暫時ざんじ)” の例文
暫時ざんじでも外国のことを目から離すと、とかくわが国の今日のありさまをもってすでに文明の極に達しているかのごとくに感じやすい。
民族の発展と理科 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
つまり河流かりゆう上汐あげしほとが河口かこう暫時ざんじたゝかつて、つひ上汐あげしほかちめ、海水かいすいかべきづきながらそれが上流じようりゆうむかつていきほひよく進行しんこうするのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
「運座では、お戻りの遅いはず。ご主人のお帰りなさる間、こうしておるも所在ない。お仏壇へ暫時ざんじ誦経ずきょうをおゆるし下さるまいか」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪吹にあひたる時は雪をほり身を其内にうづむれば雪暫時ざんじにつもり、雪中はかへつてあたゝかなる気味きみありてかつ気息いきもらし死をまぬがるゝ事あり。
「それですから今日はあの人が出て行ったので、わたしも暫時ざんじ楽らくとしていられるというわけです」と、幽霊は語りつづけた。
と言って畳の上に落ちつくとその儘横になりたがる団さんを促して、僕達は暫時ざんじ休憩の後、例の通り俥を連ねて見物に出掛けた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
わけを話してびを入れ暫時ざんじ待ってもらおうと、来にくいところを、今夜思いきって化物やしきの裏をたたいたのだったが——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
福山すなわち松前まつまえ往時むかしいし城下に暫時ざんじ碇泊ていはくしけるに、北海道にはめずらしくもさすがは旧城下だけありて白壁しらかべづくりの家などに入る。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たとえば、惨劇の始まろうとする始めだけ見せ、ドアーの外へカメラと観客を追い出した後に、締まった扉だけを暫時ざんじ見せる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
実はまた一石願おうかと思って、参ったがな、御音読中でござったで、暫時ざんじあれへ控えておりました。何を御覧なさるか、結構なことじゃ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此処こゝばゞあが居っては……他聞をはゞかることじゃ……婆が聞いてもくわしいことは分るまいが……、婆嘉八とも暫時ざんじ彼方あっち退いてくれ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「いえ、こないだうちから国へ帰省していたもんですから、暫時ざんじ中止の姿です。珠ももうあきましたから、実はよそうかと思ってるんです」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悦ばせはりある魚はなぎさに寄る骨肉こつにくなりとて油斷は成じ何とぞ一旦兩人の身を我が野尻のじりへ退きて暫時ざんじ身の安泰あんたいを心掛られよと諫めければ傳吉は是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
くも書かれたり、ゆるゆる熟読じゅくどくしたきにつき暫時ざんじ拝借はいしゃくうとありければ、その稿本こうほんを翁のもととどめて帰られしという。
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)
院が暫時ざんじ対のほうへ行っておいでになる時で、だれも宮のお居間にいない様子を見て、小侍従はそれを宮にお見せした。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
見れば、畳の上にハラハラと涙をこぼし、眼をこすりもしないで芝居がかった容子であるから、丸亀夫婦も舞台に立ったような思いいれを暫時ざんじした。
放浪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
暫時ざんじは挨拶さえ出来ませんでしたが、その内にさっきミスラ君の言った、「私の魔術などというものは、あなたでも使おうと思えば使えるのです。」
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さうしてほどなく或人あるひと世話せわ郡立學校ぐんりつがくかう教師けうしとなつたが、れも暫時ざんじ同僚どうれうとは折合をりあはず、生徒せいととは親眤なじまず、こゝをもまたしてしまふ。其中そのうち母親はゝおやぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それから暫時ざんじ人払いをした上、その席上で内蔵助から最後の打合せがあった。そして、後刻を約して散会になった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「切腹を仰せ付けられたからは、一応もっともな申分のように存ずる。詮議せんぎの上で沙汰いたすから、暫時ざんじ控えておれ」
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして沈黙暫時ざんじの後ヨブは第十章の語を発して神に訴うる処あったのである。前述せし如く、九章前半の彼の語は友の神観の不備を指摘したものである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
睡眠中といへども暫時ざんじも苦痛を離れる事の出来ぬこの頃の容態にどうしてこんな夢を見たか知らん。(八月十日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「あいや、お暇は取らせぬ、暫時ざんじお待ち下されたい。して御貴殿方はどなたでござるか、お名乗りを承りたい」
「呉羽之介どの、実は密々にて少しく申上げたい儀がござる。暫時ざんじこれなる酌人を遠ざけ願われますまいか」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
今は延々すべきときにあらずと心得られ候まま、汗顔平伏、お耳につらきこと開陳、暫時ざんじ、おゆるし被下度くだされたく候。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あまりの意外に紋太夫は、驚きの眼を見張ったまま暫時ざんじ茫然とたたずんでいたが、忽ち煙硝を分け、二人の少年が現われたのを見ると、さらに驚きを二倍にした。
まずそれまでは、偶然に燃え出す一時の火、火災の余炎があるばかりで、それはただ輝いた暫時ざんじの光を発しては、そのまま燃料がなくて消えてゆくのだった。
暫時ざんじ室内しつないはシンとなると、此時このとき何處いづくともれず「きみ」の唱歌せうかしづかなる海濱かいひんかぜにつれてかすかにきこえる。
散々御辞儀じぎをして、う/\けですから暫時ざんじ百五十両けの御振替おふりかえを願いますとごく手軽に話をすると、家老は逸見志摩へんみしまと云う誠に正しい気のい人で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
はたけ仕事しごと暫時ざんじきまりがついて百姓ひやくしやういへにはぼんた。晝過迄ひるすぎまで仕事しごとをして勘次かんじはそれでもあわたゞしくにははうきれてくさかま刄先はさきつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「近頃立身致し候。紙幣は障子を張る程有之これあり諸君も尊敬つかまつり候。研究も今一足故暫時ざんじ不便を御辛抱願候。」
革トランク (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
僕はこれを見てなるほど彼は勇気精力に富むと感心した。彼が独りで暫時ざんじ議論したのち、僕にむかい
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ところがその五千万年乃至ないし一億年以前の魚が、突如として南阿なんアの一角に出現し、暫時ざんじではあったが、現にこの太陽の光の下で、その生命を見せてくれたのであるから
赤目の女は暫時ざんじ扉の隙から見守っていたが、容易に翁が身動きもせずにじっとしているので、そのまま音を盗んで扉を閉めて、自分等の室に歩みを返しててしまったという。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
定めしげんがあるであろうな、ためしに此の粥を観じて見せよ、と云うと、男は折敷おしきを取って粥の上にふたをして、暫時ざんじ眼を閉じて観念を凝らしていたが、やがて蓋を開けると
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
妻が帰って来ては事面倒ですから、暫時ざんじにして私は家に入りました。再び暖い着物をきせて、自分はゴロリと横になりながら、何くわぬ顔をして妻の帰りを待っていたのです。
途上の犯人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
その決心は此間から出来てゐて、これから暫時ざんじの後に実行する筈になつてゐるのである。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
私、四、五年ぜん世界一周いたしましたる時、支那日本という国に暫時ざんじ滞在いたしました。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雪崩なだれ⁈ と思ったとき氷塊を飛ばし、どっと、雲のような雪煙があがったのである。とたんに視野はいちめんの白幕に包まれた。折竹は、暫時ざんじその場で気をうしなっていたのだ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
僕らもそこで暫時ざんじ休んだ。遍路は昨日のと違って未だ若い青年である。先ほど見た一人の旅人たびびとはこの遍路であったのだから、遍路はかれこれ三十分も此処ここに休んでいるのであった。
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
しかし彼は、なおも暫時ざんじ、沈思しているようであったが、ついに決心の色をうかべ
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一度ひとたびその家の学婢がくひたりしかど、同女史より漢学の益を受くるあたわざるを知ると共に、女史が中島信行なかじまのぶゆき氏と結婚の約成りし際なりしかば、暫時ざんじにしてその家を辞し坂崎氏の門に入りて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
暫時ざんじ沈思黙考していた氏が、ああ! お待ちなさい、いいことがある! と傍らの珈琲コーヒー店の食卓ですらすらとしたためてくれた一通の紹介状、これを持っていらっしゃいという、見ると
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
かすみのごとくに思われたので、どうかすると悲しくなッて来て、時々泣き出したこともあッたが,なに、それだとて暫時ざんじの間で、すぐまた飛んだりねたりして、夜も相変らずよくねぶッた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
頭を戸棚にぶつけたり机につまずいたり、そのために彼は暫時ざんじの間一切の動きと思念を中絶させて精神統一をはかろうとするが、身体自体が本能的に慌てだして滑り動いて行くのである。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
一人二人を除いては、初対面の人許りなので、私は暫時ざんじの間名刺の交換に急がしかつたが、それも一しきり済んで、莨に火をつけると、直ぐ、真黒な腮鬚の男は未だ来て居ないと気がついた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
世の言葉にすら五日目の風、十日目の雨、めぐり来ればその月日には変化のさばきが振り向いて来るのが順当、巡って来なかったらおてんとさまが暫時ざんじ怠業たいぎょうしてるのだと思えと言っております。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして、彼の片眼は、暫時ざんじの焦燥に揺られながらも次第に獣的な決意をひらめかせて卑弥呼の顔をのぞき始めると、彼女は飛び立つ鳥のように身を跳ねて、足元に落ちていた反絵の剣を拾って身構えた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これより左折暫時ざんじ小柴と悪戦して、山側を東北に回り十丁ばかりで、斑岩の大岩小岩が筮木ぜいぼくを乱したように崩れかかっている急渓谷、これが又四郎谷「信濃、又四郎谷、嘉門次」、やや下方に、ざあ
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
いとしきつまおっと、愛児の臨終にさえ、いろ/\な事情や境遇のために、居合わさぬ事もあれば、間に合わぬ事もあるのに、ホンの三十分か四十分の知己しりあい、ホンの暫時ざんじの友人、云わば路傍の人に過ぎない
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)