あわれ)” の例文
良人おっとが新しい結婚をした場合に、その前からの妻をだれもあわれむことになっているが、高い貴族をその道徳で縛ろうとはだれもしない。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
大臣これをあわれみ望みの通り実行させて刀の洗汁を后に飲ましむ。さて生まれた男児名は長摩納、この子顔貌かおかたち殊特で豪貴の人相を具う。
夫の愛が自分の存在上、いかに必要であろうとも、頭を下げてあわれみを乞うような見苦しい真似まねはできないという意地に過ぎなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前が少しでもあわれんでやったり、感謝したりすることのできる年齢ねんれいに達したときに読ませようと思って書き綴っておくものである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
源も万更まんざらあわれみを知らん男でもない。いや、大知りで、随分落魄おちぶれた友人を助けたことも有るし、難渋した旅人に恵んでやった例もある。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むかし唐土もろこし蔡嘉夫さいかふといふ人間ひと、水を避けて南壟なんろうに住す。或夜おおいなる鼠浮び来て、嘉夫がとこほとりに伏しけるを、あわれみて飯を与へしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産をつかい尽して、その日の暮しにも困る位、あわれな身分になっているのです。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もう忍耐にんたい出來できない、萬年まんねんペンをとつてりあげた、そのおそろしいしもとしたあわれみをふかのようにいてゐる、それがたゝけるか。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
なんだかこの会話をしている時、マリイの顔に、人のあわれみをうような、自覚したる忍耐の表情が見えたように、病人は感じた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
あわれむべし、周瑜は、江上の戦いこそ、われ以外に人なしと慢心していますから、ついに滅亡する日までは、あの驕慢な妄想はめますまい
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのころ組紐業くみひもぎょうのブルフホルツという人が、ハイドンの窮乏をあわれんで百五十フロリン貸してくれたが、後年ハイドンはその恩にむくいるために
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
二人同棲どうせいして後の倦怠けんたい、疲労、冷酷を自己の経験に照らしてみた。そして一たび男子に身を任せて後の女子の境遇のあわれむべきを思いった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「なぜ兄さんは左様そうなんだろう。僕だったらとっくに離縁にしてるんだがな。あんな人にあわれみをかける所があるんだろうか」
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
頭髪かみを乱して、のない顔をして、薄暗い洋燈の陰にしょんぼり坐っているこの時のお源の姿は随分あわれな様であった。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
料理の時手数をかけるのがきらいな人は胃と腸とに大手数をかけさせる事が好きな人だ、我が手足をあわれむ事を知って胃腸を憐む事を知らない人だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ふと、老妓は自分の生涯にあわれみの心が起った。パッションとやらが起らずに、ほとんど生涯勤めて来た座敷の数々、相手の数々が思いうかべられた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けだし氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人だっそうしじんを見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死をあわれまざるに非ず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ここにあわれむべき宇治山田の米友は、おのれの間に閉じ籠ったまま、沈痛な色をみなぎらせて腕を組んで物思いにふけっています。
和佐保へ駈け付けこの利鎌とがまを、突き付けて自害を勧めねばならぬ! 天の神様、地の神様! どうぞあわれみくださりませ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自分ながら自分の藝術のまづしいのが他になる、あわれたいしてまた自分に對してなやみ不平ふへいが起る。氣がンずる、悶々もだ/\する、何を聞いても見ても味氣あじきない。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私の家では二日置きに風呂を立てていた頃、毎度煙突の口に巣を食った雀が、落ちて死ぬのをあわれんだことがあった。
◯論理整然たるビルダデの攻撃に会してヨブ答うるにことばなく、その悲寥ひりょうは絶頂に達して、ついに友のあわれみを乞うに至る。これ十九章一節—二十二節である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
沼南の百の欠点を知っても自分の顔へ泥を塗った門生の罪過を憎む代りにあわれんで生涯面倒を見てやった沼南の美徳に対する感嘆はごうも減ずるものではない。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ああはたして仁なりや、しかも一人のかれが残忍苛酷かこくにして、じょすべき老車夫を懲罰し、あわれむべき母と子を厳責したりし尽瘁じんすいを、讃歎さんたんするもの無きはいかん。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
子供の無援むえんな立場をあわれんでやる心もいつの間にか消え失せて、牛乳瓶ががらりがらりととめどなく滝のように流れ落ちるのをただおもしろいものに眺めやった。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかし、畢竟ひっきょうするに彼等は防空上の惨敗者であり、あわれむべき愚民であります。自らたのむところ厚き我々は決して彼等の言に耳を傾けてはならないのであります。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
而して後に婦女に対するその熱情を思はば時に彼の狂態を演ずる者むしろあわれむべく悲しむべきにあらずや。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
叔父は園田孫兵衛そのだまごべえと言いて、文三の亡父の為めには実弟に当る男、慈悲深く、あわれッぽく、しかも律義りちぎ真当まっとうの気質ゆえ人のけも宜いが、おしいかなと気が弱すぎる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
假初かりそめ愚痴ぐち新年着はるぎ御座ござりませぬよし大方おほかたまをせしを、やがあわれみてのたまはもの茂助もすけ天地てんちはいして、ひとたか定紋でうもんいたづらにをつけぬ、何事なにごとくて奧樣おくさま
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかしそれは、他人の幸福を欲する寛大な信念であるという条件においてでなければならない。さもなくんばなんであろう。最もあわれむべき利己主義のみではないか。
現に苦しみつつある我がおろかあわれまない訳に行かない。われに千四五百円の余財があらば、こんな所に一日も居やしないが、千四五百の金は予の今日では望外の事である。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
前半は巵酒ししゅ 歓楽、学業の荒廃を致さんことを嘆じ、後半は一転して、真楽の自得にありてそとに待つ無きをいう。伯牙をろうとして破琴をあわれみ、荘子そうじを引きて不隠ふいんを挙ぐ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私はやはり叔母たちから必要なものを与えられず、そのためこの新任の教師の服部はっとり先生から始終絵具や鉛筆を貸してもらっていた。先生はたしかに私をあわれんでいてくれた。
なにとぞ私の貧をあわれみお師匠様にそこをよろしくお執成とりなし下されお目こぼしを願度ねがいたしと云った。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「君公庁おおやけに召され給うと聞きしより、かねてあわれをかけつる隣のおきなをかたらい、とみに野らなる宿やどのさまをこしらえ、我をとらんずときに鳴神なるかみ響かせしは、まろやが計較たばかりつるなり」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこで二成は兄に事実を話した。安もそれには駭いたが、心ではひどく二成をあわれに思って、その金をすっかりくれてやった。二成は喜んで、任の家へいって金を返してしまった。
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
自由平等の新天新地を夢み、身をささげて人類のために尽さんとする志士である。その行為はたとえきょうに近いとも、その志はあわれむべきではないか。彼らはもと社会主義者であった。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
と社会主義の腐ったような理窟を、あわれっぽい声で並べて動かないので、始末におえない。
宿昔青雲志、蹉跎白髪年、誰明鏡裏、形影自相憐宿昔しゅくせき 青雲せいうんこころざし蹉跎さたす 白髪はくはつとし。誰か知る明鏡めいきょううち形影けいえいみずかあいあわれむ〕とはこれ人口に膾炙かいしゃする唐詩なり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼が父母に死なれて、のち二三年間というものは、東漂西流実にあわれなものであった、しかしそのうちにも彼は友人より書籍を借りて読み、順序ある学校教育は受けることが出来なかった。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
娘の温かい眼もとには、男の心をよく理解したやさしいあわれみの色がにじんでいた。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だから、おれが室蘭で、よした方がいいと言ったんだ。お前らが、いくら威張ってもあかん。それよりおとなしくした方が得だ。おとなしくしとれば、人のあわれみもかかるが、強いことを
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
布施とは、ただ今も申し上げたごとく、貪慾どんよくのこころをうち破って、他にあわれみを施すことです。持戒とは、規則正しい生活の意味で、道徳的な行為おこないです。忍辱にんにくとは、こらえ忍ぶで、忍耐です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
身を売る時はじつにあわれむべく、また尊敬すべき動機に基づくも、爾後じご三年ないし五年の後、彼らの心理を統計に現すことを得たなら、その性格の一変し、当初とは雲泥うんでいの差あるを発見するであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
むしろ彼等二人をあわれまなければならないのは彼女の方だつた。彼等はおたがいに菊の花をちながら、いつ迄その子供らしい危険な遊戯を続けて行くのであらうか。その菊の花は私がもらはなければならない。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
その賃銀は私の情をあわれんで下すったのか取られなかったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
村人はあわれんで塚を立て、周囲に数多の桜樹を植えた。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
弟の愚をあわれむよりもののしあざけるような調子であった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
あわれみとる蒲公たんぽぽくきみじかくして乳をあませり
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
その人たちも薫は蔵人少将などのように露骨に恋は告げなかったが、心の中に思いを作っていたのであろうとあわれんではいたのである。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)