おんなながらもこのうらみは……。』
ムヽー、あれだけの手当てあておよんでも息が出んとまうせば最早もはやまつた命数めいすうきたのかも知れぬて、うしてもかぬか。
華族のお医者 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
太古の人種と同じ様に一種畏怖いふの意味を持った宗教心が起こって来た。かかる宗教心は最早もはや数知れぬ長い時代の間、全く人心に忘れられていたのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
大きな誘拐者、大きな山師、かうした批評は、世間の一面にはまだ依然として残つてゐるけれども、信者はそんなことには最早もはや頓着してゐなかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
針を運ぶとか云うことは最早もはや問題でなく、専ら四隅の蔭を消すことに費されるようになったが、その考は少くとも日本家屋の美の観念とは両立しない。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
浮世絵は最早もはや吹きぼかしと雲母摺きらずりの二術を後世の画工にたくせしのみにして、その佳美なる制作品は世人をしてあまねく吾妻錦絵と呼ばしむるに至れるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼と妻との間には最早もはや悲しみの時機じきは過ぎていた。彼は今まで医者から妻の死の宣告を幾度聞かされたか分らなかった。その度に彼は医者を変えてみた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
此処には最早もはや旅愁をそゝのかされるやうな物売の呼声を聞くことができぬ、意外に空気は急忙あはただしいが厳粛なものであつた、私は押し流されるやうにして
新橋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何となればわれら国歌を研究せんとして歌集をひもときしことしばしばなるも、何時いつも四、五枚位読みては最早もはや眠気さして読み得ぬまでに彼らはつまらぬなり。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼人かのひと御安きことなり、早速下田なる母の元に申しつかわすべし、最早もはや旅人宿も廃業し父も早く死したれは、果して存在しおるや否や受合い申さずと語られ候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
小説界には最早もはや二三世紀とも言ふべき程の変遷あり、批評界もく変じ能く動きたるに、劇詩のみは依然として狂言作者の手に残り、如何いかんともすべき様なし。
劇詩の前途如何 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかも、業いまだ成らざるに、この運命に立至った。曾て作るところの詩数百ぺんもとより、まだ世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早もはや判らなくなっていよう。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
陸軍を志願したのも、幼時はくその頃では最早もはやただ軍服が着たいというような幼い希望ではなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
君は最早もはや、僕に心臓を提供した女が何人であるかを推知して居るであろう。僕は今無限の喜びを感じて居る。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
間の堕落は間その人の死んだも同然、貴方は夫を持つて六年、なあ、水はくつがへつた。盆は破れてしまうたんじや。かう成つた上は最早もはや神の力もおよぶことではない。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
上官。私は決心いたしました。この饑餓陣営の中にきましては最早もはや私共の運命はさだまってあります。戦争のためにでなく飢餓の為に全滅ぜんめつするばかりであります。
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
最早もはや隱し立ても無用と存じ、私の口から萬事を申上げます。元柳橋の娘の家までお出でを願上げます。豊年
金多く持てるを主人が見て悪党を催し、鶏が止まる竹に湯を通し、夜中に鳴かせて、最早もはや暁近いと欺き、尼を出立させ、途中に待ち伏せて殺し、その金を奪うた。