明石あかし)” の例文
初元結をもって来てくれた時分のこと、あたくしは彼女のことを、いかにも明石あかしうえに似ているといったことを、書いたこともある。
稲日野いなびぬ印南野いなみぬとも云い、播磨の印南郡の東部即ち加古川流域の平野と加古・明石あかし三郡にわたる地域をさして云っていたようである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
にわかな宣旨せんじ帰洛きらくのことの決まったのはうれしいことではあったが、明石あかしの浦を捨てて出ねばならぬことは相当に源氏を苦しませた。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
省三は不思議に思ってじょちゅうの声のした方を見た。昨日の朝銚子ちょうしで別れた女が婢の傍で笑って立っていた。女は華美はで明石あかしを着ていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
けれども明石あかしという所は、海水浴をやる土地とは知っていましたが、演説をやる所とは、昨夜到着するまでも知りませんでした。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのたいの刺身は、自分が今までに味わったことのある明石あかしだいよりは、はるかに——とも言えるほど美味おいしいたいであった。
明石鯛に優る朝鮮の鯛 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
兵庫は摂津せっつの国にあって、明石あかしから五里である、この港は南方に広い砂の堤防がある、須磨すまの山から東方に当たって海上に突き出している
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大していい腕ではないが、妻女の小芳こよしというのがつい近頃まで吉原で明石あかしと名乗った遊女あがりで、ちょっと別嬪べっぴん、これが町内での評判でした。
しかしも明石あかしもありませんよ。原子力エンジンが使えるおかげで全世界いたるところに大土木工事の競争みたいなものが始まったことでしたよ。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
同時に、横の襖に、それは欄間らんまに釣って掛けた、妹の方の明石あかしの下に、また一絞ひとしぼりにして朱鷺色ときいろ錦紗きんしゃのあるのが一輪の薄紅い蓮華に見えます。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二葉亭は明石あかし中佐や花田中佐の日露戦役当時の在外運動をしきりに面白がっていたから、あるいはソンナ計画が心の底にきざしていたかも解らぬが
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
明石あかし村右衞門一座の二枚目で、藝は大したものぢや無いと、男のかたは言ふけれど、女の私共から言ふと、本當に、大した良い男でごぜえますよ」
そうしてその神戸埠頭が今はもう視界から去ってしまう頃になると、左舷には淡路島がちかより、右舷には舞子まいこ明石あかしの浜が手に取るごとく見えて来る。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「今夜は友達の家へ行っていま帰ったところ、その友達は鋳かけ屋で、明石あかし町宗十郎店に住む佐平次という者だが、何の用でそんなことを訊くのだ。」
右頬を軽く支えている五本の指は鶺鴒せきれいの尾のように細長くて鋭い。そのひとの背後には、明石あかしを着た中年の女性が、ひっそり立っている。呆れましたか。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
「なにしろ明石あかし検校けんぎょうと仰っしゃるのは、当道派とうどうはの主座で、それに、死んだ将軍家とはお従弟いとこにあたる人だ。あれくらいなことはわけなくできたろうさ」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そもそもこの山水土瓶の歴史を顧みますと、北は相馬そうま益子ましこ、中部は信楽しがらき明石あかし、南は野間のま皿山さらやまにも及び、多くの需用があって各地で盛に描かれました。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その他、播州ばんしゅうには明石あかし人丸ひとまる神社がある。この神社より古来、火よけと安産の守り札が出ることになっている。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
われ/\は、とほみやこはなれた地方ちほうなが距離きよりをば、こがれてやつてた。そして、いまこのときがつくと、この明石あかし海峽かいきようからうちらに、畿内きない山々やま/\えてゐる。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
いつのまにか明石あかしの舟別れの段が済み、弓之助の屋敷も、大磯おおいその揚屋も、摩耶まやヶ嶽の段も済んでしまったらしく、今やっているのは浜松の小屋のようだけれど
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
朝飯あさめし午餉ひるめしとを一つに片付けたる兼吉かねきちが、浴衣ゆかた脱捨てて引つ掛くる衣はこんにあめ入の明石あかし唐繻子とうじゅすの丸帯うるささうにおわり、何処どこかけんのある顔のまゆしかめて
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
或ひは源氏の大将の昔の路を忍びつつ、須磨すまより明石あかしの浦づたひ、淡路あはぢ迫門せとを押しわたり、絵島が磯の月を見る、或ひは白浦しろうら吹上ふきあげ、和歌の浦、住吉すみよし難波なには高砂たかさご
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
明石あかしからほのぼのとすく緋縮緬ひぢりめん」という句があるが、明石縮あかしちぢみを着た女の緋の襦袢じゅばんが透いて見えることをいっている。うすもののモティーフはしばしば浮世絵にも見られる。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
格幅かっぷくのいゝ身体に豊かに着こなした明石あかしの着物、面高おもだかで眼の大きい智的な顔も一色に紫がゝつたくり色に見えた。古墳の中の空気をゼリーでこごらして身につけてゐるやうだつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
諭吉ゆきちは、勉強べんきょうにでかけようとはりきっているのですから、ばかばかしくてしかたがありません。十五にちめに、やっと明石あかし兵庫県ひょうごけん)についたとき、ふねからおろしてもらいました。
第六に下関渡海火急の場合白石正一郎へ用命のこと、第七明石あかし防備のこと、以上七条。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
甚作どんの乗った船が小豆島を出て伊勢まで行くには鳴門海峡を通るか、播磨灘はりまなだから明石あかし海峡を経て紀淡海峡きたんかいきょうをぬけ、紀伊半島をぐるりと回って伊勢まで行っていたにちがいない。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
こうヤキが廻ったからには、しょせん悪あがきをしてもそれは無駄。千仞の功を一簣いっきに欠いたが、明石あかしの浜の漁師の子が、五十万両の万和の養子の座にすわるとありゃアまずまず本望ほんもう
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
如何様いかような人物かと申しますと、若い折は露西亜人を装いまして彼得堡ペトログラードに入り込み、明石あかし大佐の配下に属してウラジミル大公の召使に住み込み、軍事探偵の仕事を致しておりました者で
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
中村君と私の乗った上野駅発明石あかし行の列車は、七月二十七日の午前八時半に泊駅に着いた、長次郎と竹次郎が約の如くむかえに来ていた。例年ならばこの頃は快晴な登山日和の続く季節である。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
明石あかしの女もメリンスの女も、一歩外に出ると、にらみあいを捨ててしまっている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
光源氏が須磨すま流寓りゅうぐうしていた時に、明石あかしの入道がその無聊を慰めんとして、琵琶法師の真似をしたのは、物語だから信じられぬなら、後鳥羽院の熊野御幸の御旅宿へは、泉州でも紀州でも
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
右大臣うだいじんちかねて、自分じぶんでもとほうみして、たつつけ次第しだい矢先やさきにかけて射落いおとさうとおもつてゐるうちに、九州きゆうしうほうながされて、はげしい雷雨らいうたれ、そののち明石あかしはまかへされ
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
明石より上陸う不愉快な船中で、如何どうやらうやら十五日目に播州明石あかしついた。朝五ツ時、今の八時頃、明旦あした順風になれば船が出ると云う、けれどもコンナ連中れんじゅうのお供をしては際限がない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この軍艦ぐんかん最新式さいしんしきの三とう巡洋艦じゆんやうかんで、排水量はいすいりよう二千八百とん速力そくりよく二十三ノツト帝國軍艦ていこくぐんかん明石あかし」に髣髴ほうふつたるふねだが、もつと速力そくりよくはやい、防禦甲板ぼうぎよかんぱん平坦部へいたんぶ二十ミリ傾斜部けいしやぶ五十三ミリ砲門ほうもんは八インチ速射砲そくしやほうもん
ヒマラヤのサルワマナサうみに宿りける月は明石あかしの浦の影かも
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
明石あかしという鮨屋で……」
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女三の宮のおいでになる寝殿の東側になった座敷のほうに桐壺の方の一時の住居すまいが設けられたのである。明石あかし夫人も共に六条院へ帰った。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は京都附近から須磨すま明石あかしを経て、ことにると、広島へんまで行きたいという希望を述べた。僕はその旅行の比較的大袈裟おおげさなのに驚ろいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
再会を約して捨吉は市川のもとを離れた。彼の胸は青木や、岡見兄弟や、市川や、それから菅、明石あかしのことなぞで満たされた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大体以上の如くであるが、「垂水」を普通名詞とせずに地名だとする説があり、その地名も摂津せっつ豊能とよの郡の垂水たるみ播磨はりま明石あかし郡の垂水たるみの両説がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「あそこを行くじゃねえか。ほら、みなよ。黒っぽい明石あかしの着付けで、素足に日傘ひがさをもったくし巻きのすばらしいあだ者が、向こうへ行くじゃねえか」
と云ったが、その姿は別の女の背と、また肩の間に、花弁はなびらを分けたようにはさまって、膝も胸もかくれている。明石あかし柳条しまの肩のあたりが淡く映った。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……御辺の祖父にあたらるる明石あかし正風どのには、近衛家のご先代にも、いまの前久卿がお若いうちにも、歌道の指南しなんとして常におやかた伺候しこうせられていたそうな
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海岸通りの万国堂のうえをはなれると、進路をしだいに西にとり、須磨すまから明石あかしのほうへやってきたが、そこで急に進路をかえると、南方の海上へでていった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふぐの美味さというものは、明石あかしだいが美味いの、ビフテキが美味いのという問題とは、てんで問題がちがう。調子の高いなまこやこのわたをもってきても駄目だめだ。
河豚は毒魚か (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明ありあけ明石あかしという二羽の鷹であった。そのことがわかったとき、人々の間に、「それではお鷹も殉死じゅんししたのか」
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あの「霧にぎ入るあまのつり舟」という明石あかしうらの御歌や「われこそは新島守にいしまもりよ」という隠岐おきのしまの御歌などいんのおよみになったものにはどれもこれもこころを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
唇赤き少年か、鼠いろの明石あかし着たる四十のマダムか、レモン石鹸にて全身の油を洗い流して清浄の、やわらかき乙女か、誰と指呼しこできぬながらも、やさしきもの、同行二人
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
明石あかしの着物を着た凄いほどの美人が、牡丹燈籠ぼたんどうろうのお露のような、その時分にはまだ牡丹燈籠という芝居はなかったはずですが、そういったような美人が、舞台から抜け出して
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)